プロローグ
鬱蒼と茂る森の中を、討伐帰りであろう、数百からなる騎士団がゆっくりとした足取りで歩いている。
彼らの顔からは見てとれるのは疲労。そしてそれを隠せるほどの晴れ晴れとした笑顔。いずれもどこか誇らしげで、それでいて自信に満ち溢れた顔だ。
それだけ見れば、どこぞの騎士団が遠征をし、そしてその帰路であることが分かる。
だがもし、旅人がその騎士団を目を向けのなら。
おそらくその『異様さ』に足を止めるであろう。
その騎士団は様々な人種で成り立っている。
人族をはじめに獣人族、エルフ、ドワーフ族までも。
本来は戦争奴隷として、そして歩兵として使われることの多い亜人たちもが、騎乗の人となり胸を張って行軍していた。
その先頭には騎士二人。
一人は黒髪をたなびかせながら、純白の戦装束に身を包んでいる。一見目鼻立ちが整った優男のように見えるが、その瞳からは何か力強いものを感じることができた。騎乗する馬もまた透き通るような白毛の馬であり、そのたたずまいは神話の中の英雄を想起させる。
対してそのわずか後方から続くのは、黒い兜で顔を包み、黒い鎧を纏っている大柄の男。まるで血のような赤い毛におおわれた馬に跨り、その姿は戦闘を歩む男とは真逆の印象……さながら死神を思い起こさせる。
「ようやくロマリアの街並みが見えてきたなぁ。」
騎馬で先頭を歩く少年が傍にいる黒騎士に話しかけた。
「今回は賊だけでなく暴れている魔獣、しかも龍種までも討伐…… ただの野盗だけならこんなに日数をかけるつもりはなかったのですが……」
そういって相槌を打つ黒騎士は少し不満そうな声を上げる。
「仮に私がゼクロムに跨っていたら、たとえ龍種が現れたといえど、これ程時間がかからなかったはずです」
「いくら魔法で小型化してるとは言え、神獣である古代龍なんて見たら、姿を見ただけで賊が逃げちゃうでしょ。さらに村人をおびえさせることにもなる。今回の目的は新米騎士団の訓練だったわけだし、これでよかったんだよ。何より、あの辺の村の人がこれで安心して暮らせるようになったのは間違いないしね」
そういって少年はにっこり笑い後方の騎士や兵士に大きな声をかけた。
「さぁ城門まであと少しだ。しっかり胸を張って帰ろうじゃないか!!」
「おぉー!!」
そう、大きな声を出す少年を眩しそうに眺めた後、黒騎士は後方の騎士たちに顔を向けた。たった一声かけられただけなのに。疲労も溜まっているはずなのに。
いずれも引き締まった表情に変わっていた。
少年を幼き頃より見てきた黒騎士こと、シグルドは思う。
この少年の一声は戦士を震わせる。たかがありふれた一言を発しただけにもかかわらず、だれもがこの少年に命をかけ、だれもその言葉を疑わない。
その言葉は、その姿は、その態度は……戦士たちの心を震わすのだ。
これこそ、まさに
「王者の証」
と。
◆
アルカディア大陸は今4つの大きな国と複数の中小国家に分かれている。
中央に位置し大陸最強の国として名高い「神聖アルカディア帝国」
北方の雄、女帝が治める国「ヴォルフガルド帝国」
大陸南方に位置し、温暖な気候で国力が豊かな「ゴーラ王国」
大陸西方において軍事国家を標榜し、虎視眈々と勢力拡大を狙う「トラキア帝国」
大陸東方には大陸最強の兵をもつと言われる「グランツ公国」、東方統一を目指す「バイゼルド公国」、東方で最も豊かで平和な国とされる「イストレア王国」、そして、謎に包まれた新興国「ドルマディア王国」など、多くの国々が混在し、その覇権をめぐり争っていた。
他、内陸にあった強国「トリスデン王国」、北西部の雄「トランベルグ公国」等、数多の国々がそれぞれの地を治めている。
そして時は乱世。各国が権謀謀略をめぐらし、それぞれの覇権をめぐって争っていた時代。
乱世は英雄を求め、時代は英雄を生む。
大陸に覇を唱えるべく軍を動かした「雷帝」セフィロス・アルカディア。
数多の戦場を駆け巡りその戦歴に敗北の文字はなく。人々から軍神と敬われた「鉄騎公」アルバレス・トランベルグ。
ヴォルフガルド帝国にて辣腕を振るった名宰相「北の白狼」アルフリード卿。
圧倒的な武力で暴虐の限りを尽くした「簒奪王」バイゼルド公ザッカード。
大陸の海を支配し、無敵海軍を指揮した「海賊王」ロックナード。
トラキア軍最強の騎士団を率いて各国を蹂躙した「死神」ザイツェル卿。
そして数限りない英雄たちの争いの中、時代はひときわ際立つ光を放つ恒星を一人誕生させた。
これは数多の英雄を従え、大陸中に広がった戦乱を治め、そして後の世の人々から「英雄の中の英雄」と称された
「英雄皇」アレス・シュバルツァーの物語。