コーネリア・アルカディア
アレスがシルビアに連れられたのは皇宮の東宮と呼ばれる、皇家が住まう場所のある一室であった。
「入るぞ」
シルビアがそう言って扉を開けると、そこには一人の女性が小さな男の子と話をしていた。
「あっ!姉上!!」
そう言って男の子の方が笑顔でシルビアに飛びつく。
「セリアス、お姉様も困ってしまいます。飛びつくのはやめなさい」
女性は優しく男の子を窘めた後、シルビアに向かって一礼をした。
「お姉様、突然いらっしゃったのでびっくりしてしまいました。今、宴の最中なのでは?」
「あぁ、すまん。あの様な場所はあまり好かぬのでな。こちらの方がよっぽど心が安らぐ」
そういってシルビアが笑うとそれにあわせて女性もほころぶ。
「お姉様らしいですわ。それに、その。後ろの殿方はどなたですか?」
「あぁ、お前も一度話をしてみたいと言っていただろう?シュバルツァー家の跡取りだよ」
そう言うと、シルビアはアレスの方を向いた。
「まだ紹介をしていなかったな。この二人は私の妹のコーネリア、そして弟のセリアスだ。お前に会わせたかったのは、この二人さ」
そう言って、シルビアはアレスに笑いかける。
思いがけない紹介にアレスは少し驚いた。しばらくボーッと眺めながら、視線に気づきふと我に返る。
「……失礼しました。まさか、コーネリア殿下とセリアス殿下だったとは…始めてお目にかかります。シュバルツァー大公が嫡男、アレスと申します。私の事はアレスとお呼びください」
そう言ってアレスは頭を下げる。
「アレス様、頭をおあげくださいませ。こちらこそ失礼いたしました。」
コーネリアも慌てて頭を下げる。そしてシルビアの方を向いて言った。
「お姉様、客人に対して失礼ですわ。何言わず連れて来るなんて」
少し膨れているコーネリアを見て笑ながらシルビアはアレスとコーネリアに謝った。
「いや、すまぬ。中々機会がなかったものでな。今日が一番のチャンスだと思ったのだよ。それにほら、お前たち食事はまだであろう?料理をこちらにも届けさせるよう伝えたので、四人で会話でもしながら楽しまないか?」
◆
コーネリア・アルカディアは現在18歳。アレスの一つ下である。
先ほど、思わずその姿に見惚れてしまった。そう、シャロンやシータ、マリアやロザンブルグの姉妹、そしてニーナといった知人達はいずれも美女達だ。その他、多くの美しい貴族令嬢や美人を見て来たアレスをしても、その姿は思わず見惚れてしまうほどだった。
艶やかな黒髪、透き通った白い肌。整った目鼻立ちにキラキラ輝く瞳。しかし、その瞳からは強い意志のようなものを感じ、誰もが惹きつけられる。スラリと伸びた手足、それに反してしっかり強調している胸のライン。
(こりゃあ教会に描かれている女神様と言ってもおかしくないほどだ)
そしてその横に立っている男の子。コーネリアの弟であるセリウス・アルカディアである。明るい金髪をしており、女の子と見間違うほどの整った顔をしている。同年代の少年より少し身長は低く、また少し痩せてる様子を受ける。
噂ではあまり体調が良くないと聞くが……なるほど納得である。
アレスはその後、シルビア、コーネリア、セリアスの三人とともに食事をすることとなった。
食事はささやかだが、楽しいものだった。
アレスが話すことにコーネリアやセリアスは楽しそうに耳を傾け、その様子をシルビアは優しく微笑んで見ている。
「コーネリア殿下はなぜ、本日の宴にご参加されないのですか?これだけお美しいなら、宴の華にもなりましょうに」
アレスのさりげない質問にコーネリアは頬を赤くする。
「あぁ…それはな。少し事情があるのだよ。」
そう言って答えたのはワイングラスを眺めていたシルビアだった。
「コーネリアは美しい。私もそう思うさ。だからこそ…宴などに出ればいたるところから声がかかるだろう。そして他の女たち…例えば我が姉や妹達から無用な嫉妬を受ける。だから、私が父に言って止めているのさ」
グラスに満たされたワインを飲み干した後、シルビアは続ける。
「姿を見なければ、いくら第4皇女とはいえ、母の身分は低く後ろ盾がないコーネリアに声はかからない…むしろ火中の栗を拾うようなものだからな。誰も見向きはしないだろう。」
そう言うとシルビアは優しく隣に座っているセリアスの頭を撫でた。
「セリアスについても同じさ。幼い事を理由に私が外に出さないようにしている。この子を狙う奴らもいるしな。目立った動きはしたくないんだよ。」
そう言うと、真剣な顔をしてシルビアはアレスの方を見て言った。
「コーネリアやセリアスが楽しそうに食事をする姿を、久しぶりに見たよ。そんな貴公だからこそ、お願いがあるのだが…」
そう言ってシルビアは一呼吸おき、言葉を続けた。
「シュバルツァー家がこの二人の後ろ盾になってもらえないだろうか?」
◆
特定の皇族の支援を貴族が行う、それを後ろ盾という。
古来、皇族と言えど有力貴族の後ろ盾がなければ、この帝都の権力争いに敗れ、都から追放、もしくは命を失うことは多い。
主に母方の家、もしくは配偶者の家がその皇族の後ろ盾になる。
シルビアも含め、ほとんどの皇子、そして皇女が大公、もしくは公爵といった有力貴族の後ろ盾があったが、コーネリアとセリアスにはそれがなかった。
「お姉様」
意外にも、シルビアの言葉を遮ったのはその当人であるコーネリアだった。
「アレス様はまだ、今日お会いしたばかりの方です。そのような申し込みは失礼にあたると思います」
そう言うと真剣な表情でコーネリアはシルビアを見る。
「別に誰の後ろ盾も私は望んでいません。ましてや、今日会ったばかりの方にそのような負担をかけるつもりもありません。私の後ろ盾となるということは全面的にお兄様方と争うということ、それはアレス様の大きな負担となりましょう。お兄様達が私を煙たく思うなら、私はセリアスを連れて帝都を出るつもりです」
コーネリアから発せられる凛とした雰囲気。彼女の言葉にシルビアは黙り込む。セリアスもその様子を見て俯いた。
しかし沈黙は長く続かなかった。
「お見事です」
アレスはそう言うとコーネリアの方を向き、言葉を続けた。
「それだけのお覚悟がある方なら、私の命を捧げても惜しくはありません。私達シュバルツァー大公家がコーネリア殿下の後ろ盾となりましょう」
そう言うとアレスはコーネリアに笑顔を向ける。
「コーネリア殿下。無礼を承知でお話しさせていただきます。実は以前より殿下の事を調べさせていただき、どこかでお会いしたいと思っておりました…まぁこういう形になるのは予定外でしたが」
アレスはコーネリアを見つめながらアレスは話を続ける。
「殿下は西地区を自らの私財を使って開発の手助けをしているとか…」
「!? なぜそれを?」
「私も西地区には知り合いが多く、皆殿下のことを褒め称えていたので」
そう言うとアレスはシルビアの方を見て話を続けた。
「今この帝都で民のために私財を投げうってまで行動をされるお方は、コーネリア殿下以外おりますまい」
そしてアレスはコーネリアの方に視線を戻した。
「私が求めていたのは、そういう方でした。また今日お話をしながら、改めて思いました。コーネリア殿下は剣を捧げるに足る方です。ただ…まだお互い知らないことも多い。そして…もっと私は殿下の事を知りたいと思いました。今後もこの様な機会を頂ければ嬉しく思いますが」
まさかのアレスの言葉にコーネリアは頬を赤らめながら返答をした。
「…わかりました。お気持ちは受けとっておきましょう。ただ、私に剣を捧げるのはやめていただきたいのです。」
そう言ってコーネリアも笑う。
「どうか、剣を捧げるのではなく、私とともに手をとって歩いてもらえませんか?主従ではなく、並び立つ同志として」
その言葉を聞いてアレスもコーネリアも優しく微笑む
二人のやりとりを聞き、シルビアはを思った。
コーネリアは恐らく自分達兄弟の中で、最も王者の気風を受け継いだ者だと。
数多の戦場を駆け抜けた自分が。例え一瞬といえども気圧されたとは。
そして…その様子を見て何事もなかったようにコーネリアを受け止め、そして心を開かせたアレスという男。
「どうやら私の目は節穴ではなかったわけだ…おもしろい」
そう言って笑うシルビアであった。




