光の御子
知人の貴族や商人達との面会を終えると、アレスは最後にシグルドを連れて帝都の南地区と西地区の間に位置する、大きな教会に赴いた。
この教区を治めているのは、最年少で司教となった若き英才、セシルである。
司教とは各教会に配属されている司祭達を統括するものであり、よほどの実力と実績がないと入れない。
また、司教からは神殿の長として勤めることとなり、より多くの市民達を救済していく義務がある。また各教会を管轄することも仕事になる。それだけ司教とは上の立場なのだ。
彼はそれと同時に聖騎士としても活躍しており、多くの市民から人気がある人物だった。
美しい金色の髪。白い肌。整った目鼻立ち。何よりその涼やかな瞳は市井の女性を虜にしていた。
聖騎士は主に都市の地下や貧民街と言った、多くの人が見えない所で暗躍する魔族や魔物を征伐するもの達だ。また、神国シェラハザードにおいては彼らで構成される騎士団、シェラハザード聖騎士団が存在し、各国に武力介入する際には彼らが派遣されていた。
セシルはその聖騎士の中でも群を抜いた功績を上げている。
剣技に優れ、聖術の使い手としても超一流なので危険な場所に送られることも多いが、必ず討伐を成功させており、教会中央部からの信頼も厚い。
その戦功から聖騎士団の上層部にも推されたが、それを固辞し今は帝都において司教として民のため働くことを選んだ。
また彼が人気がある理由……それは貧民や亜人達にも分け隔てなく施しや治療を行う点であろう。
現在、殆どの教会ではそれなりのお布施をしなければ治療や祈祷は行わない。しかし彼はどんな者達にも時間がある限り行うようにしている。また、亜人達は教会の教えでは差別対象なので基本受けることはできないが、彼はそんな事には構わず受け入れていた。
中央部からは再三注意は来るらしい。しかし彼はそれを無視し、亜人や貧民に祈祷や治療を施し続けていた。
また、中央部も……彼の人気と実力、そして……『巨額の融資』のため、目を瞑る事が多い。
そう、セシルはこのために自分の資産を切り崩し、賄賂として中央部に送っているのだ。元々子爵家の人間なので、資金はある。
だが勿論、それだけでは金銭はもたない。
「だから全面的にシュバルツァー家やバルザック達から資金を調達しているのさ」
アレスは教会に向かう途中、シグルドにそうやって説明していた。
「せっかくあるのだから有意義に使わないとね」
「でも悔しいですな。全てそのような腐った連中の懐にいくだけなどと……」
「まぁ、しょうがない。今は貸してるだけさ。そのうち取り返すよ。そのうちね」
怖い事をさらりと言いながらアレスは前方を指差した。
「ほら、見えて来たよ。あれがセシルがいる神殿だ。南地区では最大規模を誇るらしいよ。あぁ、相変わらず人がたくさんいるねぇ」
◆
セシルが管轄する神殿はたくさんの人で溢れていた。その多くが貧民と亜人だ。
病に苦しむ者、怪我に苦しむ者、飢えに耐えられない者……多くの人達がここに集まっている。
「すごい人数ですねぇ」
シグルドがそう呟くと
「ここは他の地域からも来る人が多いからね。無償で聖術を行うところなんて他にはないからなぁ……」
そう言った、アレスは彼らをかわしながら神殿の中央へ向かった。そこにはセシルを中心に、複数名の司祭達が多くの亜人や貧民の相手をしている。この司祭達はセシルの意に同調している司祭達であり、彼らと共にセシルは亜人や貧民達に聖術を施しているところだった。
アレスが近づくと、セシルはこちらの方に顔を上げそして少し驚いた顔をした。
「おや、アレス様。お久しぶりでございます」
「やぁ、セシル。ちょっと話があるから後で時間を貰えないかな?あぁ、僕のことは構わないよ。今はそちらに集中してくれ。皆さん待ってることだし。僕はひと段落着くまでこの辺をブラブラしてるから」
「申し訳ございません。では甘えさせていただきます。一刻ほどすれば休憩時間となりますので、それまでお待ちください」
そう言うとお互い笑い合い、アレスは踵を返す。
「シグルド、とりあえず外で待とう。ここでは皆に迷惑がかかる」
彼らが再び顔を合わせたのはその言葉通り一刻が過ぎた後だった。
◆
「お待ちいただき、申し訳ありませんでした。アレス様」
そう言うとセシルは部屋の椅子をアレスとシグルドに勧めた。
アレス達が通されたのは神殿の奥、セシルの自室だった。
「今は大丈夫なのかい?」
「今は、ちょうど休憩時間に入りました。しばらくは大丈夫です。あぁ、お昼の食事がまだですね?もし良ければ何か用意させますが」
そう言うとセシルは小さく微笑みながら付け加える。
「あ、勿論ここで出せるものなんてたかが知れてますけどね」
「いや、有難い。おなかペコペコだよ。いただくとしよう」
アレスのその返事にセシルは部屋に埋め込まれている筒に口を当て、指示を出した。
「客人も食事を所望している。悪いが二食追加してもらえないか?」
そう言うとセシルはアレスの方に向き直った。
「しばらくお待ち下さい。さて、時間がないので本題に入ります。アレス様の今回の用事は……?」
その疑問にアレスは即答で答えた。
「教会のここ最近の動きを」
そして、さらに一言付け加えるのを忘れなかった。
「後はシリウスがどうしているか、顔を見にきたんだ」
◆
アレス達とセシルが話している時、不意に扉が開く。
三人がそちらを見るとそこには美しく長い金髪の少年がお盆を持って立っていた。
「セシル兄様。食事を持ってきましたよ」
「シリウスが持ってきてくれましたか。ありがとう」
そう笑いかけるセシルを笑顔で見た後、向かい合う相手を見てシリウスは思わず声をあげた。
「あっ!アレス兄様!!いらしてたんですか!?」
「やぁシリウス。久しぶりだね」
仔犬のようにぴょんぴょん跳ねながらアレスの元に駆け寄る。アレスもまた彼の頭を優しく撫でた。
「ユリウスから聞いたよ。仲良くしてくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ。ユリウスとラーサーは僕にとって数少ない友人だから」
くすぐったそうに笑うシリウス。
側から見れば非常に微笑ましい様子だ。しかし、初見のシグルドは……彼の姿を見て、まるで彫像のように固まった。
シリウスはアレスの弟ユリウスより一つ下の年齢。まだまだあどけなさの残る少年だ。その長い金髪は非常に美しく、ストレートに伸びており、非常に印象的だ。白い肌はまるで彫像のよう、華奢に見える躰つきからまるで女の子を想像させるだろう。
しかし……
(この子のこの気配はなんなのだ??)
歴戦の勇士、シグルドをもって体を動かなくするほどの気配。闘気でも魔力でもなく……人のものとは表せないもの。
言うなれば
「神気」
と言うべきか。
(まるで、大神殿奥に鎮座する神々の像のようだ……!!)
シグルドから見て、シリウスの背にはまるで翼があるのが見えるようだった。
シリウスが食事を置いて去った後……アレスはシグルドの方を向く。
「シグルドは感じたかい?」
「……動けませんでした。何者にも侵し難い雰囲気があったので……彼はいったい」
シグルドの言葉に答えたのはセシルだった。
「彼の事を我々は『光の御子』と呼んでいます。恐らく……神々の生まれ変わりだと思っています」
衝撃的な内容にシグルドは固まる。
「……にわかには信じ難い事ですが……そのような事があるのですか?」
「僕が三つの記憶をもって生まれたんだから……ありえるよ」
そう言うとアレスは笑う。
「彼の力はもはや聖術とは言い難いものだ。現にこの前、彼は『壊れたもの』を『以前あったもの』に『戻し』てしまった。そんな力は聖書に書いてある神にしかできない事だよ」
「彼の力は、間違いなく他の聖術とは異なっています。だからこそ……」
セシルはアレスの言を受けて力強く答えた。
「絶対に悪用されるわけにはいかない」
「孤児院にいたシリウスを彼らより先に見つけたのは運が良かったと思う。下手をすれば変な神輿にされ利用される恐れがあったから。今はとにかくここで匿いながら多くの事を学ばせる。そして来るべき時を待つ」
アレスの言葉に、シグルドは思わず質問をした。
「来るべき……とは?」
「シグルド。僕は教会も変えたいんだ。今の腐りきった教会ではなく、全ての者に平等な神の教えにしていきたい。そのためには……彼の力が必要だ」
そう言ってアレスは舌を出して笑った。
「僕も教会と同じく彼を利用しようとしているかもしれない。でも、彼が世に現れたことはきっと神が今の現状を変えろ、と言っているんだと信じている」
そして付け加えた。
「僕は彼を教会の頂点に据え、この教会というものの考えをそっくり変えるつもりさ。だからこそ……彼の存在を今は表に出すわけにはいかないんだ」
◆
その後アレスはセシルから現在の教会勢力の状況を聞き、その資料を受け取った。
「はっきり言って想像以上に腐ってたね。貴族も真っ青だ」
「大貴族と手を結んでいる輩も多いです。また法王猊下は帝国内では皇族と深く関係がありそうです」
「いずれにしても注意しておかないといけないね。ありがとう」
そう言うアレスにセシルは真顔で答えた。
「アレス様、そしてシリウス……二人が世に現れたことはこの大陸にとってとても大きな事だと思っております。これから世が大きく変化しますが……私はあなたの世を見てみたい。そう思っています」
それを聞くと、アレスは優しく微笑んで頷くのであった。




