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マーゴッド商会 その2

「今回来たのは、商いの話です」


ジョバンニの鋭い視線を物ともせず、アレスは笑顔で手に持ったいた手提げ袋の中から小さな箱とその図面を取り出した。


「これはまだ試作品でして。そしてこうやって人に見てもらうために小型化しておりますが」


そう言うとアレスは箱を開けた。箱の中からは冷気が漂ってくる。


「これは冷却箱です。シュバルツァー領内では実用化されています。庶民全てのものに……とはいかないまでも、飲食を経営する店には置くようにしています。これを帝都に広めたい……そしてゆくゆくは大々的に売り出したいと思うのですが」


ジョバンニとロレンツォは横目でお互いを見合う。


「ちょっとよく見せていただいてもよろしいか?」


「どうぞ」


ロレンツォはゆっくりとその箱を手に取った。


「これは……どうやってできていますか?」


「氷属性の魔石を使っています。勿論まだ試作中です。ロザンブルグ侯爵家と共同で研究を進め、数年のうちには完成させたい……そう睨んでます」


「現段階では大量生産は難しいと?」


「現段階では難しいです。それに単価も高くなります。それゆえ、なんとか庶民でも手に入るように改良したいとは思っていますが……」


そう言うとアレスは爽やかな笑顔を向けた。


ロレンツォは箱を両手で持ちながら、様々な角度から見ている。

ジョバンニは静かに図面を手に取り、その内容に目を通していた。


「これをゆくゆくは貴方達を通じて売り出したい、そう考えていますが、いかがですか?」



ジョバンニとロレンツォは実際にそれを触り、何度か言葉を交わして冷却箱を確認する。アレスはその様子を眺めながら微笑みを崩さない。


すると今までアレスに対して黙っていたジョバンニが口を開いた。


「素晴らしい。これは素晴らしい取引だ」


それに呼応してロレンツォも口を開く


「これを使えば食品のもちが変わります。大変な発明ですね」


そしてロレンツォはさらに付け加えた。


「開発に必要な資金は我々の方でもお手伝いしたいと思います。何なりとお申し付けください」


「だが」


その時、唐突にジョバンニが口を開く。


「なるほど、開発は公子にお任せすることになる。しかし、流通させ、販売するのは我らの仕事だ。その辺を考慮して利益の取り分を事前に決めたい」


「ええ、それは重要な事です。売れたとしてもそれで揉めたなら意味がない」


ロレンツォも呼応して答える。


「名目は共同開発。それゆえ利益は折半と言うところでしょうか」


「それは無理だ。我らの販路を使い、また我らが販売をするのだからそれは難しい」


ジョバンニは一層鋭い視線をアレスに向けた。


「では、これを他の商会から出してもらう事も可能ですが?」


「いや、それも無理な話だ。我が商会を敵に回す事になり例え確実な利益が上がるとわかっても、どの商会も断るだろう」


「……それでは、これを売り出すのをやめましょうか」


「我々がシュバルツァー領内で手に入れて、独自に開発するかもしれないが?」


「それこそ無理な話です。構造まではきっと分からないでしょう。仮に分かったとしても開発して改良し、値段を抑えて販売までに10年以上はかかる」


一進一退の攻防が続く。


お互い沈黙をした時、ジョバンニが決定的な言葉を投げかけた。


「公子を襲い、その図面と見本の箱を奪ったら?我らにはそれを雇うだけの力はあるが?」


その言葉を聞き、アレスは目を鋭くし、態度を変えた。


「実力行使で襲いかかるのかは構わない。だがその時、お前達の首が飛ぶのは理解しているか?お前達が

雇った暗殺者ごときで僕が殺せると?」


その瞬間、部屋の中に強烈な殺気が充満する。ロレンツォは顔が青くなり、ジョバンニもまた表情は変えずとも汗が顔を伝うのを感じた。


「お前らは勘違いをしている。調子にのるなよ」


今みで感じたこともない濃密な殺気。


まるでその場の空気までもがなくなる感覚。


「冗談です。公子。その殺気を抑えてもらってもよろしいでしょうか?」


ロレンツォは、なんとか声を絞り出し、そう言葉を発するのが精一杯だった。


だが、その言葉をスイッチにし、アレスは急に殺気を収めた。


「……ふぅ。こちらこそ失礼しました」


そう言うと、再び笑顔が戻るアレス。その瞬間、あれほど部屋に充満していた殺気も消え失せる。


「では……こうしましょう」


アレスはジョバンニに視線を向けた。


「取り分は7対3。勿論、3が我々で構わない。ただし条件がある」


「条件とは?」


「条件とは3つ。一つ、今後も協力関係を崩さない事。二つ、開発費を融通してもらう事、そして三つ目は……貴方達が知っている帝都の『情報』を我々に伝える事。以上の3点です」




アレスがニーナに連れられて部屋の外に出ていくと、ジョバンニとロレンツォの二人は大きく息を吐き、姿勢を崩した。


「相変わらずの小僧だの……あの小僧は」


ジョバンニは何十年も死線をくぐり抜け、この商会を大きくしてきた。その彼をして動揺させるほどの殺気であった。


「父上……焦りましたよ。あえて虎の尾を踏みに行くなんて……」


ロレンツォはそう言うとため息をつく。

彼らは知っている。アレスの実力を。暗殺者ごときでは対処にならない事も。それでも敢えてジョバンニはあの台詞を言ったのだ。


「どんなに金があろうとも、あの小僧が本気になったら我らを潰す事は簡単であろうな」


そう言うと苦笑いをしながらそれに答える。


「ではなぜ……?」


「元々あの小僧は利益を折半するつもりはなかったであろうよ。彼奴が欲しいのは……このマーゴッドを確実に味方にする事と帝都の情報なのだから」


そしてジョバンニは付け加える。


「味方になれ。なれば利益を分ける。ならねば潰す……そう言いたかったのだろうよ。大した小僧よ、この儂を脅すのだからな。この広い世界でもあいつぐらいだろうさ」


そう言うと愉快そうにジョバンニは笑った。


「ロレンツォ。何が何でもあの話は進めろ」


「ニーナを側室に……と言う話ですか?あの子は獣人とのハーフですし、大貴族の彼がそれを受け入れますかね?また跡取り娘をあえて側室になどと……」


少し渋い顔をするロレンツォにジョバンニは言い放つ。


「あれほどの男は、世にいないであろう。あの男と縁を繋ぐことはこのマーゴットにとっては最大の利益を生むこととなる。ニーナも懸想しているようだしの。あの男とニーナとの間に子が生まれればそれをマーゴッドの跡取りとする。そうなれば安泰だ」


ジョバンニはそう言って愉快そうに笑った。


「我がマーゴッドはシュバルツァー大公家……いや、あのアレス・シュバルツァーとともに行く。それが必ず正しい道だ。あの男に協力を惜しむな。全財産をあの男に賭けよ」


「はぁ……」


渋い顔のロレンツォに対して今まで見せたことがないほどの満面の笑みを見せるジョバンニであった。

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