マーゴッド商会
アーノルド公ケヴィンとの旧交を温めた後、アレスは翌日、ロクシアータ伯爵を始めとする数名の信頼する寄子の貴族達に会いに行った。
ロクシアータ伯爵ロイドは言わずともしれたシャロンの父である。帝都においては帝国騎士団の重鎮として指揮を振るっている。
「団長のランドルフ公爵がもっと分かってくれる人物だといいんですけどね」
とは、ロイドの言。寄親であるシュバルツァー大公家とランドルフ公爵家は別に誼があるわけではないので、あまり信頼はされてないらしく苦労が絶えないそうだ。
「ずいぶん小さい男だな、ランドルフ公爵というのは」
「騎士団を自分の側近で固めたいのでしょう。まぁ分からなくもないですがね。私などは目の上の瘤のようなものでしょう」
そう言ってロイドはカラカラと笑っていた。
アレスはその姿を見て心強く思う。この武人はどんなに困難に及んでも笑顔で切り抜ける度胸と術をもっている、と。
「そう言えばアレス様。うちのじゃじゃ馬がどうやら数日後に帝都に来るそうでして。また御世話になりますがよろしく」
「……いや、僕も色々あるんだけど」
「それは分かっておりますが、彼奴は私の言うことなど聞きませんでな。止めても勝手に向かうでしょう」
この辺の大雑把さもロイドのいい所なのかもしれない。だが、数日後、現れるであろう幼馴染を想像しながら、少しうんざりした表情を見せるアレスであった。
◆
次に面会に行ったのは帝国軍人として名高いベルモンド男爵である。
ベルモンド家は家格は男爵家なれど古くからある名門貴族であり、他の男爵家とは一線を画している。その一族の特徴は……いずれも剣の名手であると言うこと。
当主デュークは現在60を超えた老齢。だが、見る人が見れば気付くはずだ。その隙のない動き、服の上からでもわかる鍛え上げられ、そして衰えていない肉体。その剣技は帝国随一とされており『剣鬼』の名で知られていた。
「おや、久しぶりですな。アレス様。こんな爺の所に来るとは何か火急の用事でも?」
「火急って訳ではないけどね。久々に顔を見たくなったわけさ。後は……帝都での情報収集かな?」
「ははは、嬉しい事を言ってくれますわい。では今日はゆっくりと茶でも飲みながら山谷話でもしましょうか」
しかし、アレスが連れられたのは練修場である。中には多くの男達が剣の稽古をしていた。
「えっと……デューク爺さ、なんでここに連れて来るんだい?」
「それは……まず一服の前に体を動かさねばならぬからですわい」
そう言うとデュークは近くの訓練用の剣を取り出した。
「ここにいるものでは中々満足しませんでなぁ。久々に強敵と立ち合うのは胸が高鳴りますわい」
(あ、これ絶対ダメな奴だ)
嬉々としたデュークの顔を見て深いため息をつく。横を見ると、彼らの一族の者達が目を輝かせながら立っていた。
「アレス様、次は私とお願いします」
「次は私と!」
(まぁ、これが戦闘狂ベルモンド一族、ってところかな?)
心の中で少し笑いながらもこれから続くであろう立ち合いに苦笑するしかないアレスだった。
その後もアレスは何名かの貴族達の屋敷に顔を出した。身分の低い下級貴族なれど、皆一癖二癖あるような人物達だ。彼らは皆、シュバルツァー大公家の寄子となっている。
いずれ彼らの力を借りることがあるだろう。そのためにもお互いの認識を確認し、考えや意識を擦り合わせていかなければならない。
複数名の貴族達との会話を楽しみながらアレスはそう思うのであった。
◆
アレスが最後に向かったのはマーゴッド商会の屋敷である。
マーゴッド商会は帝国内では知らぬ者がいないほどの大きな力を持つ大商家である。先代ジョバンニ・マーゴッド、そして現当主ロレンツォ・マーゴッドの代になってからはさらに活動範囲を広げ、今では神聖アルカディア帝国だけでなくトラキア、ツァルナゴーラ、ヴォルフガルド、そして東方諸国など広範囲で商売を行なっている。
彼らが相手にしているのは一般庶民から貴族に至るまで非常に幅広い。
先代ジョバンニはまさに商いの天才というべき人物であった。
帝都で流行を作り出し、それに合わせた商品を販売していく。影響力がありそうな貴族の懐に入り、その人物から貴族達が好みそうな物を広めていくのだ。そして、多くの貴族で話題に上った時、彼らはそれを大々的に売り出す。それは貴族を着飾るファッションから嗜好品、芸術品など多種多様だ。
また、庶民に対しては彼等が今何が欲しいのか、常にアンテナを張っている。そしてその都度それらを大量に売りさばく。また、それだけではない。新しい物に目をつけ、それを世に送り出す。彼の元には数多くの発明家や技術者が揃っている。彼等の力を使い、多くの道具を世に出してきた。
ジョバンニは数年前に引退し、家業を長男ロレンツォに譲ったが、現在でも実権を握っているのは彼であると言われている。
では、ロレンツォには商才はないのか?というとそうではない。
彼は今、帝都を離れアルカディア帝国以外の商い、および販路の拡大を指揮している。
自らも各地を飛びながら人脈を広げている。
マーゴッド商会の売り上げを大幅に伸ばしたのは彼の功績であると言われている。
先年には「筆頭」皇室御用達の名誉ももらい、今まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで力をつけてきている。
また、彼等が持つ総資産は、皆目見当もつかない。
金の力は剣をも飲み込むことがある。
上級貴族、果ては皇族までもが一目置く、それがマーゴッド商会なのだ。
◆
アレスがマーゴッド商会の屋敷を訪れたのは日も暮れようとしている時であった。
彼の目的はこの商会の最大の実権者であるジョバンニに会う事である。そしてそのための手土産も用意していた。
応接室にてのんびり待っていると、
「アレス!!あんた何しにきたんや!!」
と唐突に背後のドアが開き声をかけられた。
その声を聞き、アレスはのんびりと後ろを向き返答する。
「やぁニーナ。久しぶり」
「何澄ました顔しとんねん。あんたが帝都に来てた事は知ってたで。なんでもっと早う顔を出さんのや」
「こっちだって都合ってもんがあるんだって。色々と大変なんだよ」
「よく言うわ。他の所には顔を出してるくせに」
そんなキツイ事を言うニーナであるがその目は笑っている。アレスもまたそんなやりとりを楽しんでいた。
ニーナはロレンツォの一人娘にして、アレスの学院での同級生だ。ひょんな事から知り合い、科は違えどそれ以来親しい友人として付き合いがあった。長いウェーブのかかった亜麻色の髪、大きな栗色の瞳を持ち、万人が彼女の事を美人だと言うだろう。その抜群のスタイルは男のみならず女性をも目を見張るほどだ。
しかし一番の彼女の特徴は……その亜麻色の髪から覗く獣耳。そしてフサフサの尻尾。そう、彼女は獣人なのだ。
正確には人族と獣人とのハーフであった。ロレンツォの妻は獣人である。どうやら旅の途中、奴隷とされていたのを助けたのが出会いだったそうだ。そして彼女との間に生まれたのがニーナである。ロレンツォは差別されがちな娘を守るため、すぐさま己の父に娘を預け後ろ盾になってもらう事とした。ジョバンニもまた彼女を可愛がり、ニーナに対して様々な教育を施した。また、自らの側に置き、商売のイロハを教えたのだ。
ニーナもまたマーゴッド家の血を色濃く受け継いでいた。彼女は父や祖父譲りの商才を発揮し、学院卒業後は商家の番頭として、様々な仕事に従事していた。
「しかしあんたもラッキーやな。今日はお爺様だけでなく、おとんもおるで」
「ロレンツォ殿が?それは運がいいな」
「あんまり変な事言ってお爺様を怒らせる事だけは堪忍な。まぁ、あんたはお気に入りやから大丈夫やと思うけど」
そんな会話をしていると、不意にドアが開き初老の男性と、壮年の男性が部屋に入って来た。
「よくいらっしゃいました。シュバルツァー公子」
マーゴッド家前当主で今は総裁という立場のジョバンニ・マーゴッドと現当主のロレンツォ・マーゴッドであった。
◆
「お久しぶりです。ジョバンニ殿、ロレンツォ殿」
アレスは椅子から立ち上がり、頭を小さく下げた。
「いやいや、お気になさらぬとも良いです。こちらこそ、一向に挨拶にも行かず申し訳ない」
そう言ったのはロレンツォだ。
形式上の挨拶がひと段落ついた頃……不意にロレンツォが口を開く。
「ニーナよ。お前はちょっと席を外しなさい」
「えーーー!なんでやねん。うちかて、ここにいる権利はあるはずや」
「ダメだ」
「せやけど……っ!」
ニーナは気づく。ロレンツォの横にいるジョバンニの顔に。
(あかん、あれは勝負師の顔や。お爺様があの顔になる時は碌な時やない……)
「分かった。うちは外にいるわ」
「すまんな」
「話が終わったらそっちに行くよ。ごめんね」
アレスは少し心配そうに声をかけてきた。
(いや、うちが心配なんはあんたなんやけどな……どうか無事でいてな…アレス)
ニーナの思いも他所に、アレスはニコニコ笑顔のまま、彼女が部屋から出て行くのを見守った。
ニーナが部屋から出たのと同時に今まで黙っていたジョバンニが口を開く。
「さてアレス殿。貴殿が我が屋敷に来た用向きを教えてもらえませんか?」
そう言うとジョバンニは誰もがすくみ上る気配をあげ、アレスに鋭い眼光を向けるのであった。




