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アーノルド公爵家

さらに翌日。アレスが向かったのは旧知の家柄、アーノルド公爵の屋敷であった。


「レイゼン殿がご存命の時はよく父と遊びに行ったけど……本当に久々に行くなぁ。ケヴィンは元気だろうか?」


アーノルド公爵家と言えば帝都でも知らぬ者がいないほどの名門だ。それはやはり前当主のレイゼンの存在が大きい。名宰相として知られるレイゼンは帝都の発展にも大きく寄与していた。


現当主ケヴィンはアレスの幼馴染であり、皇立学院時代の数少ない貴族の学友であった。いつも無茶ばかりするアレスを暖かく見守ってくれる……アレスにとって、領にいるエランと並び親友と呼べる存在……それがケヴィンだ。


ケヴィンは元来真面目な性格だった。授業中いなくなるアレスとは異なり、どのような授業も真面目に受ける。そして成績もトップクラス。とくに政略に関しては歴代最大の頭脳と称されし、「ジョルジュ・ウォルター」と比せられるほどだ。


しかし公爵就任後、原因不明の病にかかってしまった。現在は病気療養中として休養しており、アーノルド公爵家の仕事はレイゼンの弟のジョンが公爵代行として務めている。


「とりあえず……彼の様子を確認するのが第一の目的だな。元気だといいけど……」


アレスは土産物を手にしながら、一人アーノルド公の屋敷に向かうのであった。




屋敷に到着すると、すぐさまアレスはケヴィンの部屋に通された。


「やぁアレス。久しぶりだね。元気だったかな?」


ケヴィンはそう言うとベッドから身を起こす。

明るい茶褐色の髪、透き通ったような青い瞳は相変わらずだ。しかし、顔色が良くない。整った顔立ちと相まって一瞬蝋人形を連想させるほどだ。


「無理するなよ、ケヴィン。今日はケヴィンの様子を見にきただけなんだからさ」


そう言うとアレスもまた近くの椅子に腰掛けた。


「アレスが到着したのは数日前だと聞いてるよ。ずいぶん此処に来るのが遅かったじゃないか」


ケヴィンの言葉にアレスは苦笑しながら


「ごめんよ。やりたい事がたくさんあってさ」


と言い訳をする。


「やりたい事……情報収集でしょ?」


そう言うとケヴィンはアレスに綴じられた冊子を渡す。


「此処最近の貴族の動きを纏めたものだよ。バルザックを通じて多少の情報は入ってると思うけど……それだけじゃ足りないでしょ。だから、こちらも目を通して見て欲しい」


アレスが目を通すと……そこには主要な貴族の最近の動きが克明に書いてあった。


「流石、アーノルド公の密偵だ」


「そりゃあ、一応『元』宰相の密偵だからね」


そう言ってひとしきり笑った後、ケヴィンは急に厳しい顔を向けてアレスに話しかけた。


「ところで……君が帝都に戻ってきたと言うことは、そろそろ本格的に動き出すと言うことかな?そこの所を本音で話して貰いたい」




ケヴィンが病に倒れたのはレイゼンが亡くなった翌年の事。若いながらも家中から人望厚く優秀だったケヴィンはアーノルド公爵として初年度より帝都西地区の開発という大きな仕事を任されていた。しかし、それは彼の病により頓挫する。

彼に変わり、公爵代行としてレイゼンの弟ジョンがその役に着いたが……いっこうに開発を進めることはなかった。


兄レイゼンとは異なり、ジョンは家中からの人望がなく、それほど学があるわけでもない。ただ、公爵家の名前に乗っかっていただけの人物である。


公爵家として帝都での仕事を進めず、また浪費が激しい彼の性格はアーノルド公爵家の名を貶めるのに充分であった。


レイゼンの死後、およびケヴィンの休養後、アーノルド家の影響力は急激に衰退していく。しかしジョンは公爵家というプライドが高く態度を変えようとはしない。ケヴィンでも連絡を取ることはできず、それどころか屋敷の外に監視役をつけ、現在ではケヴィンは監禁に近い状態になっている。


「叔父上からすれば僕なんかはとっとと死んで欲しいだろうね。彼が欲しいのは公爵代行ではなく、正式な公爵の爵位なのだから」


そう言うとケヴィンは小さく溜息をつく。


「僕としても、別にこんな爵位に拘りはないからくれてやっても良いんだけどね」


ジョンからは何度も皇宮にケヴィンの病のための爵位の引き継ぎの依頼があったそうだ。また、ケヴィンも何度か同じ内容のものを送ったと聞く。しかし頑なに皇帝セフィロスはそれを認めないらしい。


「今の僕にとっては恨まれるだけの爵位なんて不要なんだけどね。陛下も何を考えてるんだか……」


そう言いながらケヴィンは再びため息をつく。


「面倒くさいからとっとと隠遁したいんだけどなぁ。それにこの病だって、今後悪化するかもしれない。少なくとも君が助けてくれたからなんとかなったわけで、これからどうなるかは未知だよ」


ケヴィンが病に倒れ、医師も匙を投げた時、助けたのはアレスであった。アレスは自分の錬金術の記憶全てを引っ張り出してなんとか病状を抑える薬を作り出す。しかし今のアレスにはそれが限界だった。


「大丈夫……なんとかするさ……必ず僕が。君の力が僕には必要なんだ。絶対に治してみせる」


アレスの言葉にケヴィンは小さく笑い答えた。


「不思議だね……アレスの言葉を聞くと本当にそう思えるんだから。じゃあ、それまでなんとか頑張ろうかな?」


そう言った後ケヴィンは話を変えた。


「さてアレス。僕の話はそれまでにしよう。さっきの続きだけど、君の話を聞かせて欲しい。君はこれからどうするつもりだい?」


こうしてこの後、アレスとケヴィンは日が落ちるまで話し込むのであった。




かつてアレスは夢の中でギルバートに聞いたことがある。ケヴィンを治す薬はないのか?と。


ギルバートは言いにくそうに答えた。


「あんな症状の病は初めてみたよ。なんとか症状を止めるまでは分かったんだけどね……薬を作るのは難しいかもしれない。」


と。しかし彼はそれに付け加えたのだ。


「ただ……古の薬、エリクサーがあればなんとかなるかもしれない。まぁ僕も一度しか見た時がないんだけどね」


エリクサー


死者をも蘇生すると言われる伝説の霊薬。おそらく皇宮や神殿の宝物庫などにはあるかもしれないが……例え大公家でも持ち出すことはできないであろう。


「だが、絶対探してみせるさ……そう簡単に親友を殺されてたまるか。例えどんな手を使ってもだ」


そう言いながら、アレスは帰り道に決意を新たにするのであった。




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