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マクドール公爵家

アレスが翌日訪れたのは、帝国において軍を担う役割を持っているマクドール家の屋敷であった。


マクドール家当主、レオ・マクドールは帝国に二人しかいない軍の頂点である帝国元帥、および帝国軍第一軍の司令官として多大な影響力を持つ人物である。現在働き盛りの40代前半、立派な体躯をもち、黄金の髪をたなびかせながら馬に跨っている様子はなるほど軍の司令官としてふさわしい威厳をもつ。その姿をして、『マクドールの獅子公』の通り名で名が知られていた。

名将として大陸中に名が知られており、その地位や家柄もあって誰もが一目おく存在であった。


アレスにとって、彼は幼い頃から旧知であり、なんでも相談できる兄貴分として、良く訪ねることが多かった。轡を並べて共に戦ったこともあり、気心の知れる年の離れた友人ともいえる存在である。


「突然の訪問、失礼します。マクドール公爵」


「お前を拒む門は持ち合わせていないさ、アレス。久しぶりだな!!」


突然の訪問にもレオはアレスを快く迎え入れた。

そして、客間へ自ら案内する。

歩きながらレオはアレスに問うた。


「お前が来ると帝都に情報が流れてから、帝国貴族の連中が騒いでるぞ。俺以外にもどこか顔を出すつもりだろう?」


「昨日はロザンブルグ家には顔を出しました。後はアーノルド公爵の所と、ロクシアータ伯爵家をはじめとする数名の寄子の貴族達、それにマーゴット商会ぐらいでしょうか?まぁ旧知のところに行くだけです。」


「……お前な、帝国元帥に帝国魔術師団団長、そして前帝国宰相……さらに寄子の貴族も少数と言っても軍や政界に影響を持つもの達、さらには老舗の豪商マーゴット商会……誰がどう見ても怪しむに決まってるだろ」


そう言うとレオは小さくため息をつく。


「シュバルツァー大公家……ただでさえ四大公家として高い家柄。領地は豊かであり、武門の名門。だが帝都には現れず謎も多い。そんな所の御曹司が急遽呼ばれ、しかも帝都でコソコソやっている……まぁ誰もが気になる所だろうな」


そんなことを話しながら彼らは客間の前に到着した。


「まぁ立ち話もなんだし、ゆっくり話を聞かせてもらおうか。お前の狙いをね」


そう言ってレオは笑うとゆっくりと扉を開けるのであった。




「で、今回の東方遠征をお前はどう見る?」


レオは明日に深く腰掛けながらそう問いかける。


「陛下の大陸統一への第一歩、と言う所でしょうか?」


そう答えながらアレスも対面の椅子に腰掛けた。


「恐らく今回はグランツ公国とその周辺三ヶ国の制圧が狙いかと思います。あの地方を獲れば他の東方諸国に圧力をかけれますから」


グランツ公国は常日頃より帝国に敵対意識を持つ国である。尚武の国であり、何度もアルカディアの討伐軍を撃退している。彼らが門となっているため、アルカディア帝国は東方に軍を送り込むことができないのである。


「だがグランツか……あの地は戦闘狂の住まう土地。大陸最強の軍隊と言っても過言ではなかろう。またレドギアという厄介な国も存在する。そう簡単には落ちることはあるまい」


そう言ってレオは眉間にしわを寄せる。


「また、グランツは統治も難しい。かの地の西に広がるは手付かずの魔獣が闊歩する大地、北は蛮族、東の山には帝国に従わないドワーフの国、そして何と言ってもあの戦闘民族アーリア人が住んでいる。旨味は特にない」


「陛下としてはグランツを落とす、と言う事実が欲しいのでしょう。あのグランツを従えた、となると降伏を申し出る小国が現れる……現在東方諸国はバイゼルド公国や新興国のドルマディア王国といった国が盛んに動いています。東方が制圧され大国ができると厄介です。その前に……という思いがあるのでしょう」


そう言うとアレスは少し窓の外の……皇帝が鎮座する宮殿を見た。


「陛下も寿命というものが存在します。その前に……大陸統一の軍を動かしたい。そういう思いがあるのでしょう。それゆえ今回は大規模な戦になると思います」


「なるほどな……そしてその戦にお前を参加させたい、ということか。お前は陛下のお気に入りだからな」


そう言うとレオはニヤリと笑った。


「俺としては陛下がなぜお前に固執するのか……それが知りたいものだよ。まぁ勿論お前の能力を買ってるのもよく分かるが……それだけではなさそうでな」


「……なんででしょうね。私は分かりませんが?」


「……まぁいい。いつか教えてくれよ」


そう言うとレオは椅子から立ち上がる。


「のんびり座るのも性に合わないな。時間はあるのだろう?ちょっと手合わせをしないか?ラーサーの奴もそろそろ勉学が終わる時間だしな。あいつも呼ぼう」


そう言うとレオはニカッと今まで見せなかった清々しいまでの笑顔を向けた。


「あいつはお前を尊敬してるからな。ちょっと相手をしてやってくれ。あれでもマクドール家の後継だしな」



マクドール家の修練場に行くと、そこにレオと同じ豊かな金髪をもつ少年が立っていた。


「やぁラーサー。久しぶりだね」


「アレス兄様!!お久しぶりです!」


「いつもユリウスと仲良くしてもらってるみたいだね。ありがとう」


「いえ、ユリウスは親友ですから。当然です」


レオの長男、ラーサーはユリウスと同い年である。馬が合うらしくお互いが親友と認識しており、頻繁に会っていると聞く。がっちりとした体躯の父と異なり、一見女子と見紛うばかりの細い体躯、その顔立ちも涼しげで美少年と言っても良いだろう。武勇とは無縁そうに見えるが……やはりそこは帝国随一の武門の出。アレスは彼の内々に秘める才能に気付いていた。


「俺も親馬鹿だがな。現在こいつの才能に気付いているのは俺とお前、そしてお前のとこの家臣達くらいなものさ。だからこそ下手な指導者を当てたくない。俺が直々に教えるか、圧倒な武勇をもつもの……お前のようなものを当てるか、が良いと思っている」


ラーサーの才能、それは軍略・政略、そして何より剣術に突出している。軍略や政略などはわざわざシュバルツァー大公家の屋敷まで出向き、ユリウスと一緒にアルベルトから習っていると聞く。そして剣術に関しては、父であるレオ自らが教えていた。


「さて、ラーサー。とりあえず今日はアレスと立ち会え。どれぐらい保つようになったか見てみたい」


そう言うとアレスとラーサーの二人に訓練用の剣を投げる。


「アレスも手加減無用だ。思いっきり叩きのめしてやってくれ。最近では俺もそろそろ危ういからな」


「自分の息子にかける言葉とは思えないですね……」


そう言うとアレスは剣を確かめ、ラーサーの前に立つ。


「アレス兄様、よろしくお願いいたします!」


そう言うとラーサーもまた剣を構えた。


「では……はじめっ!!」


レオの合図で、ラーサーは自らの魔力を剣に伝せる。


「はっ!!!」


そして掛け声と共に目にも留まらぬ動きでアレスの懐に入り込んだ。


(全く、凄まじい剣技だよ。彼も、そしてここまで引き上げたレオ殿も見事としか言えないな)


ラーサーの腕や身体をよく見れば擦り傷や切り傷、打ち身などが見える。恐らく日々、父から稽古をつけてもらっているのだろう。


アレスはラーサーの剣を受けるとそれを受け流した。しかしラーサーもさるもの。態勢を崩さず次の攻撃を仕掛けてくる。


「まだまだ!」


アレスは再び攻撃を受け止めると今度は力ずくでそれを押し返した。そして後ろに飛び下がったラーサーの姿勢が整う前に二撃、三撃と攻撃を加える。これで完全に態勢が崩れたラーサーは尻餅をついた。


「はい、ここまで」


ここまでわずか数十秒の出来事。だが、涼しい顔のアレスに対して荒い息をつくラーサー。


「あ、ありがとうございましたっ!!」


「ん、見事であった」


レオもそれを見て、こちらに近づいてくる。


「驚いた。この前、シュバルツァー領にユリウスと遊びに来た時よりはるかに腕を上げたね」


そう言うとアレスはゆっくりとラーサーの手を取り助け起す。


それに対して返答したのはラーサーではなくレオであった。


「当然であろう。俺が毎日直々にしごいているんだからな」


そう言うレオを見ると手には訓練用の剣を持っている。


「さて、今度は俺も稽古をさせてもらおうか」


こうして三人は暫くの間、修練場で剣術の稽古をすることになるのであった。




あの後、レオ達と日が暮れるまで剣の修行を行った。そのままマクドール家で夕食を取り、アレスが帰る頃には夜になっていた。


食事の際にレオはアレスに言った。


「マクドール家は帝都を守護する任務があるため、今回の戦には出る事ができん。だが、何かあった時はお前の助けになるつもりだ」


「分かっているとは思うが、今帝都は貴族達が派閥争いをしている。恐らくお前の存在を煙たく思う輩もいるだろう。何か仕掛けるかもしれん。用心はしておけ」


「特に……カルロス皇子やローゼンハイム大公家、あの辺が今一番権力に拘りをもっている。あの二人には気をつけた方がよい。またザクセン大公も強大な軍事力を背景にランドルフの馬鹿を始め、武門の一族を味方につけてると聞く。第一皇女を娶ったロンバルディア大公の動きも怪しいし、ジョセフ皇子は何をするか分からん。フーバー公爵家なども胡散臭い。どいつもこいつも信の置けないものばかりだ」


様々な情報を聞き、アレスは思う。

ここ数年で帝都は随分きな臭くなったものだと。


だからこそ。


この目の前の男のように信頼できるもの達を確認しなければならない。権力に媚びず、誇りを持ち、そして志の高い者たちを。


レオの目を見ながら……アレスはそう思うのであった。



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