ロザンブルグの三姉妹 〜長女ロクサーヌの話〜
アレス様との出会い。
それが私の運命を大きく変える事となりました。
私はロザンブルグ侯爵家の長女として生まれました。
産まれた頃より強大な魔力を持っており、それが年々成長していく……それを感じながら日々を過ごしておりました。
魔術師の方からすれば、保有魔力は大きい方が優位であると思われています。しかし、それは違います。小さな容器に多大な火薬を詰め込んで火をつければ?
それと同じ事です。
私の年々増えていく魔力はロザンブルグ侯爵家史上でも桁外れと言われており、また残念な事に……私はそれを扱う術をもちませんでした。
父上も、一族の者たちも……何とかしようとしてくれました。私自身も魔力を制御するために、様々なことを幼い頃から学んでいました。
でも……残念ながら、その方法は見つかりませんでした。
◆
貴族としての振る舞いもしなければなりません。私はロザンブルグ侯爵の長女。それゆえ15を過ぎた年より必死に魔力を抑えながら宴の席に出向かなければなりませんでした。
宴に行くたびに多くの貴族の殿方から様々な誘いを受けました。婚約の申し込みも殺到したと聞きます。しかし……その全てを拒むことにしました。だって……いつ暴発するかも分からない、「厄介者」ですから……私に恋は必要ない。私に自分の幸せを追う事はできない。そう思うようにしたのです。
そんなある日のことでした。恐れていたことが起きてしまったのは。
私がとある村の行事に出向いた時の事です。村近くの森の中から多数のゴブリンが現れ、村を襲い始めたのです。
私の周りにいた兵士達も傷つき、村の人達も斃れていきます……その危害が小さな子供におよぼうとした際に……私は今まで訓練でしか使わなかった『魔術』を使ったのです。
私の強大な魔力はゴブリンをすべて凍らせ……そして
その村も、そして近隣の村も全て凍りつくしました。
村の人々はその後やってきた神父様の聖術で助かりましたが……私はそれ以来『ロザンブルグの魔女』として多くの者たちから恐れられる事となったのでした。
あの事件以降、私の元から人が去っていきました。あれほど多く舞い込んだ縁談も全てない事になりました。民衆も家臣たちも……私を恐れるようになりました。しかしそれは良い機会であったと思っています。それを機に私は……部屋に籠り、人との交わりを家族と数名の家人達に限定するようにしたのです。誰にも迷惑をかけぬように、誰も傷つかないように。
私は……自らの魔力について独学で研究をするようになりました。二度とあの様な事を繰り返さぬために。同じく魔力に苦しめられている妹達を救うために。
そんなある日のこと。あの運命の日がやってくるのです。
◆
お父様達が魔獣討伐に行かれてから数日後。私は恐ろしいまでの魔力の波動を感じました。そしてそれが迷わずこのブルームに向かってきているのも。
私は館の者達を集めました。
「今、この街に恐ろしい脅威が迫っています」
私の言葉に屋敷の者たちは当初戸惑うばかりでした。でも途中で思い出したようです。私が強大な魔力を持つ事、そして私が魔獣などを察知できると言うことを。慌てふためく家臣たちを落ち着かせ、私はまず住民の避難を指示しました。ブルームには戦になった場合の住民の避難所があります。そこに向かわせ、強力な結界を張りました。屋敷の者達も当然一緒です。
多くの民達は当初訝しがりましたが、その後やってきた伝令の話を聞き、青い顔をしました。特に伝令が伝えた『古代龍』の話を聞き、素直に私の指示に従ってくれるようになりました。
全ての避難所に結界を張ると、私は邪龍の方へ向かう事にしました。
その際多くの者達が私を必死で止めてくれました。幼き頃より下男として屋敷に仕えてくれていたトールなどは涙を流しながら止めてくれました。もし、行くなら自分もついて行くと。
今まで私を避けていた者達も、多くの者たちが止めてくれました。でも……私は思うのです。この強大な魔力は今日、この日のためにあったのではないか?と。
私は彼らに一度笑顔を向けると、後は振り返らず邪龍の元へ向かいました。
◆
古代龍に属するだけあって、邪龍は強大な魔力を有していました。
《小娘、何用だ?いずれこの街は全て我が破壊する。死に急ぐ必要はあるまい》
そう言ってニタリと笑う邪龍に向けて私は高らかに宣戦を布告しました。
「貴方をここで止めさせていただきます」
そう言うと私は巨大な氷柱をたくさん作りだしました。
「ブリザードアロー!!」
そしてそれを邪龍に向けて飛ばします。
《むぅ!人間のくせに小癪な真似を》
そう言うと邪龍は氷柱を翼で弾き飛ばし体勢を立て直しました。少しずつ邪龍の位置が変わっていきます。そう、それでいい。まずは郊外に追い出す事。それが大切。
私は矢継ぎ早に巨大な氷柱を飛ばしていきます。しかし邪龍もさるもの。
《小賢しい!!》
そう叫び、そして大きく息を吸い込むと凶悪な瘴気のブレスを吐いてきたのです。私は咄嗟に全魔力を込めて、氷の盾を作り出し、それを防ぎました。ここから……私と邪龍との根気比べが始まったのです。
どれぐらい時が過ぎたのでしょう?
どうやら私も限界が近づいてきた様子です。防ぎきれないと言うわけではありません。現に押しているのは私の方です。後、もう一刻もあれば私の魔力は邪龍に届き、かの者を凍らせることができるかもしれません。
しかし……あまりにも魔法を使ったがため、私の魔力が暴走し始めたのです。現に私の足は厚い氷で覆われており、辺り全体も凍ってきています。足元の氷は徐々に上に上がってきており、その後私を全て覆い尽くすでしょう。更に魔力が暴走すれば、例え邪龍を倒せたとしても、ブルーム全体を……避難している者達をも凍り尽くしてしまうかもしれません。
ふと見ると、お父様の姿が見えます。
あぁ、お父様、帰った来てくださったのですか。
お父様はとても心配そうにこちらを見てくださっています。なんとかお父様にこの状況を伝え、民を避難してもらわないと。騎士団も控えているし、その後ろには……
え?ミリア??何故ここに??今、帝都にいるはずでは?
混乱する私をよそに、ミリアはお父様と何かお話をしています。
ちょっと。何のんびり話しているのよ。早く避難を。避難の指示を。
そう思った時でした。私もその姿を見て気が緩んだのでしょう。それを見ていた邪龍のブレスが急激に強くなっていったのです。
「くっ!しまったっ!!」
私も無意識にそれに呼応して、魔力を込めます。そして……私は、今まで細心の注意を払ってコントロールしてきた魔力を……暴発させる事となりました。
《何だ!?この魔力量は??》
邪龍が吐いていたブレスが凍り始めます。その様子を見て、焦る声が聞こえます。しかし、私はそれどころではありません。
私を中心に徐々に大地が凍りついていきます。更には私の身体も……そう、私の魔力はとうとう暴走し始めたのです。
大地はどんどん凍りつき、ブレスを防ぐ盾は徐々に暴走を始めます……邪竜はその様子を見てブレスを吐くのをやめました。
《コントロールできていないのが幸いだったか。このまま我のブレスで街ごと破壊しても構わぬが……このまま凍てつくのも一興。》
邪龍はそう言うと再びニタリと笑い始めました。
《それにしても……そなたの力は人族には過ぎたもの。それゆえ我が貰い受けるか》
このままいけば、私の魔力で街とともに近くにいるお父様やミリアを始め、この街にいる人間は皆凍り付くでしょう。そして私は龍に食べられ、その後あの龍によって凍りついたこの街はきっと破壊尽くされる……あぁ、所詮私は魔女でした。大切なものも守れず、誰のためにもなる事ができなかった。そう、諦めかけた時。
「すごい魔力量だね。ミリアよりもよっぽど強いよ」
のんびりとした口調で私の近くに近づいてきた方がいたのです。
◆
逃げて。今すぐに。でないと凍りついてしまう。
そう、言いたくても言葉になりません。現にその方は体中に霜を纏いながらこちらに近づいてきますり
「こりゃ、一度魔力を全部吸い取らないとダメかもねー。貴族の淑女には失礼だけど……緊急事態だから勘弁してもらおうか」
そう言うとその殿方は私の前に立ち、両手を両肩に乗せ……なんと私の唇に自らの唇を重ねてきたのです。
「ドレインマジック!!」
「んんん!??」
魔力の暴走で意識がぼんやりしていましたが、あまりの衝撃にはっきりと覚醒するのが分かりました。そして、それと同時に私の魔力が吸い取られているのも。
私の周りで暴走していた冷気は一気に消失し、地面を這っていた氷は跡形もなく無くなっていたのです。
惚ける私を優しく受け止めると、その方はそっと立たせて、優しく問いかけました。
「大丈夫?立てるかな?」
「えっ?あ、はい……」
「じゃあここにいて貰えるかな?できれば動かないで」
そういうとその方は胸にかけてある首飾りを握りしめました。するとどうでしょう?その他から青白く輝く剣が現れるではありませんか。
「ま、待ってください。貴方は……」
「ごめん、話してる暇はなさそうだから。とりあえず、あの蜥蜴を追い払わないとねぇ」
そう言うと踵を返して邪龍の方に向かって歩き始めました。私はただ呆然とその姿を眺める他ありませんでした……
◆
アレス様はその後、邪龍と戦いあの強大な力を持つ古代龍を退けました。その姿は……まるで神話の世界の英雄のようでした。その時のお話は……割愛させていただきます。
また、その後私達姉妹に下さったブレスレットは私達のこの暴発しそうな魔力を抑え、私達を自由にして下さったのです。
そのようなこともあり、アレス様は私にとって、そしてこのロザンブルグ家にとっても『救世主』とも言える存在になりました。
あれから、随分と年月が過ぎましたが今でもその気持ちは変わりません。お父様を始め妹達も同様だと思っています。
あれから数年。毎日鍛錬した結果、以前と比べだいぶ魔力をコントロールできるようになりました。なぜ、そのような修練を行うか。それは、私の力をいずれあの方に使ってもらうためです。
あの日より。私は髪の毛一本、血の一滴まで全てをアレス様に捧げると決めております。
少しでもあの方の力になりたい……それゆえ、今後も引き続き私は修練を続けていくつもりです。
ロクサーヌは若干ヤンデレです。




