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ロザンブルグ侯爵家

翌日よりアレスは再び活動を開始する。


彼が行おうとしていること、それは


「各貴族達の現状の情報確認、および根回し」


である。


頭を下げるわけではない。

アレスが理想を求めるならば彼は圧倒的強者として振る舞う必要がある。頼むから仲間になってくれ、ではいつ裏切られるのかわからない。

アレスが今見定めているのは……こちらの陣営に入るに足る資質があるか、である。


もちろん力のある貴族や領地が大きい貴族を仲間に取り込めれば有利であることには違いない。しかし、彼はその様な事は求めていない。彼が貴族に求めているのは……


自己の利に走らず行動できる人物か否か。


民の事を考えられる人物か否か。


そして、シュバルツァー家とともに歩める一族かどうか。


であった。



「途中で裏切られても困るしね。自己の利で動く様な貴族を仲間にしようとは思わない。僕の考えている理想にはそういう奴は不要だ」


そう言って、アレスは不敵に笑う。


「いずれにしても全ての貴族達を(ふるい)にかけるつもりだよ……本当に必要な貴族のみ残ってもらう。『貴い一族』と書いて貴族。本当に『貴い意志』をもっているか……だよ。自分達の思い通りにしたいだけの人物は……下衆もいいところさ。蛆虫以下だね」


アレスはそう言いながら辛辣な言葉を述べる。本気でやるつもりなのだ。


アルカディア貴族の大掃除を、この人は。


シグルドはその話に相槌を打ちながら……同時に背筋が冷たくなっていくのを覚えた。



アルカディア帝国における貴族には序列がある。


一番高位なのは大公家。初代皇帝レオンの腹心であった四人の家臣達、彼らの子に、皇帝の娘達が降嫁され、興った家系である。


北東の守護者シュバルツァー大公、西の軍閥ザクセン大公、南の地の実力者ロンバルディア大公、そして帝都の重鎮として皇帝を補佐するローゼンハイム大公の四家である。


ついで高位なのが六家いる公爵家だ。彼らは帝室の血を引く名家であり、様々な帝国の様々な要職に着く。


現帝国宰相はクラーク公爵。前宰相はアーノルド公爵。ここにヘリオン公爵とフーバー公爵が加わり、彼ら一族は主に帝都において政を司る要職につく。


また現在、帝国騎士団の総団長を務めているランドルフ公爵、帝国軍第一軍団長兼総軍団長として睨みを利かせているマクドール公爵は共に帝国元帥として軍事の頂点として活躍している。


大公家、および公爵家の共通点は


皇族の血縁者


である事だ。(大公家はすこしイレギュラーではあるが)

それゆえ、他の家臣とは一線を画す。


では、他の貴族達……すなわち、血縁者ではない家臣達はどうなるのか。


家臣達の中で最も位が高いのは『侯爵』である。彼らもまた大きな領土、宮中での高い地位を約束されている。数もそれほど多い訳ではないが、大公や公爵と比べれば、それなりに数はいるだろう。血縁以外では最大の権力を持つ貴族なのだ。


そしてその下には『伯爵』が続く。

伯爵もまた名門貴族であり、帝国内で大きな力を持っていた。

そして子爵、男爵、さらに準男爵、騎士爵とある。


しかし長きに渡る治世で、貴族も自己の利に走るものが多く、領地経営を疎かにして、派閥争いや権力闘争に明け暮れるもの増えていた。

また、その権力を利用して悪政を行い、民を泣かすものも多い。特にタチが悪いのは彼らが特権意識を持っている事だ。貴族だから何をやっても許される、と勘違いしているものも多く、アレスはこの様な人物を非常に嫌っていた。


そのため、アレスはあまり貴族と付き合うのを好まない。しかし……仲間を増やすことが大切なのもよく知っている。


相手を見極め、真の味方になるかどうか……それを確かめるのも彼の今回の目的でもあった。


初めの五日間、アレスはまず自分の旧知の人物の元へ向かった。

この貴族達はアレスが信頼している者たちだ。彼らの現状や、また彼らから新しい情報をもらう事がねらいであった。


始めに向かったのはロザンブルグ侯爵家である。


「ハドラーに料理を出してもらった以来かな?久しぶりだね」


そう笑うと彼はロザンブルグ侯爵家の門を叩くのであった。




ロザンブルグ侯爵家は帝国内において「魔術」の名門貴族として知られている。

一族から魔術師の最高権威である宮廷魔術師を多数輩出しており、また魔力を使った道具である「魔導」の開発に関しては帝都一の技術をもっていた。

現、侯爵アルフォンスは帝国魔術師団の団長を務めており、彼の兄弟にも宮廷魔術師がいる。

アルフォンスは美しい金髪をきちんと整えた紳士然とした美丈夫であり、非常に評判が良い。以前より礼儀正しく誰からも好かれる人物であったが、今では壮年の年となり、それに威厳がつく様になった。

また魔術師としても当然一流であり、彼自体宮廷魔術師の序列第二位という高い位についている。


アルフォンスとはある事件を機に面識があり、突然のアレスの訪問にも彼は快く歓待してくれた。


「お久しぶりですな、アレス殿」


「突然の訪問、申し訳ありません」


「いやいや、アレス殿は我らの恩人。遠慮する事は何もございませんよ」


そう言ってアルフォンスは奥の部屋にアレスを招き入れ、そして、席を勧めた。


「ハドラーめは失礼していませんか?」


「あぁ……そういえばその謝罪をしなければ、と思っていました。結局ハドラーを引き抜く様な形になってしまい……」


「いや、アレス殿が謝ることではありません。あのままでもあの男は私の元を去ったでしょう。あの男を手懐ける等なかなかできる芸当ではありません。さすがはアレス殿ですな」


そう言うとアルフォンスは本題に入った。


「さて、アレス殿。今回はいかなる御用ですかな?」


それと同時に穏やかだったアルフォンスの目が鋭くなった。




ロザンブルグ家は派閥でいうところの中立を保っている。侯爵位という高い地位とその魔法という特異の分野の頂点ということで誰しも自らの派閥に入れたいはずである。現に何人もの貴族が彼の元を訪れているとも聞いている。それゆえアルフォンスが警戒するのもよく理解できる。


「二点あります」


そういうとアレスは懐から折りたたまれた紙を取り出した。


「これは……」


「これは『冷却箱』の設計図です。我がシュバルツァー領では多くの者たちが食物の保存や冷却にこれを使います」


アルフォンスはそれを眺め……驚愕した顔をする。


「動力源は……なるほど、冷気を放つ魔石ですか……驚きました。この様な物がこの世にあるとは」


食物の保存は人々にとっては死活問題である。そのため、干物や瓶詰めといった技術が生まれることとなる。

冬場はまだいい。夏場になるとその熱気で多くの食物が腐る。特にアルカディア帝国は内陸なのでそれが顕著だ。


今回アレスが提示した『冷却箱』はその問題を解決させる……それこそ世の中をひっくり返すほどの物であった。


「しかし、これにも問題があります。それは量産が難しいこと。もっと小さな魔石でできればそれも可能なのですが。そこでアルフォンス殿のお知恵をお借りしたいのです」


アレスの頼みにアルフォンスは頷きつつ……そして心配そうな顔をしてアレスの方を見た。


「分かりました……しかしよろしいのですか?この様な技術を簡単に教えてもらって。これを作れば帝都でも爆発的に売れる。巨万の富を得ることができるでしょう。それを……」


「大切なのは民が潤うこと。それ以上はありません」


アルフォンスの言葉に被せる様にアレスは言い放つ。


「そして……アルフォンス殿だからこそ、この仕組みを伝えました。他のものでは信頼できないですから」


アルフォンスはじっとアレスの目を見つめる。暫くの間沈黙が続き、そしてアルフォンスはニコリと笑った。


「アレス殿のお気持ち、そしてその志、しかと受け止めました。私の方でもこの改良に力を入れましょう」


「ありがとうございます」


アレスもまた笑顔で頭を下げた。


「そして二点目の用件何ですかな?」


「あぁ、それは……」


そう言うとアレスは少年の様ににっこり笑って答えた。


「皆さんの顔を見に来ただけですよ」




話をしている最中。突然ドアが開く。そこにはうら若き女性が3人、立っていた。


「アレス様!ようこそお越しで!!」


「アレ兄、何で連絡をくれないのさっ!」


「アレス兄様、お久しぶりです!!」


現れたのはアルフォンスの3人の子供たちである。


長女のロクサーヌは齢22歳。艶やかな黒髪を後ろで纏めている、大きな瞳が特徴の美人だ。きめ細やかな肌を見ればなるほど侯爵令嬢だと頷ける。しかしアレスは……彼女と目を合わせた後、頰を赤くして思わず視線を逸らした。理由は一つ。思わず触れたくなるほどの彼女の男好きがする体型である……あまりにも色気がありすぎるのだ。本人には全くといっていいほど自覚はないだろう。しかし……その圧倒的なボリュームの胸と大きな臀部は男を引きつけてやまないだろう。


対して妹のミリアは齢18歳。大きな瞳の美女、と言う点では姉と同様だが、健康的に日焼けした肌、栗色の髪を短く揃えている。姉とは異なり少年の様な体型だが、引き締まった体つきをしており、とても健康的な印象だ。

彼女は王立学院時代の後輩であり、よく顔見知っている。現在学院では最高学年であり、生徒会の副会長を務めていると聞く。


そして耳長族(エルフ)のようにきめ細やかで長い金髪を二つに分けて結いている15歳の少女が三女のシンシアである。行動も少し幼く、まだあどけなさが残るが、姉達同様顔立ちは整っており、後々美人になることが予想できた。そして彼女は長姉に似て……幼いながら豊満な身体つきをしていた……。


「お前達……あまりにも失礼すぎるぞ」


突然の事にアルフォンスは咳払いをして叱責をする。


「えーそりゃあアレ兄は私達の命の恩人だしさっ。それに私にとっては直属の先輩なんだから。来れば会いたいって思うに決まってるじゃん。ロクサーヌ姉様なんか、さっき下着までじっくりと考えてた………」


「きゃあああぁぁぁああ!!」


ロクサーヌは頰を真っ赤に染め、大慌てで後ろからミリアの口を塞ぐ。


「なんでもありません!今のは聞かなかった事にしてください!」


「はぁ……」


アレスはそう返事しながら、ミリアを見る。

ミリアは大きな胸に顔を埋めながら、バタバタともがいていた。


「あの……ロクサーヌ姉様。ミリア姉様が窒息します」


シンシアの言葉にロクサーヌは視線を下に落とす。そしてまた大慌てで手を離した。


「ぐはぁっ!!ハァハァ。まったく

このおっぱいオバケ!!いきなり何するのよっ!」


「だって、そっちがいきなりフライングして変な事を言い出したのがいけないんでしょ!?勝手に私をだしに使わないで!」


「うっさい!だからっておっぱいで挟むって……私に対する嫌味か!」


「いや……ミリア姉様が最初に口火をきったから……」


「何よシンシア。あんたまで姉様の味方!?さてはおっぱい同盟でも結んだの!?」


「あーーーー!!もうよい!!」


アルフォンスはそう言うと彼女達を睨む。3人ともビクッと体を硬直させるとその場を動かなくなった。


「まったく突然現れたと思ったらなんの茶番か。今私はアレス殿と大切な話をしておる。そなた達は後ほどゆっくりと話をすればよい!」


そう言われ、3人とも悲しそうな顔を見せる


「そんな顔をしてもダメだ。アレス殿……今日はこの後予定でもありますかな?」


「えっ?えっ、あのー……」


「ふむ、ないそうだ。では、ゆっくり食事でも取りながら語らえばよい。では、お前達は今は出ていきなさい」


「「「……はい……」」」


3人はおずおずと部屋を退出していった。


「アレス殿、申し訳ない。失礼な事をした」


「いや、大丈夫ですよ」


そう言いながら彼は3人の後ろ姿を見送る。そして思うのだ。普通の人は彼女達のその仲の良さを微笑ましく思う……ただそれだけだろう。ただ解る人は解るはずだ。


そう、それは


圧倒的魔力量に。


「相変わらず3人とも凄いですね……」


「それに気付いているのは少数でしょうな」


アルフォンスはそう言うとそっとため息をついた。


ロザンブルグ家は代々魔術師の系譜である。それゆえ、一族は皆大きな魔力量を持って生まれる。


しかし彼女らは……


「我が子ながら……あの子達は代々のロザンブルグ当主と比べても、圧倒的に魔力量が多いでしょう」


そう、あまりにも強大な魔力を持って生まれたのであった。


そのためか。一番才ある長女のロクサーヌは幼い頃、その魔力を暴発させる事件を起こし、領地を破壊したため、引きこもっていた時期があった。ミリアもシンシアも自分の魔力がいつ暴走するのか恐れて暮らしていた時期もあった。


「今のあの娘達は、あの当時と比べ別人のようです。あの娘達があのように明るく振る舞えるようになったのは……貴方のお陰です。アレス殿。感謝してもしきれません」


皇立学院でミリアに出会ったアレスは彼女の魔力の大きさとその不安定さに驚き……あるものを贈ったのだ。それが彼女達の手首につけているブレスレット、すなわち


魔力調整ブレスレット


学院でそれを受け取ったミリアは魔力を調整できるようになる。衝撃を受けたミリアはその存在を父に教え、三姉妹全員にブレスレットを作ってくれるようお願いしたのだった。


その際、様々な出来事は起こったが。


だが、そのおかげで……ミリアは本来の明るさを取り戻し、あれほど陰に篭っていたロクサーヌも別人のようになった。シンシアも今では友人もでき元気に学院に通っている。


「だからこそ……私はあの子達を貴方に任せたい」


そう言うとアルフォンスは真面目な顔をして身を乗り出した。


「さて、本題に入りましょう。考えてもらえましたかな?例の件は」


例の件とは、以前よりロザンブルグ家から申し出があった縁談の話である。


「いや、あれはまだ……」


しどろもどろになるアレスにアルフォンスは畳み掛ける。


「ロクサーヌは確かに婚期を逃してしまいましたが……まだまだ子を産めます」


そう言うとずずいと前に出る。


「正室などと贅沢も言いません。3人のうちの誰、ともいいません。なんなら3人まとめてでも構いません。娘達はアレス殿のその一言を待っております!」


この後、お茶を濁すアレスと追求するアルフォンスの問答が長く続いたとか……


結局アレスはその後食事をした後、ロザンブルグの屋敷を辞したのは夜になった。供の者をつける、といったアルフォンスの好意を断り、帰ろうと思った際。最後にアルフォンスはアレスに耳打ちをした。


「公子……貴方が今日来たのは、多少我らの事を探りに……という事もあるでしょう。だが、ご安心下さい。ロザンブルグは大恩を忘れるような一族ではありません」


と。




ロザンブルグの屋敷の帰路。暗闇の中、アレスは一人歩き、そして誰に言う訳でもなく呟いた。


「まぁ、さすがのロザンブルグ侯かな?利を見せてもすぐには飛びつかず、そしてこちらの思惑を理解しつつも引き換えに何かを求めるなどということもなく……さすがに人物が出来てるよ。やはり彼は味方につけないとね……もちろん、彼の魔術師団も」


そう言いながら月夜の道を歩くアレスであった。



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