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奥方語り

「一体何を考えているのですか?」


帝都シュバルツァー家の屋敷、その大広間にて。


その中央でアレスは正座をしていた。正面には静かに微笑む母、セラの姿が。

その笑顔とは裏腹に目が…怖い。


「貴方が勝手なことをしたおかげで、どれだけの人達に迷惑をかけたと思ってるんです?せめて一言、私に伝えていれば迷惑はかからなかったものを……」


「あー、母上……確かにその事は謝りますので、この姿勢は勘弁してもらえないでしょうか…?」


「ダメです」


「!?」


「昔から罰というのはこの姿勢と決まっています」


「……」


そう、セラは昔からこうだ。普段は温和だが、何か不手際……特に他人に迷惑をかけてしまった場合は静かに怒りだす。

エドガーが飲みすぎて乱れた姿をさらしたときも。家臣たちが不手際をして、領民に迷惑をかけた時も、そしてアレスがイタズラをした時も。きまってセラは正座をさせ、懇懇と諭していく。その時間は丸一日かかる時も…このことを知っている者たちからは


「奥方語り」


という名で陰で恐れられている。


当然、アレスも今回もまた朝から夕方まで、この姿勢で過ごすことになったのであった。





「足が痺れてもう、立つことができない…」


「お疲れ様でした……」


自室のソファーに倒れこんだアレスにシグルドは苦笑して話しかける。丸一日、個人行動……心配とともに多少の怒りもあったシグルドであったが……大広間で神妙な面持ちをして正座をしている姿を思い出すと怒る気にもなれない。


「奥方語り…久々に見ました。あれは…拷問よりタチが悪いですね…」


「我ながら、母を甘くみていた…」


そう言って嘆くアレス。


「だいたい母上はいつもそうなんだよ。こう、ネチネチ言うんじゃなく、パッと言えば分かるでしょ?僕だってもうそれなりの年だよ?結婚している人だっている年齢なんだから。つまり、大人として見られてもいいわけでしょ?それなのにこう、小さい時と変わらず…」


「アレス様…」


「確かにさ、皆には悪かったよ。確かに。だけどさ、このお陰で僕は一日無駄になっちゃったじゃない。まだやることはたくさんあるんだよ。時間を無駄にしたくないんだ。計画の立て直しじゃないか。もう、夜になるし。だから…」


「あの…アレス様…」


「あぁー?何!?」


「あの、その…」


シグルドは申し訳なさそうに後ろを指差す。その顔はかすかな絶望が見られる。


「だから何さ!?」


そう言って振り向いたアレスは後ろに立っていた人物を確認して凍りついた。


「まだ…お話が足りないみたいねぇ」


そこには先ほどと変わらず静かに微笑んでいるセラと、同情的な表情をしているユリウスが立っていた。

セラは相変わらず、目は笑っていない。



あぁ、僕は何を間違えてしまったんだろう…


アレスは目の前が真っ暗になるのを感じた。


こんな焦燥感は…

レオンの記憶の中、50万の対アルカディア帝国連合軍に囲まれた時よりも。

シンの記憶の中、魔王ガルガインと対峙した時よりも。

ギルの記憶の中、五つの王国から刺客を差し向かれたときよりも。

それ以上のものだ。

英雄たちの記憶の中にだってこれだけ強大な敵はいなかった。


「くっ!!母上はきっと恐るべき魔女か何かで、多くの英雄を返り討ちにしたに違いない!」


「馬鹿なこと言ってないでこちらに来なさい」


「……はい」


そう言ってセラの後を追い、幽鬼のようにフラフラと扉の向こうに消えたアレスを眺めながら、シグルドとユリウスは祈るのであった。


「どうかアレス様「兄上」が無事戻って来れますように」


と。

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