ユリウス・シュバルツァー
僕が屋敷の門の前に立っていると……屋敷の中から人影が見えた。
見れば家令のバートンがやってくる。そして僕に告げた。
「ユリウス様。セラ様が戻ってきて下さるようにとのことです」
「……僕としてはここで兄上を待っていたいんだけど」
「セラ様がおそらくアレス様は今日は帰ってこないだろうと申し上げております」
母上の勘は非常に鋭い。おそらく間違いないだろう。
僕はそっと自分の右目にかかる眼帯に手を当てた。
困った顔をして横にいる傅役のアルベルトの顔を見ると、彼もまたうなずいている。
なんだよ、兄上が帰ってきたんだよ?もっと皆で盛大に迎えないと駄目じゃないか。せめて僕だけでも…
「ユリウス様。アレス様はこのようにわざわざ迎えるのを好まないお方ですよ。母君の仰る通り、屋敷に戻り帰りを待ちましょう」
確かにそうなのだ。兄は盛大なお迎えなどは嫌う。
「……わかったよ。じいの言うとおりにする。バートンもわざわざありがとう」
僕の言葉にバートンは何も言わず一礼をする。
そして僕はトボトボと屋敷に戻っていった。それを見たアルベルトとバートンは思わず目と目を合わせ……そして苦笑しながら僕の後をついて来てくれた。
◆
僕はシュバルツァー大公家の次男として生まれた。
子供が産まれれば本来は祝福されるもの。でも…僕は本来生まれてはいけない子だった。
その理由は2つ。
一つは生まれが悪いこと。僕が生まれた日、その日は太陽が欠けた日だった。数十年に一度この様な日が起きる。そして、その日に生まれた子供は悪魔の使者としての烙印が押されるので、多くの人は誕生日を隠す場合が多い。
僕は残念ながら、その太陽が欠けていた際に生まれた子だったらしい。
そしてもう一つ。僕の目のこと。僕の目は左目は母譲りの青。そして右目は…赤かった。つまりオッドアイだったんだ。
神聖アルカディア帝国ではオッドアイは帝室を壊すものと言われ、育てることを禁じられている。どうも昔、そのようなことを何代もの前の皇帝陛下に申し上げた占い師がいたそうだ。
しかも僕が生まれたのは大公家。このような事実を大っぴらにしたら、家自体が危うくなる。
父上も相当悩んだと聞いている。そこで、父上は僕を…誰の目にも触れないように幽閉することに決めたそうだ。
こうして僕は大公領のとある山奥の山荘に閉じ込められ、ここで8年間生活をしていた。僕のことを知っていたのは…父上と母上。そして大公領の騎士として名高かった傅役アルベルトと、譜代の家臣ローウェンだけだった。
アルベルトは僕の父親代わりになってくれた。
大公領でアルベルトを知らない者はいない。二刀流の達人で、将としては現在北の砦を守っている騎士ローウェンとともにシュバルツァー家の二大騎士と言われるほどだ。
そんなアルベルトから僕は剣と知識を学び、そして父と母の手紙をもらっていた。
母親代わりになってくれたのは女中頭のアリーだ。彼女は、戦で家族を亡くした年配の女性だったと聞く。
使用人たちからは時には冷たい視線を受けたり、嫌がらせをされることもあったけど……アリーはいつも守ってくれた。時には母の様に、時には祖母の様に……とても大切にしてくれた。だからこそ、僕はここで隠れて生き残ることができた、そう思っている。
僕はここで一生を終えるだろう。幼いながらもそれが分っていた。そして、そうやって諦めていた。
しかし……その後、僕の人生が一変する事が起きる。それは……兄との出会いがきっかけだった。
◆
あれは、いつものように部屋でアルベルトから貰った本を読んでいる時だった。
もう、日も沈み、あたりは静寂に包まれていた時間。
「会わせてくれないか?僕にとってたった一人の弟なんだから」
外から声が聞こえる。
「大公閣下からもこの書類に書いてある通りお許しをもらっている。道をあけよ」
聞き耳を立てているとアルベルトの声と知らない若い男の声。どうやら誰かが僕に会いに来るらしい。
こんな時間に誰だろう?
そう思っていた時。突然ドアが開いた。
そこにはアルベルトと…父のような黒髪、黒目をした若い男の人が立っていた。
穏やかな表情を見せながら、僕の方をじっと見ている。
僕は怪訝そうにアルベルトに尋ねた。
「あの…アルベルト、この人は…?」
「あぁ、ごめん。はじめまして…だね」
そう言うとその人は僕にやさしい笑顔を向けてくれた。
「僕の名はアレス……君の……兄だ」
そう、僕は兄の存在を知らなかった。父上も母上も…そしてアルベルトも今まで教えてはくれなかった。
兄も僕の存在を知ったのはごく最近だったらしい。
その日、僕は兄と名乗る人物とともに夜遅くまで話をした。
僕が生まれた時、兄は熱病にかかっており、僕の存在は知らなかったこと。その後、帝都にいたので僕がここにいることを誰にも教えてもらっていなかったこと。様々な話を聞くことができた。
「ユリウス…君は外の世界を見たいかい?」
兄が唐突に尋ねてきた。
「もちろんです。僕は…僕はもっと自由でいたい。こんな生活は…本当は嫌です」
そう言いながら……僕は俯く。
「でも……無理なんです…僕の存在は家を……父上や母上を不幸にする。だから、僕はこのままでいいんです」
そう答えた僕を兄はジッと見つめた。
そして
あぁ、そうだよね。わかったよ、と小さく答え、そして頭をくしゃくしゃに撫でてくれた。
「きっと、すべてがうまくいくさ。大丈夫、もうしばらくの辛抱だよ」
そう言って、笑ってくれた顔を……僕は生涯忘れないだろう。
◆
次に兄が訪れた時、僕は自分の身が自由になったことを知らされた。
どうやら帝都で兄が何かをしたらしいと聞くが……詳しくは教えて貰えなかった。一体どんな魔法を使ったのだろう……?とても不思議だ。
もちろん多少の制約はあった。それは右目に眼帯をつける事。それでも今まで幽閉されていた身の上としては些細なことだ。
これで晴れて僕はシュバルツァー領に帰り、父や母と会う事ができた。そしてその後、母とともに帝都に向かう事となる。もちろん、アルベルトやアリーも一緒だ。
◆
兄は言った。
「人は何にも縛られてはいけないんだ。だれもが幸せになれる権利があるんだよ。迷信や占いなんかで人生を狂わされてたまるものか」
と。
「ユリウス。やりたいことをやりなさい。君の人生は君のものだ。立場や生まれながらの環境でそれを行えないのは間違っている。きっとこれから君は人生でやりたい事が生まれてくる。そしてそれをやり通すことが人としての使命なんだから」
兄のその言葉は、今も大切に僕の胸の中にしまってある。僕はあの日、初めて自由の翼を得た。そう兄から貰ったんだ。
そして兄から言われた
「僕のやりたいこと」
それは兄を助けること。
兄は不思議な人だ。常に皆の先頭を切って、誰かのために行動する……そしてきっと兄上はこれからも多くの人にこうやって自由の翼を与えていくだろう。
でも。
きっとその道には困難が訪れるはず。
だから僕はその手助けをしたい。それが……今の僕の
「やりたいこと」
◆
ユリウス・シュバルツァー
後の世に「戦神」または「独眼竜」と恐れられたアレスティアが誇る常勝の将軍にしてアレスティア初代元帥である。
オッドアイはアルカディアを亡ぼす…その迷信は定かではない。しかしこの十年後、皮肉にも彼は軍を率いてアルカディア帝国と対峙することになる。




