マリアの憂鬱
再開をさせていただきます。
お待ちいただいた皆さん、どうもありがとう。
アラン……いや、アレスが帝都に帰ってきた。
その一報を聞き、マリアは持っていた手桶を思わず落としてしまった。
マリアが住み込みで働いているのは西地区最大の娼館である、『黒薔薇の館』だ。
当初マリアはここに「娼婦見習い」として売られてきた。当時、この館の主は金に煩い、タチの悪い男で有名であった。
人の良い両親は騙され、借金を作ることとなり、そしてそのカタとして私は売られる事となる。
毎日泣いてばかりいたマリアを助けてくれたのは、当時ここの館で手伝いをしていたカーラである。
カーラは以前、西地区にある有名な宿の女主人として働いていた。持ち前の明るさと世話焼き、そして度胸ですでに西地区の有名人であった。そしてその人脈を利用するために当時の館の主が雇ったのであった。
初めはカーラも相当渋ったという。なにせ娼館の仕事だ。普通の仕事ではない。しかし娼婦達の現状を見て、引き受けることを決意する。当時、娼婦達はこの館の主の命令でかなり無理に客を取らされていた。カーラは時に館の主に逆らいながら、娼婦達を守るため努力をしていた。
マリアはとても美しかった。亜麻色の髪、健康的な小麦色の肌。吸い込まれそうな大きな瞳。それゆえ館の主はすぐにでも客を取らせようとしたが、それを妨げていたのがカーラであった。彼女はマリアがまだ幼いという理由から頑なにそれを拒んだ。
そんなある日の事。この『黒薔薇の館』の用心棒として一人の少年が雇われる。自分と同じぐらいの年の少年であったため、マリアは彼に興味をもった。
名を『アラン』と名乗ったその少年は不思議と皆から可愛がられていく。噂では、他の用心棒よりも遥かに強いらしく、強面の人達からも一目置かれていた。娼婦からも可愛がられており、いつのまにか、彼はこの館の中心となっていく。
そして……彼が来てから数ヶ月後。
マリアは館の主の命令で初めての客を取らされる事となる。相手は当時、この西地区を仕切っていた頭目。しかし、その時マリアを助けたのは……カーラとアランであった。
彼は、マリアと床に入る寸前の西地区の頭目を暗殺。その返す刀で館の主も斃れた。
また、外ではバルザックと言う傭兵が西地区においてクーデターを起こし、当時西地区に勢力を持っていた組織を壊滅させる。
こうしてアランとカーラ、さらにバルザックによって西地区は大きな変革期を迎える事となったのだった。
◆
この事件の後、西地区の権力者としてバルザックがその地位に着く。またカーラも『黒薔薇の館』の女主人となった。
バルザックが仕切った事で、少しずつ西地区は発展を遂げていく。
また『黒薔薇の館』もカーラが主人になった事で、以前とは異なる格をもち、帝都でも最も有名な娼館に変わっていった。この娼館では男が金や力で女を強制的に襲ってはいけない。女に気に入られる必要があるのだ。このルールによって女達は守られ、そして黒薔薇の館はさらに価値をあげていった。
マリアは『黒薔薇の館』の娼婦ではなく、手伝いとして残ることとなった。カーラは故郷に帰そうとしたが、彼女は頑なにそれを拒み、この地に残ったのであった。
彼女の中で、二つの思いがこの地に足を止めさせたのだ。
一つはカーラへの恩。もう一つがアレスへの思いである。
アランの正体がシュバルツァー大公の公子『アレス』である事はその時に知った。そしてその事を知っているのは、カーラ、バルザック、バルザックの側近だったハンス、そしてマリアだけであるという。
彼が大公公子であると知った時……マリアのショックは大きかった。
マリアは彼と過ごす内に彼に対し恋心を秘めるようになる。しかし、彼が大公公子と知った時点でその思いが報われない事を知ったからだ。
余りにも身分が違いすぎる……しかし、その後も『黒薔薇の館』にアランとして残るアレスと接していると抑えきれない思いが胸を焦がしていく。
思いを告げる事はない……一緒にいればそれで幸せだ……マリアはそう思っていた。
……アレスが突然いなくなるまでは。
◆
洗濯物が終わり、引き止めるバルバラを振り切って買い物に出た途中……マリアはアレスと出会った。
「やぁ、マリア。久しぶり」
あぁ、いつもの笑顔だ。この顔を見ると胸が温かくなり安心する。
そうは思いつつ、マリアは心とは裏腹な態度をとる。
「あら?誰かと思えば元用心棒さん。なんの御用かしら?」
本当に素直じゃない……マリアは心の中でそう毒づく。
しかしアレスはそんな態度にも意を介さず、笑みを絶やさず近づいてくる。
「なんで怒ってんの??ぼくなんかやったかな…?」
まったく、いつもアレスはこうだ。人の気持ちを散々振り回しておいて、そしてそれに気づかない。
「あのねぇ……突然何も言わずいなくなって、いきなり現れるってどういう事なのよ!」
アレスの事を忘れようと努力していたのに。もう、いないものだと思い込むようにしていたのに。なぜ、また現れるのだろう?
マリアは心底彼を恨みたい気持ちになった。
そんなマリアの気持ちも知らず、アレスはさらなる地雷を踏みに行く。
「え?だってカーラに用事があったから」
ケロっとした顔で言われると、もう怒りを通り越して呆れた気持ちになる。
「で、用事を終えて帰ってきたらバルバラからこっちにマリアがいるって聞いたから来たんだよ」
姐さんの仕業か……マリアは溜息をつき、そして口を開いた。
「まぁもういいわ。で。今日は?」
「ん、泊まっていくつもり」
「お屋敷の方は大丈夫なの?ほら……ユリウス様とかセラ様とか」
「ユリウスはいいとして……母上は……まぁ後でうまく誤魔化すとするよ」
それを聞き、マリアはクスリと笑った。
「果たして誤魔化せるかしら?」
「なんとかなるでしょ。きっと」
「私、セラ様にもたくさんご恩があるから……共犯にはならないわよ」
「えー、ひどい」
不貞腐れるアレスを見てマリアは笑った。そして質問を続けていく。
「なぜ急に帝都に?」
「ん?陛下に呼ばれてね……戦だよ」
「アレスが行くの?」
「そう。僕をご指名さ」
「そう……」
そう呟くとマリアは少し黙り込む。アレスも特に何かを言うわけではなく、静かに次の言葉を待っていた。
「シータ姉さんは一緒じゃないんでしょ?」
「んん?なぜにいきなりそんな質問?」
「だって帝都に到着してすぐ、ここに来るなんて計画性のない事、あの人が許さないでしょ」
そしていたずらっ子のように笑う。
「シータ姉さんがいれば、昔のようにアレスを一緒にいじめたのになー」
「それってどうゆう事!?」
慌てるアレスの顔を見て、マリアは思わず吹き出した。
あの事件の後、マリアはシュバルツァー家の屋敷にも出入りが許されている。そのためアレスの母であるセラやシータとも顔馴染みなのだ。
その後アレスとマリアは黒薔薇の館への帰り道、二人でずっと話し込んでいた。
マリアは思う。何年か離れていたのにこうやって話すと、アレスは何も変わっていないと。
そして改めて思う。自分はやはりこの人の事を……愛していると。
「遅いよ!アラン!!」
「またいなくなっちゃうと思ったじゃない!」
黒薔薇の館に着くとアレスは出迎えていた娼婦達、そして従業員に揉みくちゃにされた。
その様子を眺めていると後ろからそっとバルバラが話しかけて来た。
「少しは話ができたかい?」
「うん……ありがと。姐さん」
「何か吹っ切れた顔だね。まぁ、後悔のないようにしなさいよ」
マリアは思う。確かに自分では分相応な相手だ。でも……側にいる事はできる筈。
ただ、運命に流されるのではなく、自分で考えて切り開いていかないと。例えそれが夢物語みたいなものだとしても。
◆
マリアはその後、黒薔薇の館での仕事を辞め、シュバルツァー家に仕えることとなる。アレスもまた、それについては何も言わなかった。
彼女は主にセラ専属の召使いとなり、彼女の身の回りの世話をすることになる。
また、シータと一緒になってアレスの身の回りの世話をする事もあり……アレスはよく零していたそうだ。
「なんであの二人、抜群のコンビネーションを、見せるのかな?」と。
ちなみに……
彼女の孫に、歴史に名を残すほどの女流作家がいる。そして彼女が書いた最も有名な物語は彼女の祖母をモデルにした話である。
それは身分を越え、とある大貴族と結ばれるために様々な困難を乗り越え、見事側室として迎え入れられるという話。また、その後他にも多数いた妻達と仲良く夫を追い詰めていく話は後の世の女性から絶大な支持を受けたとか……
さて、色々な感想をいただきましたが、やはり多かったのは他のキャラ視線の話が長いとの事でした。
多くの方は、主人公の戦闘シーンなんかを望むんでしょう。まぁ分からなくもないですけどね。
でも、戦闘の前には必ず準備があり、またたくさんの人間ドラマがありますよね。それを細かく細かく書いていきたいんです。
別にどっかの誰かが言ってた時間稼ぎでもなんでもないんですよね(最高に失礼な奴でしたね)
この第1章帝都でも、他のキャラ視点の話が進みます。第2章から本格的な戦が始まります。
そこまで待てないなら、読まないでください。リタイヤだと文句がきましたが、ご勝手にどうぞ。
別にこちらとしては読み手からお金を貰ってる訳ではないし、営利目的でやってる訳ではないので。そして出版を狙ってる訳でもないので。
あくまでも好きで書いているので、その点は自由にやらせていただきます。
今回、色々と思う事はありました。
モブキャラ視点はおかしいと言う方もいれば、この書き方が好きです、新鮮です、と言う人もいる。
そして何より楽しみにしている方が一定数いる。
色々ありましたけど。アクセス数は変わらない……ってか増える事もある。つまりこの話を毎日楽しみにしている方がこれほど多くいると言う事……(私が趣味の内容を書いてるブログの10倍の読者がいる……)なら賛同してくださる方のためにも書いていこう!
そう思うようになりました。
暖かいコメント、本当にありがとうございます。励みになりました。心が折れたのも感想でしたが、励みになったのも感想でした。
暖かいコメントをいただくとこれほどやる気になるものなんだ、と思い知らされました。
そのため恩ある感想欄は残しておきます。誤字に関してのご指摘もありがとうございます。それだけ読み込んでくれてるんだなぁ、とありがたい限りです。ただし、失礼な方に関してはブロックさせていただきますのでよろしくお願いします。
長くなりました。応援してくださった方、本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いします。




