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シュバルツァー家専属料理人ハドラーの話

そう、怯えることもない。確かに私の容姿は恐ろしい、そう言われる。何故だかはわからない。この高い身長のためか、それとも剃り上げたこの頭か、もしくは鍛え上げたこの身体なのか……まぁ、よい。それよりも、私の身の上のことか。


私がシュバルツァー領にやってきたのは、今から何年も前の話だ。


私は以前帝都にいた。大陸最大国家アルカディア帝国、その帝都は最も食文化が進んだ地である。私はその地にて多くの大商人や貴族、時には皇族に召し抱えられながら……そう常に雇い主にを変えながらすごしていた。


なぜ地に足をつけないのか?それは


「私を御しえる者がいない」


からである。



人は私の料理を食べ「美味い」と言う。食通を自称し「これは〜〜の◯◯を使った料理だ」とか「この深みは××を使って出している」とか、一端のことを言う者達が多い。そんな事言う奴は張り倒したくなるものだ。美味いのは当たり前だ。何せ、


『この私が作ったのだから』だ。


ん?何を嫌な顔をしている?あぁ自信がありすぎだと?当然だ。これぐらいの自信を持って食べる方に出さなければ、失礼ではないか。彼らは金を出し美味い物を食べにきているのだから。


しかし、この性格が災いして、私はよく仕事場でトラブルを起こすようになった。

曰く、偉そうだの、ついていけないだの、仕事がきついだの……


当然、雇い主にもストレートに言う。


「貴方は料理というものを分かっていませんね」


と。そして帰ってくるのは、解雇通告である。そんな時、私は清々した顔で屋敷を出るのだ。




雇い主が変わっても、常に私を雇う者がいる。当然であろう。私はその頃『帝都一の料理人」として名を馳せていたのだから。

貴族は美食を愛する。それゆえに……どんなに私が扱いづらい人間であっても、多くの者が私の料理を食べたがるのだ。貴族も、商人も……皇族も。


金が欲しいわけではない。金はもう、ウンザリするぐらいある。では料理は嫌いか?いや、好きだ。好きだどころではない。生き甲斐だ。しかし……何か面白くない。私は、何か仕事への情熱をなくしてしまったようである。


ところが、これが一変する事が起きる。


あれは……よく大切な客人が来た時に、期間限定で雇われるロザンブルグ侯の屋敷にて。私は出会ったのだ。私を満足させ、御しえる方と。




当時私はロザンブルグ侯爵に招かれて、その料理長を勤めていた。


そしてその日、私は直々にロザンブルグ侯爵に呼ばれる事となった。


「最高の料理を作って欲しい……?」


「あぁ、そうだ。君の知る限り最高の料理を作って貰えないだろうか?今回の客人は大公家の御曹司であり、私の娘の命の恩人なのだよ」


そう言うとロザンブルグ侯爵は真剣な顔をして言葉を続けた。


「だからくれぐれも相手を試そうといった失礼な事をしないでもらいたい。良いかな?」


そう、侯爵が心配しているのは、私のちょっとした遊びだ。それは、あえて一種類食材を抜いて提供すること。すなわち『未完』なものを相手に提供し、それに気付くか気付かないか判断すると言うものである。


勿論それがないと料理として出せないか、といったらそうではない。充分すぎるほど料理としては完成してある。現に帝都の食通と名が売れているもの達ですら気がつかない。


だからこそ、言ってやるのだ。


『食通とはいえ、貴方達はこの程度なのですよ』


と。


私は侯爵の言葉に返答せず、曖昧な笑みを浮かべただけであった。



そして当日、その大公家公子がやってきた。侯爵自ら迎えに行くなど大層な歓待振りだ。勿論大公家の後継ぎということもあるだろうが、どうやら彼は令嬢の命の恩人らしい。何があったかは詳しくは知らないが。


彼らが食事の席に着いた際、私は侯爵に呼ばれ、公子に引き合わされた。行けば、侯爵は大公公子に満面の笑みを見せながら会話をしている。あの厳粛なロザンブルグ侯爵が……珍しいものだ。それにしても今回は話が長い。よほど嬉しい事でもあったのだろう。しかし大公公子はそれに対し嫌な顔をせず、一方的にそれを聞いていた。


「失礼。ハドラー参りました」


「おぉ、よくきてくれた!」


見れば、侯爵の向かいにはまだ若い……学生のような黒髪の少年が座っている。彼は私を見て、小さく会釈をした。


「今回お出しする料理は、今帝都で最も有名な料理人、こちらのハドラーの料理になります」


「あぁ、名前はよく聞いています。へぇ、あの有名な方の料理ですか。そのような食べ物を僕みたいな若造が口にしていいものですか?」


「何をおっしゃいますか!むしろ公子のような方こそ、相応しい……」


あのロザンブルグ侯爵が声高々に言葉を続ける。私はその様子を見ながら多少不愉快になった。


「それでは、ハドラー!頼んだぞ!!美味いものをたんと作ってくれ!」


侯爵の言葉に一礼すると、私は調理室に戻る。そして決めた。


いつも通り、『未完の料理』を出そうと。




まずはじめに前菜を出す。そしてその後、スープをはじめ、様々な品を出していった。そして最後にメインをだす。それと同時に私も侯爵達のところに向かう。


「おぉ!ハドラー!!さすがに見事であったぞ!!」


侯爵は満足げだ。しかし、公子の顔を見ると……どことなく首を捻っているように見える。


そして最後のメイン……「子牛とアレリア鳥のソテー」を口にした際……彼は驚くべき事を言った。


「調理をしている人を目の前にしてこんな事を言うのは大変失礼なのは分かっているが……あえて言わせてもらいます。『蜂蜜』を少々、持ってきて貰えませんか?」


私は衝撃を受けた。彼は一口口にして、気付いたのだ。この料理が未完であると。


蜂蜜を数滴垂らし、口にする。そして彼は満足そうな笑みを浮かべた。


「うん、やはりこの方が美味い。侯爵も試してみてください」


訝しげな侯爵もまた数的蜂蜜を垂らして口にする。そして目を丸くした。


「ハドラー!!ま、まさかお前……」


侯爵が叫ぶ。しかし、その言葉の前に公子は話し始めた。


「他に出されたものも、確かに美味しかった。でも……なにかが欠けてるような気がした。その何かはなんだと問われると……分からなかったから言わなかった。でもこの料理は完全に分かったよ。」


そう言うと、私に笑顔を向けた。


「帝都一と評判の料理人ハドラー。さすがに素晴らしい腕だった。今度あなたの『完成された』料理を食べさせてください」


そう言うと、彼は立ち上がる。その様子を見て侯爵も慌てて立ち上がり、何か話をしていた。


まさかあのような若者に全てを見透かされるとは……私はただその場に立ち尽くすしかその時はできなかった。




私はその後、侯爵家を追放されることとなる。当然であろう。大事な客人に未完の料理を出したのだから。侯爵も非常に立腹で、珍しく散々怒鳴り散らされた。しかし……私の心の中はもう決まっていた。侯爵家を出たその足で……すぐに私はシュバルツァー大公家の屋敷を訪れた。


運の良いことにアレス様は丁度シュバルツァー領に帰ろうとしていた所であったよ。私は彼に言った。給金も名誉もいらない、どうか雇って貰いたい、と。


「ん〜〜じゃあ、僕専属の料理人として雇うけどそれでも良いかな?」


願ったりかなったりである。私は『大公家』に雇われたいのではない。『アレス・シュバルツァー』個人に仕えたいのだから。


こうして私は帝都の暮らしを捨てて、シュバルツァー領へ行くこととなる。



シュバルツァー領での暮らしは本当に素晴らしいものであった。様々な食材、新しい調理法も知ることができた。そして何よりアレス様が面白い。彼を満足させるため、私は日々工夫を重ねなければならない。


また、アレス様から面白い仕事を一つ任されている。


「ハドラー。僕は領の皆の食事を豊かにしたいんだ。簡単に誰もが作れる、なおかつとても美味い料理のレシピを提供していきたいと思うんだけど……頼んで良いかな?」


アレス様はよくご存知だ。幸せの一つは食事にあるということを。


それ以来、月に一度私はレシピを作り、領民達に提供している。始めは本当に手軽な料理から……今では少し凝った料理まで、様々だ。


ここ数年で、領民達の食に対する意識は変わった。今まではただ腹が膨れれば良い、その程度だったのが、今ではより美味いものを食べたい、という考えに変わりつつある。


もう一度言おう。食事は人生における幸せの一つである。

アレス様に食事を提供しながら、この領民達の食生活を変えることができる……私は今の仕事に幸せを感じているよ。




『料理王』ハドラー


元々は帝都でも有名な料理人であったが、ちょっとした縁からアレス専属の料理人となる。

彼の功績は新しい料理を様々に生み出した事と、それを多くの人に食べてもらうために公開した事であろう。


飯は食べれればそれで良い、という考えから、食事の大切さを多くの人々に教えたのは彼であったと言われている。


また、アレス専属になってからは多くの弟子をもち、彼の一番弟子レン、二番弟子のテッドは彼の料理を、さらに広めるために後に店を構え、それぞれがアレスティア皇国において最大の規模を誇る料理店になる……



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