使者の憂鬱
私はサムソン。今回、皇帝陛下の勅命を仰せつかった公式の使者である。
陛下から様々な書状を預かり、それを諸侯に伝えるのが仕事である。
確かにプレッシャーはある。間違えるわけにはいかない。しかし、同時に旨みもある。勅使はどこに行っても歓待される。それゆえ、この仕事は非常に美味しい仕事だ。
しかし、今回は非常にプレッシャーのかかる仕事であった。この仕事について、初めて後悔したと言っても良い。
まずは相手のこと。今回は大公領、しかも帝都で面識があまりなく、最も力があると言われている相手。しかも……あまり情報も漏れず、相対するには随分と未知な相手だ。
そして、陛下から賜った直々の命。
それは
「公子、アレス・シュバルツァーを必ず連れてくること」
であった。
私は訝しむ。なぜ公子を連れてくる必要があるのだ?戦なら、やはり「シュバルツァーの双璧」として名高い、ローエン・ベルガー卿など連れてくれば良いではないか。
しかも、公子を連れてこれなければ、命を持って責任を償え、との事。なぜそれほど執着をするのだろう……
どうしても一個人に出てもらいたい時は勅命をもって動かせばよい。しかし、今回は領にいる将軍を動かすわけではなく、ただの公子を呼ぶとの事、建前もあるのだろう。それゆえ内密に進めよ、との事だった。
しかし私は当初、この命令に対し軽い気持ちしか持ち合わせてなかった。しかしシュバルツァー領に到着してその考えを改める。
このシュバルツァー領はおそらくアレス公子の影響が大きい。民も兵も皆彼を讃える話を多くする。どうやらこれほどシュバルツァー領内が栄えているのは大公の善政もさる事ながら、多くは彼の影響らしい。
そして領都ロマリアに到着し、その街の大きさ、文化の洗練さに驚く。
(道路は全ての街を繋いでおり、治安も良い。しかもこの領都の洗練さは……!帝都にひけを取らぬ!!)
公共物にさりげなく彫られている彫刻、活気のある店々や青空市場、整えられた路や区画。規模は小さいなれど、それは帝都の北地区や東地区といった非常に栄えている地と比べても遜色はない。
そしてこの街で……さらに彼の名前を聞く事となる。
街のあらゆるもの達から……神殿の大司祭から、下々の者まで……全て彼を讃える声だ。
私は感じる。この地は大公以上に公子アレス殿の影響が大きい、と。
それゆえ、宴の席で大公にお伺いをたてたとき……私は心臓が張り裂けそうだった。
考えても見て欲しい。それだけ影響がある人物を勅命もなしに大公が手放すだろうか?また家臣や民から不満も出てくるのではないだろうか?
相手は大公家。彼が断れば否とは言えず、私の首は胴と離れる事となるだろう。ここにきて、いかに難しい命令を受けたのか改めて感じる事となった。
しかし、私の心配を他所に大公閣下は公子を送り出す事に快諾した。私は大いに安堵しものだ。
心配しなくても大丈夫だと分かった時……私は安堵とともに興味が湧いてきた。
なぜ、陛下はこれほど彼に執着したのか。
もちろん、それは彼の実力に他ならないだろう。街をこれだけ発展させた手腕をもっている。また、軍勢の統一され、一糸乱れない行動を見ていれば、そちらにも才がある事が分かる。
しかし果たしてそれだけだろうか?
陛下は才あるものを愛でるご気性である。恐らく面識もあるだろう……では彼を使ってきっと何かを考えているに違いない……
彼が帝都に行った後、どの様な事が起こるのか……それは非常に楽しみである。
そう……注目していても損はない。帝都はまだまだ荒れそうだ。現状、ローデハット大公やザクセン大公、そして第一皇子カルロス殿下の派閥が力を持っているが……シュバルツァー大公にも着目しても良いかもしれぬ……
そう、これから私がこの帝国で上手く生き抜くために……




