帝都からの使者
「アルカディア大陸の盟主にて偉大なる神聖アルカディア帝国皇帝、セフィロス・フォン・アルカディア陛下の御言葉である!!」
勅使はエドガー、アレスが片膝をついている前で堂々と声をあげた。
「……これよりおよそ一月ほど後、グランツ公国討伐の為、余自ら親征す。よってシュバルツァー領より兵を送られたし!!」
その後も、勅使は形式にそって勅諚を読み上げ、エドガーはそれに対する返答を行う。
「臣、エドガー・シュバルツァーは謹んで陛下の命を拝命いたします」
こうして勅諚の拝命という一つの儀式が終了するのであった。
◆
勅諚を読み上げた後、勅使に対する簡単な宴が催された際、
「これは陛下から直接伝えるよう頼まれたのですが…」
と少し言いにくそうに話し始めた。
「今回の親征ではグランツ公国をはじめとして、東部地域をある程度押さえておきたい考えのご様子でして。元々陛下の悲願は大陸の統一にあります。そのため若い諸侯たちに経験を積ませておきたいお考えです。ひいては公子のアレス殿を大公領の将として帝都に送って頂きたく」
そう言うと、勅使はワインをぐっと飲み干した。
「ここに来る際にアレス殿のことを多くの領民から伺いました。いかにアレス殿がこの領内で必要とされているかも分かりました。そのためあまり言いにくいことですが…」
「勅使殿、ご安心なされよ」
エドガーは低い声でその声に答えた。
「アルカディア帝国に四家ある、大公家は皇帝陛下の直臣としての誇りを持っている。陛下の言葉に従うのが我らの務め。アレスも大いに働くことでしょう」
その返答を聞いて勅使はホッとした表情を見せた。
「いやぁ……安心しました。どういうわけか陛下が特にご執心だったのがアレス殿でして。どうやら以前にも陛下と面識がおありとか?今回、つれてくることがかなわなかったなら私の首は胴からはなれておりましたぞ。」
そう言って、晴れやかな笑顔を見せる。彼からすれば、皇帝もそうだが、大公も当然雲の上の存在である。生きた心地はしなかったであろう。
◆
宴が終わり、勅使が部屋に戻った後、エドガーとアレスは向かいあって静かにグラスを傾けた。
「今回の親征、そなたはどの様に考える?」
アレスはエドガーの問いに対して淀みなく答えた。
「人の寿命は限りがあります。いかに皇帝陛下と言えども逆らえません。きっと残りの寿命を考えたのでしょう。」
そう言ってアレスは溜息をついた。
「おそらく、東方に足がかりを作ったのち、大陸統一に向けて動き出すつもりかもしれません。我らも準備をせねばなりますまい」
「では、今後戦乱の世になると?」
「いえ、そう急な展開にはならないと思います。おそらく東を攻めた後、西のトルキア、南のシンドラあたりが黙ってるとは思いません。グランツを落としたら、また数年は膠着状態になるでしょう」
エドガーは問いを重ねる。
「シュバルツァー領は今後どのようにするべきか?」
「下手に動かないことです。」
アレスは真剣な面持ちで言った。
「我らシュバルツァー大公家は各諸侯の中でも力があります。帝都では相も変わらず他の3つの大公家と、6つの公爵家を筆頭に4つの派閥で争っています。まずはそれらをしっかりと見極め、我らはいずれの勢力にも属さず、これまで通り、内に篭り力を蓄えているのがよろしいかと」
そしてエドガーをしっかり見据えて、付け加えた。
「セフィロス陛下はここ最近、家臣に対して非常に疑い深くなっています。また部下の派閥闘争をあまり面白く思ってない節もあります。うかつに派閥闘争などすれば、権力を欲しがっているように見え、いらぬ疑いを掛けられることでしょう。我らはただ、権力を欲しがることなく陛下に忠誠を誓い、働く姿を見せましょう」
「ふむ。それでシュバルツァー家は生き残れるか?」
「今後必ず粛清の嵐が吹きます。その際に生き残れるよう手を打たなければなりますまい。そして…」
「そして?」
「先程も申しあげましたが、人の寿命は限られています。陛下とてそれは同じ。今回のように急に動き始めたのには何か理由があるのかもしれません。最悪の場合も考慮せねばなりますまい。陛下には3男5女の8名の御子がおります。今後の為にも誰につくかをしっかり見極める必要もありましょう。それを見極めるためにも、私も帝都に向かう必要があります」
そういうとアレスはグラスを置き、立ち上がった。
「今回は領軍ではなく、私の私軍である『破軍』……その中でも『黒軍』を出します。陛下は3000を率いることを命じていましたが、5000の兵を出しましょう。」
そして最後にこう付け足した。
「帝都は権謀術数が飛び交う伏魔殿です。でも一番気にしなければいけないのは、やはり陛下でしょう。時折、何を考えているのか私も読めない時があります。今回も少しでも心証を良くしなければいけません。私が帝都にいる間、父上はシュバルツァー領内をさらに発展できるよう尽力ください」
こう説明する息子をエドガーは眩しそうにに眺めていた。
これ程、頼もしい息子があるだろうか。帝都がどんな伏魔殿であろうとも、この息子にかなうものはいないであろう。
他の大公家は皆、帝都にて権力闘争に明け暮れている。他の公爵家もそうだ。それに対しアレスは帝都よりも領民を大事にすることを私に訴え、我々は領地に戻りその発展に尽力した。今ではこの地はこの国のどこよりも発展し、帝都に迫る勢いになってきている。
逆に権力闘争に明け暮れる他の家は領地経営もうまくいかず、取り潰しになったところも多い。
我が家はアレスの機転でこれほどまでに発展したと言っても過言ではない。
この息子ならアルカディア帝国…ひいてはこの大陸全土すらも飲み込むことができるのではなかろうか。
最近はその考えが確信に変わってきている。
シグルド、シオン、ジョルジュ……他にも多くの者たちが彼を慕っている。彼らもまた英雄と言っても過言でない者たちだ。
ローウェン等もそうだ。傅役を任せた譜代の家臣もアレスに魅了されている。
これからもきっとそのような者たちが彼に剣をささげるのであろう。
それだけの魅力が彼にはあるのだと思う。
そして雷帝セフィロス陛下。英雄は英雄を知ると言う。おそらく陛下もまた息子になにか惹かれるものを感じているのかもしれない。
大陸統一までは必ずアレスの力を必要とするだろう。おそらく陛下が息子を害することはあるまい…
おそらく今回の東征を機に歴史は変わるのかもしれない。息子が世に出るためにも…この領地をさらに発展させ、彼の土台を盤石なものにさせる必要がある。
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神聖アルカディア歴348年
『雷帝』セフィロス・フォン・アルカディアは大陸東方の小国家群の平定を決意し、各諸侯を帝都に参集させた。
そしてこの年、とうとう歴史の表舞台にアレス・シュバルツァーが登場する。
この年より歴史は英雄皇アレスを中心に回り始めるのである。




