龍の目
アレスとシグルドがエランの店じまいを手伝っている最中のこと。
「アレス様、お話があります」
いつの間にか黒服の男が気配もなくアレスのもとに跪いていた。
「なにかあったのかな?」
アレスは特に視線を向けることもなく、手を動かしながら黒服の男に話しかける。
「東方にあるグランツ公国が兵を起こした模様です。それに対して、『雷帝』自ら戦に向かうとのこと」
その言葉を聞き、アレスは笑いながら手を止めた。
「ゼッカ…雷帝はまずいよ。ちゃんとセフィロス陛下と呼ばないと」
その言葉にゼッカと呼ばれた男は特に悪びれた様子もなく、言い放つ。
「私ども『龍の目』が従うのはアレス様のみです。それ以外の者に何も価値はありません。それが例え、大陸最大の国の皇帝だとしてもです。」
そしてゼッカは一呼吸おいてまた話し始めた。
「おそらく雷帝は此度の親征で大陸東方に足がかりを作りたいつもりでしょう。各諸侯に帝都へ参集するよう急使が送られた模様です。」
そういうとゼッカは最後にこう言い足した。
「おそらくシュバルツァー領にも急使が今晩には到着すると思われます。いかがなさいますか?」
「……今すぐ戻らないといけないだろうね。それにしてもまた戦か……あの人はやはり大陸統一を目指すつもりなんだろうなぁ……」
そういって一つため息をつく。
「やっぱりやってはいけない事だったのかな……」
そう呟くとアレスは屋敷の方角を眺めるのだった。
◆
……シグルドは二人のやり取りを近くで聞いていた。
正直、ゼッカをはじめとする『龍の目』に対し、彼はあまりいい思いを抱いていない。
彼らはシグルドがアレスに仕える前から仕えていた。その経緯をシグルドは知らない。ただ彼らがアレスのことをまるで神を見るように慕い、敬い、忠誠を誓っているのは知っている。
……いや、これは忠誠ではない。信奉だ……
君臣ではなく宗教に近いのではないか?そう考えている。
彼らは凄腕の密偵であり、情報屋であり。そしてどんな汚いことも平然と行う集団である。
アレスの為ならどんな事でも……例え命をかけるような指示でも平気で行うであろう。
戦乱の世ではは綺麗ごとだけでは生き抜くことはできない。だからこそ、彼らはアレスにとってなくてはならない存在になっている……複雑ではあるが、そうシグルドは考えている。
◆
英雄皇アレスには名も知られていない大陸最強の隠密集団がいたと言われる。彼らが正確な情報をアレスに伝えることで、つねに常勝を誇ることができたといっても過言ではないであろう。
アレスは言う
「戦での正確な判断は、正確な情報と正確な分析の上に成り立つ」 と。
彼らのことを見たものは少なく、また書類も残ってはいないが…かれらは常に首に黒い布を巻いており、また右腕には目玉のような刻印がされてある腕章をつけていた…
彼らの正式な名称は分からない。ただ、その姿が大アルカディア帝国皇帝レオン・アルカディアの密偵であり、家臣だったと言われる暗殺集団
『龍の目』
と同じ姿をしていたことから、彼らのこともまた『龍の目』と歴史家の間では、呼ばれるようになったのであった。




