領地開発と養蜂と政務官
シグルドとの稽古帰り。
アレスはシュバルツァー領が見渡せる丘の上にいた。
「アレス様はこの場所がお好きですね。必ず帰りはここに寄られる」
「この場所はロマリアの街もその周りの村々も一望できるからね。それを見ると嬉しくなるんだ。」
そう言ってアレスは目を細める。
「街の灯が灯り、村の家々から暖炉の煙が上がると…あぁ、あの灯り、あの煙一つ一つに人々の幸せがつまっているんだ、って思うんだよね。」
見れば、各々の家から暖かい灯りが灯り始め、また煙突からは煙が上り始めていた。
その様子を眺めた後、シグルドはふと村を見て思った感想を述べた。
「畑が広がっていますね。以前は荒地だったところも随分と整備されました。」
「ジョルジュとルドマンがだいぶ頑張ってくれたみたいだから。彼らが内政を見てくれるお陰で、領内もかなり栄えるようになったよね。」
「ルドマンはともかく……ジョルジュは普段は渋い顔をして、誰とも打ち解ける様子はありませんが。仕事の速さは確かに一番でしょうね」
シグルドは少し渋い顔をした後、そう言った。どうもジョルジュという人物が苦手らしい。
「ジョルジュも付き合えば面白いよ。なんたってあのシオンの親友だしね。彼の意外な一面を見れば……きっとシグルドも印象が変わると思うけどな…」
そう言うと、シグルドに向かってアレスは言った。
「今から一緒にジョルジュの所にいこうか。この時間は面白いものが見られるよ」
そう言って、アレスは半信半疑のシグルドを連れて歩き出すのだった。
◆
開墾された畑や整備された道を通りながら、改めてジョルジュの凄さを感じることができる。
ジョルジュがシュバルツァー領に登用されたのは3年前。
身長は高く、やや痩せ型。美しい金髪を後ろに流し、常に眉間に皺を寄せている。切れ長の目からはとても強い意志と知性を感じさせ、とても印象的だ。
帝都で燻っていた彼を呼び寄せたのはシオンだった。
そして領内到着後、すぐに政務官として全権を任される事になる。
彼がまず着手したのは戸籍と農業改革だった。農業改革、その第一歩として、荒地の開墾を進めたのだ。
シュバルツァー領は荒地が多かった。その理由として大河がないことがあげられる。そのため、各農村に水道を通し、荒地を耕地に変えていくことに力を注いだ。
また、農業の専門家として野に燻っていたルドマンという人物を登用する。
彼は豪農出身の農業のエキスパートである。学院卒業と同時に農学博士として学院にそのまま残らないか?と誘いがあったほどの賢才だ。またシオンやジョルジュの学院での同級生であった。自分の知識を活かし、故郷では役人として勤めていたが、仕えていた貴族から疎まれ、野に下っていた。そこをジョルジュはほぼ強引とも言える手法で説得し、シュバルツァー領内に連れてきたのだった。
ジョルジュは餅は餅屋に任せるべき、と彼を農業の中心として全権を与え農業再生に力を注いだ。
その結果がこの状況である。そして、今年から場所によって二期作、二毛作を行うよう計画し、さらに食料自給率を上げている。
ジョルジュの考えでは食料が安定してきているので、現在は第2段階として商業に力を入れている。
「貨幣の力は剣を上回ります。地盤が安定してきたからこそ、本格的に街づくりをしていきましょう」
とはジョルジュの言。
まずは店を出すための税を撤廃し、誰もが商いをできるように法設備を整えた。
また、青空市場を発展させ、金を通した売買を積極的に推し進めていった。
元々農村部では物々交換の文化が根強く残っている。しかし、それだと価値を知らない農民たちが悪徳商人に騙される場合も多い。
彼らにも『金』を触れさせる事で金銭感覚を身につけさせ、それと同時に市場を活発化させ、さらに暮らしのレベルをあげる……まさに二兎も三兎も手に入れるような政策を打ち出した。
また、余った農作物は領内で買い取ることにしており、それもまた無駄がなくなったと、喜ばれている。
ちなみに、それらの作物などは、他の領地や帝都に売り、儲けを出すようにしているのも驚きだ。
また領内の街を整えるのも彼の政策の重要課題の一つであった。
「現在帝都には貴族達から睨まれて職に就けない職人達が多々おります。彼らを雇うのが良策です」
「彼らは優秀な技術を持っております。建築、彫刻…帝都の進んだ技術を取り入れ、領内でさらに発展させましょう」
「特にインフラ……道路の整備を最優先に進めましょう。道路が整えば物資はより早く正確に届きます」
そう言って多くの技術者……腕は一流なれど、様々な事情から腕を振るうことができないもの達を雇い、思う存分仕事をしてもらっている。また彼らにたくさんの弟子を指導してもらい、人材育成にも力を入れていた。
その成果はあっという間に現れ始めた。今ロマリアを始め、シュバルツァー領内のインフラは進み、多くが石畳の整えられた道路で結ばれることとなった。
また現在ロマリアには多くの建物に彫刻が彫られているが、それはいずれも彼らの弟子が練習として彫ったものだ。
親方から腕を認められたものは自由に公共物に作品を作っても良い、という事にしたため、現在ロマリア多くのには彫刻物が並ぶ、洒落た街並みに変わったのであった。
開墾に商業発展、果ては建築、芸術と、まったく、いつ休みを取るのか恐れ入る。
「そんなジョルジュにも、人に知られてない秘密があるんだよ。」
そう言って、アレスが来たのは養蜂園だった。
◆
「ここは蜜を採る蜂を飼育して安定して蜂蜜を採れるようにした場所なんだ。」
「蜂蜜畑、と言うことですか?」
「うん、そんなところ。シュバルツァー領の特産になれば、と思ってね」
そう言って、アレスは養蜂園の奥へと歩いていく。
「でも、この養蜂園の蜂蜜に一番ご執心なのは…」
「園長。ここの蜂蜜を一樽貰おう」
そういって、アレスが見ていた先には、巷では「カミソリ」とのあだ名がついている、政務官ジョルジュの姿があった。
「おや?このようなところにアレス様とシグルド殿がいるとは。驚きましたな」
「驚いた顔はしていないけどね…」
そう、笑うとアレスはジョルジュに話しかける。
「どうだい?今年の蜂蜜の出来は。帝都に売りに行けそうかな?」
「安定供給が出来る様になった模様です。これなら帝都に売りに出て、大量に注文を貰ってもなんとかなるでしょう。ここの蜂蜜は魔の森が近くにあるので蜜が非常に良質です。きっと、アルカディア大陸一の蜂蜜の産地になることでしょう」
そう言ってジョルジュは愛おしそうに大きな樽を撫でる。
「あの、ジョルジュ殿。その樽は…」
恐る恐る聞くシグルドにジョルジュは言った。
「蜂蜜ですな」
「このような大量の蜂蜜、何に使うつもりで…」
「私が食べます」
「は?」
「このくらいだと一月でなくなりますな」
唖然とするシグルドを見てアレスは笑いながら言った。
「ジョルジュはこう見えてもとっても甘党なんだよ。意外でしょ?」
(いや、甘党ですませて良いのだろうか?)
そう思っているシグルドを尻目に、アレスに挨拶を済ませたジョルジュは蜂蜜樽を転がしながら帰途につくのだった。
……全く表情を変えずに。




