シオン・トリスタン 昔語り その4 出会い
さて、その後の顛末を話そう。
今回の北西部での大規模な反乱は当然帝都にも伝わり、正規軍による討伐も検討されていたそうだ。
しかし、それより事態が収まった事により見送られる事となった。
モルオルト侯爵家は取り潰し、領地は没取となり、代わりに第ニ皇女の領地となるそうだ。
反乱軍側は……代表者が責任を取ることとなった。そう、すなわちデザルド子爵である。
モルオルト侯爵を討った後、責任を取る事になるだろうというのは予想ができた。では、どのようにしたらパロム男爵に責任が及ばないか。そこで現れたのがデザルド子爵だ。彼は非常に野心を持っていた。これを使わない手はない。そのため、彼の前に「餌」を撒いておいたのだ。そして、彼は……見事にそれにかかった。
デザルド子爵は反乱の首謀者として罪に問われることとなった。しかし自分の領地を捧げる事で処刑は免れたようだ。また、彼の勇猛さも気に入られたのかもしれない。どうやら自分の兵ごと、第一皇子の配下となる事で決着がついたようだ。
反乱に組した奴隷達には……厳しい裁定が下されようとしていた。それゆえ私はその前に彼らに逃亡を進め、その計画を立てた。
ここより東の地、シュバルツァー領は亜人に寛容と聞く。モルオルト侯爵家から多少くすねた財をばら撒き、彼らの路銀として脱出させたのだった。
こうして大陸北西部には平穏が戻ろうとしていた。
◆
私はその後、再び帝都に戻りカシム師の元へ向かった。しかしカシム師はそこにはおらず、一通の手紙が置かれていた。
その内容は、自身の隠遁と私のこれから先の未来について書かれていた。
一つ、自分はこれからとある地にて隠居生活を行おうと思う、探すべからず。
一つ、汝は我の十倍の才をもつ。これから先、大陸は大きく荒れる事だろう。数多の英雄が現れる中、必ずお前を導く者が現れるはず。そのものについて、自分の才覚を思う様に使うべし。
私はその後、荷物を持って、再び大陸北西部、トリスタン領に戻ろうと決意する。
そこで私塾でも開きながら、時代の趨勢を見守ろうと思ったのだ。
ルークに頼み、領内に一つ小さな家を貰い、そこで私は私塾を開いた。
途中リナ・パロム殿が弟子にしてほしい、と押しかけてきた。何度も断りを入れたがパロム男爵からのたっての希望と、何度断っても帰らないリナ殿に押し切られ……私と供に行く事となった。
そして……その日より数年、子供達に読み書きを教えながら……多くの仕官の誘いを断る日々を続ける事となる。
前の戦争により、私の名は有名になったそうだ。それ以上にカシム師が多くの王侯貴族達に随分過大な事を吹き込んでいることが原因のようである。
曰く、「我の十倍の才覚」
全く、余計な事を仰る師である。
そしてこの日もいつもと変わらず仕官の誘いがあり、いつもと変わらず断るつもりだった。そう、「断るつもり」だったのだ……
◆
私が彼に出会ったのは、庭の木の下で寝転がりながら本を読んでいる時のことだった。不意の足音に私は本を読む手を止める。
「さて、何かご用ですかな?」
「あぁ、ごめん。邪魔をしちゃったね」
そう言うと彼は笑って話しかけてきた。
「はじめまして。僕はアレス・シュバルツァー。シュバルツァー家の公子だ。」
「ほう、大公家の公子殿がなぜこんな所へ?」
私はそう言うとゆっくりと起き上がった。
「貴方に会ってほしい、と頼まれたからかな?」
「どなたですか?こんな田舎の私塾の教師に会うように大公公子に薦めた愚か者は」
そう笑うと、彼は驚くべき名前を出してきた。
「カシム・ザイード。彼から君の事を聞いた。『我に一人、大馬鹿者の弟子がいるから会ってほしい』って」
そう言うと彼は静かに私の横に腰を下ろす。
「仕官の薦め……ですか?」
「いや?そのつもりはないよ?会ってくれって言われたから会ってみたんだけどさ……僕も正直困ってる……」
私は絶句した。この大公公子は心底困ったような表情をしている。
「とりあえず、カシムが言ったので経歴は調べさせてもらった。それから、アルトリウス先生からも話は聞かせてもらったよ。ただ……人の推薦や話を聞いただけで、仕官を頼みたいとは思わない。貴方もそうだろう?僕の事を分かってないのに仕えたいとは思わないはずだ」
「まぁ……そうでしょうねぇ」
不思議な方だった。私は少しずつ彼のペースに巻き込まれていく。しかしそれが……不快ではない。
彼との会話はそのまま日が暮れるまで続いた。時勢の話、歴史の話、人物の話……どうやら彼もまた皇立学院の出身らしい。現在の学院の様子やアルトリウス先生の近況などを聞き、声をあげて笑ったものだ。
そして話し込んだ後、唐突に黙り込み……そして言葉を続けた。
「さて、君と話をして改めて思ったよ。カシムやアルトリウス先生の言葉は嘘ではなかったと……改めて仕官を申し込もうと思う。もちろんちゃんと君に相応しい役職は用意するよ」
私は落胆した。久々の楽しい時間を過ごせたのだが……所詮は仕官の勧誘か。
「はっ。今さら役人などは受けるつもりはありませんよ?」
「え?いや……まぁ、確かに貴方の頭脳は素晴らしいけど、いきなりそんな事やれ、なんて言わないよ。父上にも相談しなければならないしね」
そう言うとアレスは笑った。
「だから、うちの家の書庫担当官なんかどうだろう?結構本があるから誰か雇いたいとは思っていたんだよね……いや、話を聞いていると随分本が好きそうだなーとも思ったし。あ、勿論嫌なら嫌と言ってくれて構わないよ……って聞いてる?」
いったい私は彼と話をしていて何回驚かされただろう?この場を覗いていたリナ殿に聞くと、あれほどあんぐりと口を開け、呆然としている私は初めて見たとのことだ。
「くっくっく、素晴らしい。どこまでも貴方は私の上をゆく……実に愉快だ……」
「えっと……あれ?僕、変な事言った?」
そう言うと私はアレス様に向き直り、そして跪き、言った。
「このシオン・トリスタン、今から国家や家ではなく『貴方に』忠誠を誓います」
◆
六天将の一人、「天智将」シオン・トリスタン。
また、彼は「アレスティア七賢臣」の筆頭としてもあげられる。
この後、シュバルツァー領、及び「アレスティア皇国」は国内発展、及び軍備の改変を行なっていくが、その中心となったのは彼であった。また、その後の戦略的な活動は彼の頭脳から生まれたと言っても良いだろう。
「戦略的に優位に立ち、戦術的に勝利を収める」とは彼の言葉であるが、それを実現させる采配を振るうこととなる。
シオン・トリスタンはその後、アレス・シュバルツァーの軍師からアレスティア初代宰相を務めることになるが、その地位にはあまり興味がなく、早々と引退したといわれている。
そんな彼が最も大切にし、そして最後まで務めた役職……それは『シュバルツァー家、書庫担当官』だったそうだ。




