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英雄の中の英雄の物語 〜アレスティア建国記〜  作者: 勘八
序章 〜アレス・シュバルツァーという男〜
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シオン・トリスタン 昔語り3 奴隷戦争

私はモルオルト侯爵領がある帝国北西部へ向かう事となった。


カシム師に私の策を紹介した際、初めはカシム師は目を丸くして驚いていた。その後、カラカラと笑い


「見事。なら汝の好きなようにせよ」


とだけ、仰ってくれた。


私は船の中で……数年ぶりの故郷の事を思いながら過ごす事になる。




私が向かったのは……反乱軍の拠点となっているパロム男爵領であった。そこで必然的に弟と出会う事となった。


「兄上……お久しぶりです……」


数年ぶりのルークは……憔悴しきった顔をしていた。長男の責務を捨て、剣をサボり本ばかり読んで暮らし……帝都へ遊学していた自分の事を思うと、多少の罪悪感をもったことは否めない。


「ルーク……苦労をしたな」


「いや、民衆の苦労に比べればなんてことありません」


ルークはいい為政者になるだろう。私は思わず微笑んだ。兄弟同士旧交を温めたいがそんな暇はない。彼は依頼者、そして私はこの苦境を救うべく依頼された者だ。

ルークに連れられて、男爵及び準男爵達、指導者がいる部屋に向かう。


今回反乱を起こした家は5つ。その中で唯一の男爵家、パロム男爵がこの反乱の首謀者だった。


パロム男爵とは私も面識がある。

準男爵家を継げない私にわざわざ慰めの言葉をかけてくれた……小心だが、穏やかな性格の御仁だ。


そんな彼が反乱の首謀者とは……よほど追い込まれたに違いないことは想像できる。


「おぉ……カシム様の名代として来られる御仁が、まさか貴殿とは……運命も皮肉なものだ……」


そう言うとパロム男爵は小さく笑った。しかしその目はオドオドとしており、卑屈に見える。今回の反乱の首謀者とはまるで見る事ができなかった。過去の姿の比べ……今は別人のような表情に変わっていた。


「一体何故にこの様な事を起こしたのか……教えていただけませんか?」


私の質問にパロム男爵は眉を顰めながら……説明を始めるのだった。




事の発端はやはりモルオルト侯爵だった様である。


今年のアルカディア北西部は天候不順が続き、近年稀に見るほどの凶作となろうとしていた。そんな中、侯爵が年貢の引き上げ、及び自らの屋敷を新築するための資材調達をしようとしたらしい。そしてそれを帝国北西部の自らの寄子の貴族達にも強いたのだった。


「領民達は皆飢え始めていた。亜人の奴隷達からはすでに餓死も出始めていると聞く……まさに地獄であったよ」


パロム男爵はこの窮状を訴えるべくモルオルト侯爵の住む領都に向かった。そしてそこで見たものは……やはり飢えに苦しむ人たちと多くの奴隷達の死体。そして肥え太った特権階級の者達であった。


「儂は窮状を訴えた。そしてその返答は……予想もしなかったものだった……」


モルオルト侯爵が出した要求はパロム男爵の一人娘を始め、領内にいる若い女を奴隷として寄越すと言うものだった。


「家族は売れぬ……」


そう言うとパロム男爵の目から涙がつたう。


「近隣でも、同じ様に苦しんでいることが分かっていた。やはりモルオルト侯爵に無理難題を言われたそうだ。帝都へ訴えても権力で揉み潰されるのは必定。ならば……一族郎等を率いて玉砕するのも手かと思ったのだ」


「兄上……」


パロム男爵が嗚咽を堪えきれず崩れ落ちるのと同時に今度はルークが声をかける。


「パロム男爵領だけではありません。もはや、トリスタン領も地獄の様な有様です……どうかお手を貸してもらえませんでしょうか……?」


私は暫くの間、ルークを見る。以前にはなかった眉間の皺……恐らくたくさんの苦労をしたのだろう。その様子を見た後、瞠目するとゆっくりと目を開き言葉を発した。


「条件は私の指示に確実に従うこと。それだけして頂けるなら、私が必ず勝利に導きます。よろしいでしょうか?」


当然私の言葉に反対するものは……皆無だった。





今回の私の狙いは単純である。モルオルト侯爵の領都を孤立させることと、彼の首を討ち取ること。


「まずは兵力を増やしましょう」


「いや、これ以上増やすことは難しいのですが……」


「亜人たち奴隷を解放しましょう。それで問題は片付きます」


獣人や耳長族といった亜人達は多くは奴隷となっているが、いずれも高い能力な持ち主である。彼らを味方につける事で強力な兵力が手に入るのである。


しかし、その言葉を聞いてパロム男爵は明らかに動揺した。


「……しかし教会がその事をどう思うか……」


「教会が何かしてくれましたか?」


「………」


現在、亜人達が差別されるのは偏に教会の教義のためである。教会勢力はアルカディア帝国内でも大きな力をもっているため、多くの者達が手を出さないという現実がある。


確かに迂闊に行えば教会との軋轢を生むだろう。しかし今を生き延びる事の方が先決である。


「今はまず、目の前の問題を片付けましょう。亜人の問題はその後考えればよろしい」


そして言葉を続ける。


「また、亜人を解放する事で状況は一変します。それも狙いです」


こうして私はまず5つの領内の奴隷を解放し、それを兵力として組み込む事にした。さらにはそれを他の街にも宣伝する。

それだけではない。同時にモルオルト侯爵への流言も付け足していく。


曰く、今後も税が上がるだろう。


曰く、従わなければ、一族皆殺し。


曰く、奴隷が反乱した際も同様の刑罰を。


曰く、今立たねば、奴隷に明日を生きる希望はない……


数日後、私の元に近隣の多くの街で亜人達が反乱した連絡が入る。と、同時にその勢いに乗ってこちらの陣営に入りたいと言う街の連絡も続々と。



それを聞いて、パロム男爵とルークは驚いた表情でこちらを見る。


「まさか……わずか一月もかからず、これほど大規模なものになろうとは……」


「それだけモルオルト侯爵が色々とやってくれたお陰でしょう。想像以上でしたね」


そう言うと私は笑う。

そう、想像以上だった。モルオルト侯爵の寄子の貴族達、および侯爵領の街の多くが反旗を翻し、こちらにつく事になった。こうして私が付けた火はどんどん燃えうつり、今やこの帝国北西部全体に拡がろうとしていた。





「モルオルト領南西部、この沼地にて決戦を挑もうと思います」


そう言って、地図上の地点を扇で指し示しながら、今回の策を説明する。

私の言葉を聞き、軍議に参加していた貴族達が息を飲むのが分かった。


「すまぬが聞かせてもらえぬだろうか?」


一人の貴族が質問を投げかける。


「確かに貴殿の策は素晴らしい。しかし今、この北西部においてモルオルト侯爵の領地は領都のみとなっておる。寄子の貴族も、他の街も皆こちらの味方……じっくりと攻めた方が良いのではないか?」


口調は穏やかだが、こちらへの非難がそこに含まれているのが分かる。


「じっくりと攻める……確かにそれは理想です。上手くいけば誰も傷つかず、落とせるかもしれません」


「なら……」


「しかし、時間が足りません。このまま、まごまごしてると帝国の正規兵が襲ってきます。『狂皇子』や『ザクセンの虎』が率いてくれば、この北西部全体が焼け野原となるでしょう」


私の言葉を聞き、青くなる貴族一同。


「それゆえ、急ぎ決戦を挑み、早々と北西の地の安定を図らなければなりません。今ならまだなんとかなります」


それを聞き、再び先ほどの貴族が声を上げる。


「なら先鋒は私にお願いしたい。これでも騎兵には自信がある」


「デザルド子爵なら文句なし!」


「我も後に続くのみ!」


盛り上がる若い貴族達。おそらく若い貴族達はデザルド子爵の腰巾着であろう。しかし。その声を遮ったのはパロム男爵であった。


「デザルド卿。確かに貴殿は勇猛であり期待しています……しかし今回はどうかトリスタン殿の指示に従うというお約束でしたが……」


水をさされ明らかに嫌な顔をするデザルド子爵一同。

そして彼らは声高に叫ぶ。


「やれやれ、さすが総大将殿ですな!!我々の意見も聞かず、話を纏めようとしてくださる」


言葉の端々に侮蔑の色が見える。


「まぁ、良いでしょう。しかしかトリスタン殿、大切なところは某達にお任せ願えるか?後、あの約束は守っていただけますかな?」


「ええ、もちろんです。デザルド子爵の勇猛さ、期待しています」


私の返事に子爵は満足して頷くと、ゆっくりと軍議の場から出て行くのであった。




軍議が終わり。貴族達が出ていった後、私とルーク、そしてパロム男爵だけが残された。


「多くの貴族の方が来られましたが、あの様な方々を纏めるのがこれほど大変だとは……」


パロム男爵は泣きそうな顔をする。


「しかし兄上……斯様な約束をしてもよろしいのですか?まさか、モルオルト侯爵の首を取ったものに、『この地の代表権』を渡すなどと……」


ルークもまた憮然としていた。


私が以前、軍議にて貴族達に示したのは、モルオルト侯爵を討ち取った後のことである。そこで、モルオルト侯爵を討ち取った最大の功績のある人物に、我らの代表を務めてもらおう、というものを提示したのだった。


「本来ならこの反乱はパロム男爵が発端だったんだ。なのにあの男は自分が子爵だからといい気になって……」


デザルド子爵は多くの寄子の貴族が集まった際に遅くに来てくれた貴族だ。それにもかかわらず、自分の爵位が高い事をいい事に、パロム男爵を蔑ろにして行動する動きを見せている。

また、彼は解放した亜人に対してもいい思いをもっておらず、暴力を振るっているとも聞く。


「ルーク、お前の言いたいことは良く分かる。しかし……あいつは必要なのだ。暫くの間耐えよ」


今回の一件をまとめるためにはあの男はどうしても必要なのだ。ここで再び離反されるわけにはいかない。


怒る弟をなだめつつ、これからの戦いの事に考えを巡らすのだった。




私が廊下を歩いていると


「シオン様、お待ちください」


と呼び止める声がする。振り向くとそこにはパロム男爵の一人娘、リナ・パロム殿が立っていた。


「おや、リナ殿。いかがされました?」


「あの……父は大丈夫ですか?お邪魔になっていませんか?」


唐突な物言いに思わず笑みが零れる。


「あの……私何か変なことを申しましたか?」


「いや……失礼しました。大丈夫ですよ。パロム男爵はしっかりとやって下さっています」


私の返事にリナ殿は笑みを浮かべる。


「良かった……優柔不断な父のこと、てっきり足を引っ張っているかと思いました。もし、何かありましたら私にお申し付け下さいね」


リナ殿は父パロム男爵に似て穏やかな性格だ。しかし、彼のようにオドオドしたところはなく、むしろその性格は非常に勇敢であり、果断であった。


時には剣を持ち、父に代わり軍を率いる事もあると言う。


髪を後ろで束ね、軽鎧を纏った姿は歴戦の女騎士のようである。しかし、やはり男爵令嬢。淑女らしい雰囲気も持ち合わせ、女性とは縁のないシオンから見ても魅力的な女性だと思える。


(この娘が男児なら……ときっとパロム男爵は思ったに違いあるまい……)


この地に来て、話を交わしその性格を知るに従い、そのような事を思うようになっていた。


(この娘なら、ルークと釣り合うのだが……)


「時にリナ殿。一つ伺ってもよろしいですかな?」


「はい!何でしょう!?」


「リナ殿には、こう心に決めた殿方などはいらっしゃいますか??」


「なっ!?」


ふむ、明らかに動揺している。これは脈なしか。


「あ、いや、結構。それは妙齢なればいらっしゃるのも当然。忘れて下さい」


「……シオン様は唐突になぜそのような事を聞かれますか?」


頰を赤く染めながらリナ殿は聞いてくる。迂闊な事も言えないので正直に話そう。


「いや、我が家のルークとなら年齢も釣り合うしお似合いかと思って……」


「シオン様……サイテーです」


おや?何か怒らせてしまっただろうか……女心とは分からぬものだ。


肩を怒らせて去っていくリナ殿を見ながら……私は首を傾げるのだった。




数日後。沼地に布陣した我々に対して予想通りモルオルト侯爵もまた自慢の重騎士団を連れて進行した。


「愚か者達め。一思いに揉み潰してくれるわ!」


遠目からでも息巻いているのが良く分かる。


「本当に単純な御仁だ。誘われているとも分からずに」


そう言うと私は遠眼鏡から目を放す。


「さて、後は策通り進めて貰おう。よろしいかな?」


「「「応」」」


そして決戦の火蓋は切られるのだった。




モルオルト侯爵は得意の突撃を重騎兵に命じる。先祖代々から受け継がれてきた、モルオルト家の騎馬隊。

重騎兵による突撃は数多くの敵を屠ってきた。


「行け!!そして小賢しい連中に目にもの見せてやれ!」


重厚な足音を立てながら騎馬隊が動き出す。目標は敵本陣。


しかし……ここでモルオルト侯爵の思いもよらなかった展開になる。


「閣下!無理です!!これ以上進めません!!」


「どう言うことだ!!」


「沼地に足を取られ……うわぁ!」


当然……沼地にも様々な仕掛けをしてある。より足がかかりやすいように見えないよう縄を張ったり、深みにはまるように穴を掘ったり……


それに見事に重騎兵達はハマっていく。


「愚かな者たちだ。少し考えれば分かるものを。この程度の策で嵌るとは……」


パロム男爵は混乱している騎馬隊の様子を眺めながら呟く。


「愚か者に対しては、この程度の策が丁度いいものです。あまり深く考えた策だとかえって嵌らないこともあるので」


そう言いながら、私は扇を指し示してさらに説明を続ける。


「さぁ、次の手を行いましょう。次は沼地で足止めされている騎馬隊に向けて一斉に攻撃を加えます」


私の合図を見るや、ルークやマリア殿をはじめ、それぞれ持ち場にいる貴族達が一斉に指示を始めた。


「よし!撃て!!!」


それぞれの兵士たち、そして奴隷として連れられた者たちが騎馬隊に向けて一斉に矢を放ち始めた。また魔法を使えるもの達は魔法を放った。沼地は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していく。


「こっ小賢しい真似を……ひっひけっ!!ひけーーっ!!」


大慌てでモルオルト侯爵が逃げるのが分かる。


「そしてこれで王手(チェックメイト)だ」


しかし逃げた先には……


「我こそはデザルド子爵!モルオルト侯!!今こそ積年の恨みを!!」


「貴様っ!!」


こうしてモルオルト侯爵の首は無残にもデザルド子爵にはねられるのであった。





この戦……歴史上、重要な点が2点ある。


一つ目はこの戦について。

これはアルカディア帝国史上、初めて亜人の奴隷達が戦に加わることから後世『奴隷戦争』と呼ばれる事となる。

この戦の後、多くの亜人達が独立に向けて動き始める……その第一歩となるのである。


2点目として……歴史の表舞台に「シオン・トリスタン」の名前が現れた事である。彼の登場により、歴史は大きく変わることとなる。


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