書庫担当官
戦場では大将として。領地では為政者として。そして、貴族の世界では公子として。
どんな時でも冷静沈着、泰然自若であるアレスにもできないことはある。
「困った。償いってどうすればいいんだろう。そもそもシャロンは気まぐれなんだよ…まさか隣にいるなんて思わないじゃないか…」
幼馴染のシャロンを怒らせてしまった。
これはよくあることだ。というか、いつものことかもしれない。しかし、毎回償いを要求されるのは困る…
何とかしてうまい方法はないだろうか……
そしていつも悩んだ時、向かうところは一つ。アレスはシュバルツァー家の館の書庫に向かうのだった。
◆
「ってことなんだけど、なんかいい方法はないかなぁ??」
「いや、そもそも主はなぜに私にそれを聞きますか?私がそういうことに疎いのはよくご存じのはずですが…」
ロマリア城書庫の奥の間にて、二人の男が並んで話し合っている。
一人はこのロマリア城の跡取りアレス。
そしてもう一人は、眼鏡をかけた黒髪の優男。シュバルツァー家の軍師にて平時は書庫担当官、シオンである。
「いや、シオンは何でも知っているから、こういうこともわかるかなって。」
「それは私に対する嫌がらせですか??私が女性にもてたところを見たことがないでしょう??」
そういって眼鏡の男、シオンは憮然とした顔で盛大なため息をついた。
「アレス様……人には向き不向きというものがあります。こういう話が向いていない事ぐらい知ってるかと思いますが?」
「いや、それでも何とかしてくれるのが軍師の務めと言うか」
「そんな痴話喧嘩の策を出す軍師なぞいるわけ無いでしょ。ゆっくり本を読ませてくださいよ。これが私の最大の楽しみなんだから。」
そういってシオンはシッシッと手を振った。
「相変わらず手厳しいね……いや、でもさぁ、シグルドは今いないし、他のメンバーも出払っているし。自分でできるならすでにやってるって。なんとか知恵を貸してよ」
「主の記憶の方々に尋ねたらいいじゃないですか?夢の中とかで会えるのでしょう?」
「いや、あの3人はダメだ……」
そう言うと、アレスはどんよりとした顔をした。
「アルベルトは二言目には『女を口説く房中術」を教えてくるし、シンは興味がないし、レオンに至っては「軟弱者!襲え!」って言うし……」
「まぁ、確かにあのお三方の歴史を見るとそう言うかもしれませんがね……」
「だから……お願いだよ、何でもいいから知恵を出してくれないかなぁ!」
そういってアレスはシオンに頭を下げ続ける。
最初は無視を決め込んでいたシオンだったが、さすがに主人が頭を下げているのを見ると……無視し続けることが難しくなる。
「あーーー、もう!!そんなに頭を下げるとこちらも嫌な気持ちになりますよ、まったく。」
そう言って本を閉じると、シオンはアレスにビシっと指をむけて言い放った。
「いいですか?これは主の問題です。私が何と言おうと主がなんとかしなければいけないじゃないですか。それに、もし私が知恵を貸してそれが失敗した時…私は屋敷の多くの者たちから白い目を向けられてしまうんですから!」
「いや、もうかなり向けられていると思うけど…」
アレスがそう小声でつぶやくと
「何かいいました??」
「いえ、なにも!」
シオンはため息を一つついた後、アレスに向かって独り言のようにこう言った。
「そういえば、アルノルトが言ってましたね。竜牧場の火龍がだいぶ人になれるようになったと喜んでいましたよ。これで竜騎士部隊も夢物語じゃなくなったと。」
「そうなんだ。シグルドから提案された時は、正直厳しいんじゃないかなぁと思っていたけど…なんとかなるもんだねぇ。」
アレスの言葉にシオンはすこし笑うと話を続けた。
「その話は今から二、三週前のこと。竜牧場の火龍や翼竜もそろそろ試乗できるようになったんじゃないですか?そうすれば多くの人が空の旅を楽しめますよねぇ?」
「空の旅ねぇ……はっ!?そうか!なるほど!!竜に乗って空を飛べばきっと喜ぶはずだよ!知恵を貸してくれてありがとう!!」
そう言うと、アレスは椅子から飛び起きて、出口の方まで走って行った。
「まったく。普段はあれ程頼り甲斐のある方なのにどうして痴話喧嘩になるとああもダメなんでしょうねぇ……」
その後ろ姿を見送りながらそう言うとシオンはゆっくりと伸びをした。
「さて、これでしばらくは本が読めますかねぇ?」
シオンは小さく溜息をついた後、何事もなかったかのように、再び読みかけの本のページをめくるのだった。




