紅の死神 昔語り
夜。月明かりに照らされながら剣の手入れをしていると……身が引き締まる思いを抱く。
俺はこの相棒とどれだけ長きを共にしたのだろう。物心つく頃から剣を握っていた。言わば剣とは自分自身と言っても他ならない。
そう、あの頃……俺は『死神』と呼ばれていた。
そう、首からかけた首飾りの色に託けてつけられた通り名が
『紅の死神』
月並みな名前だが……あながち間違ってはいない。
なぜなら俺のいるところには常に「死」があったのだから。
幼い頃の記憶はあまりない。生みの親も知らない……俺は育ての親となったとある教会の神父に育てられた。だがそいつは神父とは名ばかりの悪魔だった。俺と同じぐらいのガキは大勢いた。そしてそこにいた全員が言葉では表せないほどの苦しみを受けていた。当然俺もだ。それが何なのかは……まぁ想像してくれ。俺の右目を見れば大体わかると思うがな。だから俺の初めての殺しはイカレた育ての親を殺した所だと思う。
右目を失ったあの日……俺はあの親父を殺した。そこには何も感情が生まれなかった。
その後、俺は危険なガキとの事でとある施設に入れられる。そこは名の知られた暗殺組織の暗殺者育成所であった。
そこで俺は……俺の半身ともいうべき「剣」と言うものと出会う。
のめり込んでいった。面白かった。この道具を使えばこんなに簡単に人は死んでいくものか、とね。
組織も俺の技術に気付き始めたんだろう。施設に入ってから暫くすると様々な暗殺命令をこなす事となった。
専ら貴族が多かった。まぁ、連中も腐っているからな。権力闘争という奴だろう。
大商人の暗殺もあった。どの男も汚職にまみれた腐った連中。いずれにしても……俺はここで悟ったよ。
人と言う生き物は腐っている、とね。
そんなある日……俺はある子供達と出会う。貴族どもの腐った権力闘争に巻き込まれた子供達。あてもなく、飢えて彷徨っていた弱者。
俺は……彼らに昔の自分を重ねてしまったのかもしれない。
笑ってくれても構わない。死神と呼ばれた男が……子供を養うなんてね。
だがそこで……俺は初めて腐った人間ではない、安らぎを得ることとなった。
◆
彼らと一緒に暮らすことになり……俺にはどうやら人間らしさと言うものが生まれたようである。
それを組織の連中は気に入らなかったらしい。一度、俺の不在を狙って襲いに来た事があった。ただ、偶然にも事前にその情報を掴んでいたことにより、未遂には終わったが。
やらなければ殺られる
この子供らも俺に関わったことにより、その世界に入ってしまった。なら、こいつらを守るためにも手段は一つ。
俺は暗殺ギルドを潰すことを決意する。
俺の所属していた組織は数ある暗殺ギルドの中でも大きな勢力を誇るものであった。恐らく俺が来ることも予想していたんだろう。だが、どんな守りも俺には意味はない。
俺は暗殺組織のものたちを……皆殺しにした。
呆気ないものだった。そして俺は自由になった。
◆
その後、俺は子供達を養うためにどうするか思案する。自分にできることは……剣の腕しかない。そこで俺は……人斬りから用心棒まで様々な仕事を行うこととなる。
『紅の死神』と言う通り名のお陰で……俺は仕事には困らなかった。
そして……この日俺はゴドン子爵の用心棒として雇われることとなる。
人斬りや用心棒として働いている俺でもゴドン子爵の悪名は知っている。
自分がのし上がるためにはありとあらゆることをする男。
だが、俺にとってそんな事はどうでもいい。大切なのは……子供たちを養うだけの金だ。
そしてこの男の元で働くようになって数日後、俺にとって人生を変える出会いをすることとなる。
◆
今回の仕事はロクシアータ伯爵令嬢を攫い……その館を警護すること。
たかだかそんな仕事でかなりの高報酬をもらう事になるとは。俺はついている、と思った。
ロクシアータ伯爵令嬢の誘拐は簡単に成功。その後、屋敷に戻り今後の事を話し合う
「恐らくロクシアータ伯爵の騎士団が取り返しに来る……それを待ち伏せして先手を打ち、殲滅してもらおう。」
子爵はそのように雇った傭兵どもに言う。
「いいのか?ロクシアータ伯爵の兵と争っても。武門の名門だが」
「私の後ろには皇族がいる。大きな争いにはさせぬ。心配ご無用」
そう言ってゴドン子爵は笑う。
「2日後にはジョセフ殿下がいらっしゃる事になっている。それに間に合えば怖いものはない」
そう言ってゴドン子爵はロクシアータ伯爵令嬢が監禁されている部屋に向かうのだった。
残された俺たちは別室にて待機となる。
「しかし……あの女、いい女だったよなぁ。犯してしまいたいぜ」
「これからあの親父と息子でお楽しみか。羨ましいもんだ」
「終わったら俺たちにも出番が回ってきてもらいたいものよ」
そう言って傭兵どもは下卑た笑い声をあげる。そんな声を聞きながら俺は目を瞑り壁に一人寄りかかっていた。
そんな時だった。門の方から盛大な物音と……そして男の狂ったような声が聞こえたのは。
「なんだ、何が起こった??」
驚く傭兵ども。それぞれが得物を手にして、辺りの様子を確認する。そんな慌てる傭兵どもを尻目に……私は強大な化け物が近づいて来るのを感じとっていた。
(なんだ、汗が止まらない……!)
ゴドン子爵がいる部屋から俺たちを呼ぶ声が聞こえる。
今ならまだ逃げる事ができる。
俺の頭の中に警報が鳴り響く。しかしそれ以上に……どの様な化け物がいるのか、その好奇心の方がまさった。
そこに立っていたのはまだ少年の面影を残す一人の男。しかし、その衣服は返り血で真っ赤に染まっており、どの様にこの部屋に来たのか想像が容易にできた。
何を言われたのか、どんな会話をしたのか。それは覚えていない。覚えているのは彼の一振りで傭兵どもの首が飛んだ事。
全力で剣を振るったのにも関わらずカスリもしなかったこと。
そして……ただの一撃で眠らされた事だけだった……
◆
「おい、キル。聞いているか?」
どうやら昔の事に耽っていたようだ。
そして目の前の大男がジョッキを片手に絡んで来る。正直言ってウザったい。
「バラン、静かにしなさいよ。酔っ払うと誰彼絡むのやめなさいよ。全く。キルもほっといていいんじゃない?いちいち聞いているとめんどくさいわよ」
「るせー!カリーナ!!俺はな、この領地がもっと良くなる様にだな……」
「あのなぁ、バランは酒癖が悪すぎるんだよ。あと声がでかいし他の迷惑も考えろ」
「静かに飲ませてもらえないかなぁ……」
そう向かいの席の二人から怒られ、バランはさらに大きな声を出す。
「なんだよ!フリックもロビンも!!俺の言ってることは間違いないだろ!?」
「領地の事は俺たちがあーだこーだ言う必要ないだろ?俺たちが考えている事ぐらいアレス様が考えているさ」
ロビンが言った一言で、流石のバランも黙り込む。
「まぁ……そうだけどさ」
そう、意気消沈するバランの肩に腕を回してフリックは笑う。
「しょげるなよ。とりあえず飲もうぜ。親父!もう一杯」
それを見てカリーナも笑う……
そんな様子を見て……俺もまた笑みをこぼす。
あの時にはできなかった、安息の笑みを。
そう、ここにいる者たちは今の俺の仲間。他にもまだたくさんいる……志を共にする仲間だ。
あの時……ゴドン子爵の屋敷から連れ出された俺に……アレス様は言った。
「僕のところに来ないかい?」
と。
「君が抱えている全てを僕が背負ってあげるよ」
と。
今、俺の元にいる子供たちはシュバルツァー領の施設にて元気に過ごしている。俺が過ごして来た様な……地獄の様な施設ではなく、親がいない子供達を健全に育てる施設。シュバルツァー領内だけでなく、アルカディアの多くの地にいる子供達も引き受けていると聞く。
そして俺は……彼の方のために働くことになった。俺がつけている……この手首にはめた白いブレスレット。これが彼の方への忠誠の証。
俺の目の前にいるこの仲間たちの手首にも……当然ついている。俺たちの誇り。
彼の方の望む世界を作るために……俺たちはあの方の剣となりたいと思う。
◆
英雄皇アレスは自らの直属の私軍、通称『破軍』を抱えていた。彼らは国に忠誠を誓うのではなく、アレス個人に忠誠を誓っていたと伝えられている。
その精強さは後々まで伝えられるほどであり、魔族の軍や、蛮族の騎兵、そして一人を倒すに百の兵が必要と言われる戦闘民族アーリア人の軍団までをも蹴散らすほどであったという。
『破軍』にはいくつかの種類がある。
青いローブを着て、圧倒的な魔力を誇り遠距離からの攻撃を行う『青軍』
赤い鎧を纏って、恐ろしいほどの機動力をもっていた軽装騎兵、『赤軍』
人馬とも黒い鎧で統一し、無敵の攻撃力を誇った重装騎兵、『黒軍』
そして……三つの軍とは異なり、特に統一した装備はなかった部隊。『破軍』中で最も忠義に厚く武に優れた者たちが所属し、その武勇は一騎当千、他国で使えれば一軍の将であったと言われるほどの戦士たち。腕に皆、揃って白いブレスレットを着けていたため、彼らは『白軍』と呼ばれていた。
白軍百人は数万の兵に値する、とまで言われるほどの精鋭中の精鋭であり、騎士を目指す者にとっては憧れの存在であった、と歴史書は記す。
しかし……英雄皇は後に言う。
「彼らは強い。だが、変人の集まりだ」
と。




