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英雄の中の英雄の物語 〜アレスティア建国記〜  作者: 勘八
序章 〜アレス・シュバルツァーという男〜
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カイゼル・ドレット 昔語り

私の名はカイゼル。ドレット子爵家、公子である。

ドレット子爵領は帝国の北方にあり、そのためドレット子爵家はシュバルツァー大公の寄子としてその庇護下におかれている。

代々騎士の家柄であり、私も幼き頃より剣術を学んでいた。


そしてどうやら私には生まれついての才能があったらしい。

12の歳になるころには、同年代では敵なしとなっていた。

その後、その才を買われ進学した帝都の皇立学院騎士科においても、私は常に成績上位者として名を馳せていた。


子爵領にいた時も、そして帝都においても私は随分騒がれたものだ。まぁ自分で言うのもなんだが、容姿には多少の自信がある。

それゆえに、多くの令嬢から多くの誘いを受け、そしてそれなりに遊ばせてもらったよ。

私は帝都において、楽しい日々をすごしていたわけだ。


しかしそんなある日。ドレット家の寄親であるシュバルツァー大公の宴の席にて。私はある一人の少女と出会う。彼女の名はシャロン。

ロクシアータ伯爵家の一人娘であった。


金色の髪に透き通った肌。吸い込まれそうな大きな瞳……美しかった。

まるで、絵巻物の女神を見ているようだった。

私は一目見た時より私は心を奪われた。


彼女は「強い男」が好みと聞いた。まさに私は相応しいではないか。また幸いな事に同じシュバルツァー家の寄子であり、さらに同じ皇立学院の騎士科だと言う。私は彼女に対し、猛烈にアプローチをかけた。帝都でもそうだし、シュバルツァー領内でも。彼女の生家、ロクシアータ伯爵領内にも伺った事がある。同じ皇立学院騎士科ということもあり、剣の稽古を始め、多くのタイミングで近づくチャンスがあった。彼女も……まんざらでは無さそうだった。

しかし彼女の視線は……私ではなく違う男に向けられている事に気付く。


シュバルツァー大公 公子 アレス・シュバルツァー


我が寄親のシュバルツァー大公の跡取り息子。

剣の稽古もせず、本を読んでばかりの……貧弱な男。

シャロンも、いつも大勢の前で彼に突っかかっていく。大公家の公子と言えども遠慮なしに。しかし……様子を見ていると、本気で罵倒しているのではない事に気付く。


確かに婚約者との噂もある。しかし噂は噂。そんな事を気にしていられない。

シャロンは伯爵家の一人娘。うまくいけば伯爵家に収まる事もできる。たとえ寄親の跡取りだとて、遠慮はできない。


シャロンへのアプローチとして、何度もシャロンの前でアレス殿に試合を申し込んだ。しかし返答はいつもノー。断られてばかりだった。


「別に試合をする必要がないと思うんだけどなぁ」


「なら共に稽古はいかがですか?」


「それも……あまり乗り気はしないよ。申し訳ないけどね」


その場にいた者たちは表立っては批判しないが影では相当悪く言ってたものさ。惰弱だ、弱虫だ、大公家の家名が泣く……と。

私もシャロンの前で彼を随分否定したよ。あの男の何が気になるのか……とね。


そして……暫くのちにあの事件が起こった。




シャロンが帝都からロクシアータ領に帰る際、ゴドン子爵家に襲われた事を聞き、私は早馬を飛ばしてロクシアータ伯爵領に向かった。


すでにロクシアータ伯爵も騎士団を編成しており、これから向かうとの事だった。


「カイゼル殿、わざわざ来ていただき感謝する……しかし貴殿はまだ学生。そしてこれはロクシアータ家の問題。あまりお気を使わなくとも……」


「いや、他ならぬシャロンのためならば私はどんな労苦も厭わないつもりです」


ロクシアータ伯と何度か押し問答を行なった末に、私も強引にシャロン救出のメンバーに加わらせてもらうこととなった。

シャロンを振り向かせるためにも、ロクシアータ伯に認めてもらうためにも。今回の件は大切だ。


事態は急を要する。我々は小一時間で準備を整え、門の前で出陣の合図を待っていた際に………あのアレス・シュバルツァー殿が我らの前に現れたのだった。


私は苛立っていた。この男はなぜこのタイミングで現れるのだ、と。戦力にならない男が来ても何の役にも立たない。


「公子……今貴方と話をしている時間はない。退いてもらえないか」


「カイゼル。僕も君には用はない。そこを退いてくれ。そしてロクシアータ伯を呼んでもらえないだろうか」


「……、ロクシアータ伯は今忙しいのだ。貴殿こそ、この緊急事態の時になぜ……」


私は彼を力づくで退かそうとした。その瞬間私は腕を掴まれる。振り払おうとしたが…今全く手が動かない……いや、身体が動かない?


「時間がないのは僕も同じだ。早くロクシアータ伯を呼んでこい。僕も苛立っている」


アレス殿から感じる凄まじいまでのプレッシャー。私は今まで感じたことのない「恐怖」を全身で感じていた。アレス殿は小柄な体躯だ。しかしこの小さな身体のどこにこの力があるのだろう……


「アレス様。ご無沙汰です」


そんな時だった。ロクシアータ伯、ロイド殿が後方より現れたのは。


「何処まで掴んでおりますか?」


「シャロンがゴドン子爵に攫われた所まで」


「流石ですな。で、場所はご存知ですかな?」


「子爵領、南東の屋敷。そこに傭兵崩れを随分と雇って匿うつもりらしいよ」


「シャロンの安否は……?」


「恐らく第二皇子ジョセフ殿が来るまでは何もしないと思う。だから時間はそれまでだね」


「それは重畳。仮に犯されでもしたらあやつの事、自害するのは間違いないですからな」


そうロクシアータ伯は言うと、ホッと安堵の表情を浮かべる。


「今回の誘拐はあの馬鹿皇子が黒幕だろうからね。それにそそのかされて、あの馬鹿貴族が動いたってわけさ。ロクシアータ家との縁談も建前。正確にはあの馬鹿皇子に差し出すのが目的だろうさ。でもジョセフ殿下はまだ帝都。すなわち数日は何もできないはずだよ」


アレス殿の言葉にロクシアータ伯は深々と頭を下げた。


「アレス様が来てくださり助かりました。危うくゴドン子爵の屋敷を襲うところでした」


「でも普通なら屋敷を襲うよね……まぁ、間に合ってよかったよ」


そう言ってアレス殿とロクシアータ伯は笑う。

そして私には……一体何の話だか皆目見当もつかない。なぜこの男はそんな情報を掴んでいるのか。なぜロクシアータ伯はそれをそのまま信じるのか……


「この件が分かった後、すぐに陛下からの書状はいただいて手は打ってある。後は、とっとと蹴りをつければ良いだけだよ」


「さすがにお早い。で、アレス様の動きは?」


「僕は……」


アレス殿はロクシアータ伯にニコリと微笑み言葉を続ける


「皆より先にゴミ掃除をさせてもらう。間違いなく僕の方が早いからね……」


そういうとアレス殿はロクシアータ伯に小さな紙を渡す。


「地図を作っておいた。ここに来て欲しい。恐らくここの皆さんが着く頃には全部終わらせている。シャロンを迎えに行ってあげてくれ」


「アレス様は一緒ではないのですかな?」


「僕は……一緒にはいけないよ。血で汚れすぎてるさ」


そう言うと、彼は門から外に出て行くのだった。



「待てっ!待ってくれ!!」


私はアレス殿の後を追いかける。


「何を知っているんだ!?教えてくれ!」


募る焦燥感。二人の短いやり取り、しかしその様子からロクシアータ伯がアレス殿に絶対の信頼を感じることができる……そう、私とは比べものにならない程に。大公公子ということを抜きにしてもだ。現に、初めはゴドン子爵の館に向かう予定が、変更になっている。娘の生死に関わること、いくら大公公子の言葉と言えど、それに従うだろうか。


「君に何か言う事があるのかい?」


そんな私の言葉に対して何も感情のない返答が返ってくる。


「僕も今回は結構急いでいるんだよ。説明なぞはできないね」


「っ!で、では一緒について行くのは……」


「出来るんだったら構わないよ……でも」


そう言うとアレス殿はひらりと馬にまたがった。アレス殿の馬は……(たてがみ)までも真っ白な非常に美しい白馬であった。その首筋を撫でると彼は静かに言葉を続けた。


「僕の馬についてくるのは難しいと思うよ」



結論から話そう。私は結局ついて行くことができなかった。アレス殿の馬は凄まじいスピードで走り……しかもいくら走ってもその速度が遅くなることはない。

どんどん差が離されて行き…そして姿がとうとう見えなくなっていた。


ただ場所はアレス殿が教えてくれたため、一人でも向かう事はできた。

私が到着したのはロクシアータ伯の騎士団が到着する少し前だ。


「なんだ?これは……」


私は屋敷の様子を見て、そうとしか言うことができなかった。

凄惨な状況だった。

恐らくゴドン子爵に雇われたのであろう、傭兵崩れ達が数多に倒れている……いずれも首がない様子で。


奥の扉から声が聞こえるので、そっと覗くと……そこには首を刎ねられているゴドン子爵の跡取りと喚き立てているゴドン子爵。そしてシャロンの姿が見えた。


(シャロン……!)


私は思わず扉を開けようとして……そこで剣を持って対峙している二人に気付く。


(あれは……アレス公子と……まさか『紅の死神』か!?)


有名な殺し屋、無類の殺人剣を扱う剣士、『紅の死神』キル。

帝都の貴族の世界では有名人である……そう、好敵手(ライバル)を消す手段として。


キルを雇うには多額の資金が必要となる。それを用心棒として雇うだけの資金力が子爵にはあるのかもしれない。


キルが動く。しかし全く動じず迎え撃つアレス殿。


「………凄い……」


私はそう唸る他なかった。あの鋭い剣筋をいとも簡単に躱しているのだ。そして一言二言の会話の後、アレス殿は剣の柄でキルを気絶させた…。圧倒的な実力差がない限りあのような事はできない。

私は言葉を発することができなかった……


その後、アレス殿は子爵に引導を渡すとシャロンと一言二言話し……紅の死神キルを担ぐ。そして私が隠れている所までやってきた。


「後は頼んだよ。シャロンをよろしく」


そう言ってアレス殿は去っていった。

私の横を多くのロクシアータ伯の騎士が通り過ぎる……が、私は打ちのめされていた。


そう、私の心は大きな敗北感が占めていた。


剣の技量の差、人としての器の差。あまりにも大きな差だった。


アレス殿は剣を使えないと思い、馬鹿にしていた……しかし、実際はどうだろう?私がアレス殿と対峙したら……恐らく一瞬で倒れるだろう。


帰り道、シャロンの様子を見る。彼女もまた思う所が色々とあるのだろう。


私は一人決意する。あの高みに登れるかは分からない。しかし今後も皇立学院で努力し、実力をつけ少しでも彼と張り合えるようになりたいものである……




カイゼル・ドレッド子爵が歴史書の中で現れる事はない。しかし、彼の名前を知っているものは多い。


その理由は……


彼は皇妃シャロンを主人公にした人気戯曲『月の女神』の中でシャロンに想いを寄せる騎士として登場するからである。そしてアレスと一騎打ちをして負け、その後、彼の配下になる、という話である。


しかし当時の近衛、または軍の編成表を見ても「カイゼル・ドレット」の名は記されていない。また、ドレット家も現在は残っておらず、正確にその人物を知る資料は現存していない状況である。



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