東征 その6 真獣人
真獣人。それは現在アルカディア大陸全土にいる獣人達の祖であると言われている。
亜人の中でも獣人と呼ばれるもの達は、いずれも人の顔、身体を持ち、一部に獣の血の名残が残っている者達の事だ。
すなわち、尾であったり、耳であったり、体毛の一部が濃かったり、とその特徴は様々だ。そしていずれも人族と比べ身体能力が高い。
そんな人族に近い容姿をもつ獣人達と比べ、真獣人の容姿はさらに獣に近い。
その顔は獅子であり、虎であり、豹であり、狼であり……全身を体毛に覆われている。
そしてその能力は獣人達のさらに上をいく存在であり、戦士として活躍するならいずれも一騎当千の戦士となるほどだ。
魔族にも同じように彼らのように獣の容姿をする者もいる。オークや人狼などはその最たる例だ。
だが、彼らは『真獣人』ではなく、一般に『魔獣人』と呼ばれ、区別されている。
真獣人と魔獣人が決定的に違う事。それはその生まれと育ちにある。
闇から生まれ、闇を信仰した魔獣人は一般的に道徳観念を持ち合わせてなく、その中身も獣に近い。言葉を話せない者が多く、知能も低い。
それにに対し、真獣人は歴とした獣神から派生した由緒正しき一族であり、知能は高く、誇りも持ち合わせている。
そんな真獣人だが……彼らは目立つ事を嫌い、いずれも人里離れた地でひっそりと集落を作り暮らす者達がほとんどである。
その理由としてはいくつかあげられる。
1つは迫害の対象になり得るため。
教会勢力は人族至上主義を標榜している。それ故に獣人や耳長族と言った亜人を迫害している。
その中でも真獣人や真耳長族といったもの達は、魔族同様、悪の元凶とまで言われ、徹底的につけ狙われる事となるのだ。
魔獣人も真獣人も変わりなく排除の対象なのである。
同数で争えば、勝てないことはない。いや、必ず勝つであろう。だが、人族のその圧倒的な数と対峙するには彼らの数は少なすぎるのだ。
2つ目としてあげられるのが、彼ら自身が争いを好まないからである。
高い能力と見た目に反して、穏やかに暮らしたいと望む真獣人は多い。だが、人里に出れば『教会の教え』の影響で人と争わざるを得ない。それ故に人里離れた地でひっそりと暮らすことを選んだのだ。
そして……最後はその『血』を大切にしているためである。これが真獣人にとっては一番大切なことなのかもしれない。
彼らは『真獣人』としての誇りを持ち、混血を好まない。混ざってしまえは獣人と変わらなくなってしまう。
故に、彼らは自分の種族以外と混じることを禁忌とし、その影響を受けないように人里離れた地に住う。
また、その理由ゆえに彼らは「真獣人』の仲間を大切にする。彼らにとって仲間とは『家族』と同意義なのである。
そして……ドルマディア王ドルマゲスは……彼らの弱点たるそこを突いてきたのであった。
◆
「久しいな」
ドルマゲスの元に引き立てられたのは1人の真獣人であった。
白く雄々しい獅子の顔。巨大な体躯、黄金色の立髪、威風堂々とした佇まい……誰が見ても王者の風格である事がわかる。
しかし。
腕は鎖で何重にも繋がれ、身体中は傷だらけだ。
彼の名はレグルス。東大陸に住まう真獣人の若きリーダーであった。
かつて大陸の全ての獣人を率いていたと言われる『獣王ライオネル』の直系の子孫である。そして彼はその血が最も濃いと言われる『白獅子』の生まれであった。
武勇と知略に優れ、幼少の頃より真獣人の長老達から『獣王の再来』と期待されていた人物である。
確かに、その真獣人の中でも際立って高いその能力と穏やかな気質から……リーダーとしては最適な人物であったのは間違いないだろう。
だが、彼は今鎖で縛られ、ドルマゲスの前に跪いている。
「あの誇り高き真獣人の長が落ちぶれたものだな」
頭を地面に押し付けられているレグルスの姿を見てドルマゲスはニヤリと笑った。
「グルルルルルルル」
絞り出すような声で唸り声をあげるレグルス。その様子を見ながらドルマゲスは笑みを浮かべ続けながら話を続けた。
真獣人は獣に近く、欲望のまま動く魔獣人を忌み嫌う。そんな魔獣人に見下ろされ、レグルスの誇りは大きく傷つけられていた。
「貴様に良い知らせをやろう」
そんな彼の思いを知ってか知らずか。ドルマゲスは鷹揚に口を開く。
その声を聞いた瞬間、レグルスは吠えた。
「ふざけるなっ!!貴様のような豚なんかと話す事はない!!」
「……ほう。捕らえた真獣人の子供を解放すると言ってもか?」
それを聞きレグルスは跳ね上がるように顔を上げたのであった。
レグルスがドルマゲスに囚われている理由。それは一年以上前に遡る。
ドルマディアが東大陸の各地を魔獣の軍勢を率いて蹂躙した際。
唯一、落とすことのできない地があった。それこそが……
真獣人の里
である。
リーダーであるレグルスを筆頭に圧倒的な武勇を誇る真獣人。
彼らは数多の魔獣の群れをも蹴散らし、ドルマディアに初めての敗北を経験させたのである。
特にレグルスの武勇は筆舌し難いものがあった。
巨大な戦斧を振り回して戦うその姿は古の英雄と言っても過言でないほどである。
たった一騎で魔獣の群れを殲滅する姿を見た時。ドルマゲスはこの男を屈服させたいという願望を抱く。
それ故に彼は数で攻めるのではなく策を弄する事にしたのである。
真獣人は自分の一族を何よりも大切にする。特に……子供を最も大切にするのである。ドルマゲスはそこを狙った。
真獣人と正面から争う事を避け、様々な手を使って真獣人の子供を捕らえる事を力を注いだのである。
真獣人達は女子供は里の中央にある洞穴に隠し、時折ある魔獣の攻勢を防いでいた。
しかし……真獣人に扮した魔人に騙され……1人の子供が連れ去られる事となってしまったのである。
ドルマゲスはこれを人質としてレグルスと交渉……このあたりがカイザーオークと呼ばれるドルマゲスの恐るべき力……頭脳なのであろう。
彼がレグルス達に伝えた条件はただ一つ。
リーダーであるレグルス自身が人質として降伏すること。
それゆえレグルスは自ら捕虜になったのであった。
そしてドルマディア軍はこの後、真獣人の里を襲うことはなくなった。
ドルマゲスにとって興味があったのはこのレグルスという男だけだったからだ。
また、リーダーであるレグルスが囚われたとしても、真獣人は完全に屈したわけではない。彼が例えいなくとも彼らにちょっかいを出す事は多大な被害を及ぼすことになる。
レグルスがいなければ向こうからちょっかいを出すことはない。
ドルマゲスはそのため無闇に関わらずやり過ごす事にしたのであった。
◆
ドルマゲスはレグルスを捕らえてから、あの手この手で彼を配下におこうとした。
ドルマディアにおいての栄誉、金、富、女……
しかしそれら全てに置いてもレグルスは頷くことはなかった。
ありとあらゆる服従魔法や魔道具を試した事もあったが……いずれもレグルスの強い精神力はそれらを跳ね返すのであった。
それらを見てドルマゲスは彼に固執するのを一度諦める。
東大陸が落ちた後でも構わない……今は彼に固執するよりも大陸制覇に目を向ける。
ドルマゲスはそう考えを改め、そしてレグルスをドルマディア本国の最下層にある牢獄に閉じ込めたのであった。
◆
レグルスが虜囚としてこの地にいる原因となっているのが、人質となった真獣人の子供の命である。
「さて……今まで貴様を捕らえていかしておいたが……そう時間をかける訳にはいかなくなった」
そういうとドルマゲスは右手を上げる。すると彼の右奥から鎖に繋がれた真獣人の子供が現れた。
レグルスはその姿を見て一瞬ホッとした表情を見せた後、その様子を見て訝しげな表情へと変える。
その子どもの様子は異様なものであった。
目は虚であり、その瞳にはっきりとした意志を見ることができないのだ。
「……貴様……その子に何をした?」
「なぁに。服従の呪術をかけただけさ」
レグルスはそれを聞くと歯を食いしばる。
「貴様、約定が違うではないかっ!?我が捕虜になる代わりにその子を助ける……そう言ったはずでは!?」
「あぁ。だから『命』は奪っていない」
ドルマゲスはそうサラリと答えると、レグルスの元に近づく。
「今までは貴様を服従させるためにあいつも生かしておいた。だが、そう悠長な事も言えなくなった」
「!?」
「戦況が怪しくなってきてな。イストレアの連中が暴れていて領内が苦しいのだ。今、このガキを飼う余裕もない」
そう言うとドルマゲスはレグルスに顔を近づける。
「で、相談があるのだよ……」
「……」
「もう、俺はお前とこのガキを殺しても構わないと思っている」
レグルスの瞳は探るようにドルマゲスの目を睨みつけている。
おそらく奴は本気だ。奴の瞳に多少の焦りが見られる。おそらくは劣勢なのであろう。
そして。脅しではなく、本当にこの子と自分を生かす余裕もないのかもしれない。
あの憎らしいほど余裕を持っていた豚王とは別人のようだ。
「だが……最後にお前と交渉しようと思っている」
「何をだ?」
「もし、今から俺の軍隊を率いてこのイストレアの兵を破ったなら……このガキは解放してやろうと思うのだ」
探るようにレグルスはドルマゲスの様子を見ている。
「断るなら、もうお前らを待つ必要もない。とっととお前らを殺して俺自らが征く」
レグルスは考える。
ドルマゲスは間違いなく追い詰められている。正直それは捕虜を生かす余裕もないほどだ。
となると、自分達を殺す事になんの躊躇いもないはずだ。
だが、同時にレグルス本人の武力も必要としている。この持て余している捕虜の力を持って敵を討つ。討てなくても殺すつもりの捕虜が1人死ぬだけだ。自分は何も痛くはない。
「分かった。従おう」
レグルスは絞り出すようにそう声を上げた。
自分は死んでも構わない。だが。子供は何がなんでも助けなければならない。
ドルマゲスがもしこの子の命を断っていたならば、レグルスは誇りにかけて、命を捨てて暴れていただろう。
ドルマゲスもそれを知っていたからこそ、この子を生かしていたのである。
この真獣人の子供さえいれば。レグルスは大人しく捕虜として捕まっており、真獣人の里のもの達も逆らう事はないのである。
レグルスの言葉を聞き、ドルマゲスはニヤリと気味の悪い笑みを見せた。
そう、これこそ狙い通りである、と。
一回しか使えない方法ではあるが……この一回のためにドルマゲスはレグルスを生かしていた、といっても過言ではないのだ。
レグルスを使ってイストレアを追い払うことができるのなら。
そしてその後も自らに従えばよし、従わないのなら、2人を殺せばいい。
そう考えを巡らせて、ドルマゲスは上機嫌になった。
「では決まりだな。早々と準備せよ」
そう言って満足そうに自席に戻り、どっかりと座り直す。
「今すぐ奴を鎖を解け。そして奴らを討ちにいくのだ」
「…………分かった」
「貴様には我が魔獣軍の一軍を預ける……いい報告を期待しているぞ」
もう、我の主人気取りか……
レグルスは解かれる鎖を眺めながらそう心の中で呟き、そして歯嚙みをした。しかし。
彼はドルマゲスの横にいる真獣人の子を見て……そして決意する。
奴が果たして約束を守るか……それはわからない。信頼をする事もできない。
だが、同胞を守る、それは真獣人にとって命をかけるに足るものである、と。
(あの子を守るためにも……まずはイストレアという軍を破らなければならぬ……)
真獣人の戦士、レグルス・バルハルトにとって。いや、アルカディア大陸にいる全ての真獣人にとって。
この戦いが転機になろうとは。
この時は誰も想像できるものはいなかった。
すみません。
緊急事態宣言が出たことにより、職場でも大変な動きがあったもので……すっかりアップするのを忘れてました。ごめんなさい。




