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イストレア入城

「アレス・シュバルツァー辺境伯万歳!」


「シュバルツァー辺境伯軍万歳!!」


多くのイストレアの国民が、この街……いや、この国を救ってくれた援軍に盛大な歓声をあげていた。


「アルカディア帝国万歳!!」


中には仮想敵国であったアルカディア帝国の名を出すものまでいるほどだ。


アレスはそんな中を引き攣った笑みを向けながらセインに跨り、歩く。


「どうにもこういうのは慣れないな……」


「彼らからすれば救世主ですからね……この歓待は当然の事かと」


横にいたシュウなどはさも当然のようにそう嘯いている。


「シグルドやダリウスも明日にはこっちにこれるらしいからね……とりあえずここで一度合流した後、進軍の行程を考えよう。それに……」


アレスはちらりととある建物の窓に視線を移す。目を凝らすと苦々しげにこちらを見つめている男達の姿がいた。


「どうやらイストレアも一枚岩ではなさそうだしね」


「どこにいても小者というのはいるものですね。しかしこれだけ悪意を向けていれば気配の読めるものからすれば察する事は可能なのですが……」


「そんな事を理解できる者たちではないだろう。ま、こちらが動く前にきっとアルフレドが早々に処断するだろうさ。彼は優秀だからね」


アレスはそう言って笑うと、セインを城門に向けて進めるのであった。




イストレア城、王の間。


その中央に座しているのはイストレア王妃として現在摂政の立場にいるイレーヌである。


その傍らには宰相エルダン、そして反対には腹心であるアルフレドがいる。


そんなアルフレドに向けていくつかの悪意が向けられている。耳を傾けると怨嗟の声が聞こえるのだ。


「あの売国奴め……アルカディアにイストレアを売りおった」


「……どういった条件を飲んだんだか。これならバイゼルドやドルマディアに侵略されても同じではないか」


聞くに耐えない言葉にエルダンは深い溜息をつく。


「あの馬鹿どもが……奴らに侵略されたら胴と首が離れているだろうに……なぜ分からないのだ……」


しかしその悪意を一身に浴びているアルフレドは涼しい顔で笑った。


「ま、言わせるだけ言わせておきましょう……遅かれ早かれ彼らも報いを受ける時が来るでしょうし」


そう言いながらアルフレドはイレーヌの顔を見る。彼女もまた、心ここに在らず、という表情だ。


東大陸を蹂躙し、イストレアを飲み込まんとしていた二国に対し、僅か一戦で退けた辺境伯軍。その総大将たる若き英雄アレス・シュバルツァーと初対面だ。いくら摂政として長年国政を司っている彼女でも、緊張するのも無理はない。

彼女の対応次第では再びイストレアは危機に陥る恐れもある。


(それとも別の事で……その人となりが不安なのかもしれぬ)


アルフレドは心の中で彼女に対し謝罪する。先日の会話。そしてアルフレドの提案に頷いたイレーヌ。


彼女も為政者ではあるが1人の女性だ。先日己が提案した案、その重要性は分かってはいても心からそれを受け入れるのには抵抗があるのだろう……。




アルフレドがそんな事を考えてた時。


侍中が王の間に駆け込み、アレス・シュバルツァーが到着した事を口上した。その言葉に王の間の雰囲気が一変する。


その様子を見ながら、アルフレドは一旦思考を止め、これから始まる事に想いを馳せるのであった。




アレスが王の間に入るとその場にいた者たちの視線が彼に集まった。


白い戦装束を纏い威風堂々としているその姿はまるで王者の貫禄だ。その整った顔立ちと相まって、まるで神話の英雄を見ているようである。

さらに横に控えている異国の剣士がその姿をより引き立てていた。


イストレアという安寧の地に縋り、外の世界をまるで知らない貴族達はまるで飲まれたかの様に押し黙った。


(むぅ……流石というべきか……この部屋の空気を一瞬で変えてしまった……)


アルフレドもその様子を見て驚きを隠せない。

先程まで部屋に充満していた期待、そして悪意と言った貴族たちの思いが一瞬にして押し潰されたのだ。


重苦しい空気が部屋全体に立ち込める。そんな空気を破ったのはイレーヌの一言、そして行動であった。


彼女は立ち上がると階下に下り深々と跪いたのだ。


「イストレア王国摂政にて先王王妃イレーヌと申します。辺境伯閣下には此度の戦の件、どのようにお礼を言ったら良いか分かりません。真にありがとうございました」


国主が頭を下げる事、それは恭順に等しい行為である。イストレア貴族達は突然の出来事に仰天した。


そんな貴族達の様子を意に介さず、アレスもまた口を開く。


「頭をあげてください、イレーヌ陛下。私は友軍であり、そしてアルカディア帝国における一貴族でしかありません。国主が頭を下げては他の者に示しがつきますまい」


そう言って笑うとアレスはそっとイレーヌの手を取り、彼女を立たせ、玉座に戻らせた。


イレーヌは繋がれた手に視線を向け、軽く頰を染める……が、すぐに為政者の顔に戻り、それでは、と表情を引き締め玉座に座った。


その後宰相エルダンが形式上の礼をアレスに伝えアレスはそれを『立った状態』で聞くという……規則に則ったような儀礼があったが……


イレーヌもアルフレドも……そして多くの貴族もその内容以上に意識を『アレス個人』に向けるのであった。




王の間での儀礼が終わると、アレスは王の私室に通された。その場にいるのはアレスとシュウのみだ。


アレスは部屋の様相を眺める。

一件王城ではどこにでもありそうな私室。しかし彼はその部屋が魔力によって外部に話が漏れない様になっている事を見逃さなかった。


「さて……どうやらここからが本題かな?此方としても、油断はできないな」



アレスの読み通り、しばらくした後、王妃イレーヌ、そして国政を司る宰相エルダンとアルフレドがその部屋に入室する。


国を動かす3人の人間が、機密が守られる部屋に現れる……ここからがどうやらイストレアの本音だろう。アレスは姿勢を整え、彼らの言葉を待つ。


3人が各々の席に座ったのを確認してから……イレーヌは深々とアレスに向けて頭を下げた。


「此度は真にありがとうございました。貴方様のお陰で我がイストレアは命脈を保つことができました」


「陛下……先程も申し上げた通り……」


「ここには他に配下もいません。せめてこうしてお礼を言わせてください」


彼女と同様にエルダンやアルフレドもまた頭を下げた。


「アレス殿……私からも礼を言います。ありがとうございました。貴方が来なければ、我らの首はすでにその辺に転がっていた事でしょう」


「……我らは盟友です。そこのアルフレド殿とそう言う『密約』を交わしております。その様に畏まらなくて結構です」


そう言うとアレスはニコリと微笑みそして口を開いた。


「それよりも……今は大切な事を話し合いましょう。今後どうあるべきか、について」


アレスの言葉にイレーヌ達3人は力強く頷く。こうして今後の東大陸の命運を握るであろう首脳会談がスタートするのであった。




「これから我らは二手に分かれて軍を進めようと思っています」


アレスはイレーヌ達に今後の戦略を告げた。彼らが囲んでいる机には東大陸の地図が置かれている。アレスは初めに北の地を指差した。


「私とここにいるシュウは北上しドルマディアを叩きます。現在魔獣の群れはホルス領内にて3つほどの軍団に分かれて活動しているとの情報が上がっています。これを各個撃破します」


アレスはさらっと言うが、イストレアの人間からしたら魔獣が集団で行動する事は悪夢でしかない。


基本、魔獣や魔族は群れは作るが、『軍団』と呼べるほどの大集団になる事はない。単独で活動するのが魔獣という生き物だ。


そんな魔獣を組織し『軍団』としたからこそ、ドルマディアはあれほどの短時間でこれだけ大陸を荒らしまわる事に成功したのである。


現在、ホルス領内にいる魔獣は三ヶ所に固まっていると聞く。どうやら三つの軍団に分かれて活動しているそうだ。


各軍団には魔人と思える将がおり、ホルスを荒らしながら機会があればイストレアに再侵攻しようとしているのだろう。


「辺境伯殿は簡単に申しますが……あの数の魔獣、3つに別れたとはいえどかなりの数なのではないですか?」


エルダンの問いは当然のものである。各個撃破するなら、この軍団の解体を目指した方が良いのではないか?と思う。


しかしアレスはその疑問に不敵に答えた。


「いえ、むしろ都合が良いのです。我々が一番困るのは魔獣が方々に散ってしまい、ゲリラ的に活動される事です。これだといくら潰しても、また湧いてきてしまいます。ドルマディア王ドルマゲス……カイザーオークというオークの中でも最高位の魔獣ですが……中途半端に賢い事が仇になったと思います。我々はそこをつきます」


アレスの言葉にイストレアの面々は絶句する。


「……今回の戦において……私は彼らを『殲滅』するつもりです。今までの報いをここで受けてもらおうと思っています。そのためには……集団になってくれた方が都合が良い訳です」


アルフレドの額に汗が浮かぶ。

魔獣の軍団を殲滅する……普通ならあり得ないことだ。しかし、この目の前の男は事もなげに言う。


恐ろしい


アルフレドは改めてアレスという男の凄みを感じることとなった。


そんなアルフレドの心中を知る由もなく、アレスは言葉を続ける。


彼はは地図の東側を指差し、そして話題を変えた。


「こちらの……バイゼルド方面にはシグルド、ダリウスという2人の将を送るつもりです。ダリウスの事はご存知ですね?」


イレーヌ、エルダン、アルフレド、3人が一様に頷く。

東大陸に隣していたグランツ公国、その守護者である『グランツの武神』はこの地でも名が知られているのだ。


曰く、『絶対に相手にしてはいけない相手』として。


「シグルドの武勇はダリウスに匹敵します。また……彼が率いているのは『龍騎兵』……我々にとっての最強の部隊です」


『龍騎兵』という言葉を聞き、イレーヌ達は呆然とする。あの『竜種』を手懐けたと言う事なのだろうか?


そうなるとその戦力だけで大きく戦況は変わる事となるだろう。


「バイゼルド王ザッカード……武勇もさることながら戦慣れをしております。こちらはドルマディアと異なり、寡兵を配置してゲリラ戦術で来る可能性があります。仮にそうなったとしても……『龍騎兵』を散らして広い範囲で攻撃すれば対処が可能です」


たとえゲリラ戦法と言うものは寡兵で大軍を相手取る時に使われる。足止めや敵の数を着実に減らす時には非常に有効的だ。


しかし……龍騎兵を投入すればどうなるか。


龍種なら寡兵で展開していても、一騎で相手をする事ができる。隠れている場所ごと全てを破壊し、そして燃やし尽くせば良いのだ。


アレスの言葉にイストレアの3人は言葉を失う。

2つの国に対応する戦術、そしてそれを可能にする兵の強さと龍種という戦力……想像を超えた力に心強さ以上に恐怖を覚える。


アレスはここでふと、話を変えた。


「あぁ、そういえば1つお願いがあったんです」


突然の言葉に思わずアルフレドは構えて答える。


「何でしょう?」


アルフレドの表情を見て、アレスは思わず苦笑しながら口を開いた。


「あぁ、そんなに構えないでください。探し人ですよ……」


一呼吸置いた後、アレスは言葉を続ける。


「バイゼルドの王族の生き残りを探しているんです。確か……ザッカードの末の弟であるレオンハルトという人物だったと思います」




アレスとシュウが去った後……イレーヌは小さく溜息をつき、エルダンは崩れ落ちるように姿勢を崩した。対してアルフレドはじっと地図を睨みつけている。


「想像以上の御仁だな……」


エルダンの呟きにアルフレドは頷く。


一言で言うなら恐ろしい……出来る事なら関わり合いたくないほどだ。


「ですが……味方と思えばこれほど心強い相手はいないかと思います」


アルフレドの言葉に返答したのはイレーヌである。


「アルフレド……私は決めました」


そう言うとイレーヌは静かに立ち上がった。


「我がイストレアはあの方とともに行きます。確かに……私も恐ろしい方であると感じました。しかし同時に……ここしばらくはなかった安堵感も覚えました。あの方はこのイストレア……いえ、ひいては東大陸のために我らを導いてくださる方だと思います」


イレーヌの言葉にアルフレドもエルダンも頷いた。


「それ故に……私は全面的にあの方を支持します。そして……『できうる限りの強い絆』を辺境伯領とイストレアが結べる様、努力するつもりです」


その言葉を聞き、アルフレドは真意を読む様な眼差しでイレーヌを見つめ、エルダンは思わず空を仰いだ。


しばらく訪れる沈黙。そしてそれを破ったのはエルダンである。


「陛下がお決めなさったのなら我らも腹をくくろう。我らは今後、かの御仁がやりやすい様に動く。まずは……バイゼルドの王族探し。そして……」


「我が国の貴族の動向ですね」


エルダンの言葉に被せるようにアルフレドは口を開く。


「うむ……今、辺境伯殿に見限られたら我らは滅びを待つのみだ。奴らの様子を見る限り碌な事はするまい。奴らが動く前に早急に手を打たねば」


そう言うとエルダンはイレーヌの方に視線を向けた。


「陛下……今までは陛下の御心を考え、我らも対処せず彼らを放置してきました。そして彼らは慢心し、今この国を滅ぼさんとしております……」


「エルダン……分かっております……」


イレーヌは苦しそうな表情を見せながらもエルダンの言葉を遮り……そして続けた。


「本来なら……この様な事はやりたくはありませんでしたが……国や民の安寧に変えられません。『良き様に』図りなさい」


エルダンとアルフレドはその言葉を聞き、深々と頭を下げた。


アレスがイストレアに入ってから僅か数日の後に……イストレアもまた今まで手をつけてこなかった『貴族』の問題に対し、大きな変革を迎える事となる。





やばい……ストックが尽きてきた……

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