東征 その4〜武の極致〜
ガキンッ!!
鉄と鉄がぶつかる音が戦場に響きわたった。
その音は戦場の中心から発せられたものだ。
そこには2人の男が、得物を合わせている。
「貴様だ。間違いなく貴様だ!!この圧倒的は武威はっ!!」
ザッカードは興奮していた。己が全力の一撃を受け止める男がいるとは。
「遅かったじゃねぇか。待ちくたびれたぜ」
荒い口調で返答するダリウスもまた、その表情に笑みを浮かべていた。
お互い得物を引くと、共に薄ら笑いを浮かべながら相手の様子を眺める。
ザッカードは目の前の男を見た。
身長は己と同じぐらいの大男。
むき出しの筋肉が隆々としており、その佇まいは気品を感じるほどだ。得物も見た事のないものではあるが、間違いなく業物だろう。
乗っている馬は魔獣と思われる。黒い艶のある毛と紅く輝く獰猛な瞳が普通の馬でないことを伺わせる。
対してダリウスもザッカードを見た。
身の丈同程度。全身の筋肉が発達し、まるで筋肉ダルマの様相だ。その身体を覆う黄金の鎧兜。手に持つハルバード からは黒く禍々しい魔力が溢れており、明らかに魔槍である事は明らかであった。そして、その騎乗しているモノ……馬でも牛でもない、明らかに魔獣だ。青い毛に覆われた1つ目の牛型の魔獣……黒く輝く二本の角は鋭利な刃物のようだ。
そんな2人の様子見をやめさせたのは……ダリウスの愛馬であるデスサイズの嗎であった。デスサイズもまた、己が相手に興奮したのであろう。
まるでそれを合図と言うように、2人は猛烈な勢いで、突撃していった。
「おおおおおおおおおおおおおっ!!」
「かあああああああああああああ!!」
2人の得物がぶつかりあうたびに見えない衝撃波が辺りに広がっていく。
5合、10合、20合……武器を合わせた数がかなりの数になったが両雄一歩も譲らない。
「ブモッ!!」
「ブルッ!!」
ダリウスの愛馬デスサイズも、そしてザッカードが跨る牛の魔獣も主人を後押しするかのように引く事はない。ただ、その鋭い視線を相手にぶつけていく。
武器が合わさる回数が50合を超えようとした時……2人は再び距離をとった。
言葉はない。だが……今槍を交わした事で2つ理解した事がある。
1つ。
戦い方が似ていること。
そして2つ。
本気を出さねば、目の前の男は倒せないということ。
「楽しい!楽しいぞ!!」
凶悪なまでの笑い声でそう叫ぶとザッカードは裂帛の気合いをあげた。
「かぁぁぁぁぁぁあああ!!」
その声とあわせて、ザッカードは己がハルバードを頭上に掲げた。ハルバードからどす黒い瘴気が溢れ、それがザッカードの身体を覆う。
ザッカードの身体から瘴気が漂い始め、その瞳の色が紅く輝き始めた。
「始めて見る身体強化法だな……」
ダリウスはそう呟きながら訝しげにザッカードを睨みつける。
彼の身体強化法はまるで魔族だ。
魔力、そしてごく稀に己や主人であるアレスのように闘気を使って己が限界を超えるものがいるが、瘴気を使うとは……
ダリウスは一つ小さく息をつくと、
「ハァァァァァァァァ!!」
と深い呼吸を行った。それに合わせて金色の闘気がダリウスを覆う。
「さぁ、二回戦と行こうか!簒奪王!!」
こうしてダリウスとザッカードは再び槍を合わせる事となるのであった。
◆
キン!
ガキン!!
彼らの槍を交わす音が戦場に響き渡る。そして槍が合わさるたびに尋常じゃないほどの風圧があたりの地面を抉るのだ。
ダリウスはそんな風圧を物ともせず、方天画戟を繰り出す。
しかしザッカードもさるもの、その剣筋を見極め身体を捻りながら、交わし……次の瞬間己がハルバードを横薙ぎにする。
ダリウスもまた、その一撃が分かっていたかのように攻撃を止め、それを受け止める。
一進一退の攻防が続いていく……
その姿を周りは見守る事しかできない。
「……どうしたら……」
その戦いを見守っていた、とある若い兵士が呟いた。
「どんな事をしたらあんな風に強くなれるんだ?」
名もなき若い兵士の戦場での呟き。本来なら誰もが無視をするそんな一言に、隣にいた老練な兵士が返事をした。
「捨てる事だろ?」
「は?何を??」
「人をさ。人を捨てる事で、きっとあれだけの武の極致に行き着くのではないか??」
目の前に繰り広げられている武技。それは人の技ではないのだ。
若年の兵士は老練な兵士の言葉を噛み締めながら、食い入る様にその姿を見つめているのであった。
◆
ザッカードはすこし焦りを覚え始めた。
己が生を受けてこれほど戦えた者を彼は知らない。
ほとんどの者が彼の一撃を受ける事もできず、今までその命を散らしていった。
そう、彼の父も含めて、だ。
ところが目の前の男はどうだ。
彼の一撃をしっかり受け止め、それどころか反撃を仕掛けてくる。そしてその一撃もまた未だ嘗て経験した事がないほど重い……
(この世は広い……この様な男がいるとは)
対するダリウスも驚きをもって槍を振るっている。
(これは驚いた。主やシグルド、シュウと同等の武ではないか)
ただ、ザッカードと決定的に異なる事。それは己と同等の戦士を知っており、そして死闘を経験している事だ。
彼の周りには彼同様、武の極致へと辿り着いている者たちがいる。
シグルドしかり、シュウしかり、そして主人であるアレスしかり。
彼らの存在を知っている事で、ザッカードより落ち着いて槍を振るう事ができている。
だが、そんな余裕は現在の2人にとっては微々たるものだ。
ダリウスもザッカードも……槍を合わせる前には笑みを浮かべていたが、今はそれはなくなっている。
その姿だけでも彼らが今限界の中で戦っているのがよく分かる。
始まってから幾合すぎたころか。
2人が再び槍を引き、距離をとった。
その時であった。
ザッカード軍左翼の方面から、未だ嘗て戦場では見た事がない、異様なまでの軍勢が現れたのは。
「おう、ダリウス。楽しそうな事をしてるじゃないか」
愉快そうな声が緊迫していた戦場に響きわたった。
そう、先頭にいた男が空気を読まずに、そう話しかけたのだ。そしてザッカードはその出で立ちにギョッとする。
その男は……龍種に跨っていたのである。
「おいおい、敵左翼はどうなったよ?」
「そんなのすでに潰したに決まっているだろう?」
「はっ。流石、龍種だ」
笑い合う2人の男。しかしザッカードはその言葉を聞き、後方に視線を向け……そして小さく舌打ちをした。
そう、彼の視界に入ったのはその後ろにいる数多の龍種であった。
彼はそれを視界に入れた後、すぐさま行動に移す。
急遽馬首を反対に向けたのだ。
あの数の龍種相手に戦うのは部が悪すぎる。そしてあのダリウスに話しかけていた男……あの男もバケモノだ。今ここで、バケモノ2匹を相手取って戦うのはまずい。
ましてや……右翼は敵に飲まれ、左翼も今潰されたと聞く……
「……っておいコラ、待てっ!!」
ダリウスの言葉に返事をせず、ザッカードは走り出す。
「貴様の事……必ず忘れぬ……」
そう紅い瞳で睨みつけるとザッカードは元来た道を戻っていくのであった。
◆
ザッカードは単騎、並み居る辺境伯軍を蹴散らし、自陣へと帰っていった。
そして、即時全軍に退却を命じる事となる。
しかし、その判断は遅く、彼の軍はほぼ壊滅状態となっていた。
こうしてイストレアに侵攻してきたバイゼルド軍は、こうしてほぼ壊滅の憂き目にあうことになったのであった。
ドルマディアとバイゼルドの退却。それは今までの東方諸国にはなかった事である。
彼らの敗北は、この東方諸国において大きな流れの始まるとなるのである。
ダリウスの話は本当に書きやすい……
彼が出てくると……完全に主人公が食われますね……
いつか彼が主役の物語を書いてみたいなぁ……




