東征 その3 〜初戦 対バイゼルド〜
バイゼルド国王ザッカードは訝しげに前方を見る。
イストレア領内に入った2日後。
不可思議なほど用意されていた村々の食料で英気を養い、満を持してイストレア王都に向かおうとしていた矢先。
彼の目の前に、未だ嘗て見たことがない軍勢が現れたのである。
「何だ……?奴らは……」
ザッカードはそう呟く。
彼が蹂躙してきたこの東大陸では見たこともないような軍隊。それを見て、彼は戸惑いを隠せなかった。
「イストレアにこんな軍団がいるなんて聞いてないぞ?」
イストレアに兵なし、とは有名な話だ。彼らは内政を重視し、軍備は他国に任せると言う戦略をとってきた。
それ故にこの領土に兵はいないはずなのだ。
だが、ザッカードの前に、数多の兵が整列している。統制され、規律ある行動をとる軍隊からはその練度をうかがうことができた。
「見ていても埒があかない。一度当ててみるか」
そう言うなり彼は左翼の軍を動かした。
そしてそれに呼応するかのように迅速に先方の布陣が変わっていく。
彼らを迎え入れるように2つに別れたと思うと、生き物のようにそれを飲み込んでいったのである。
一方的な虐殺が繰り広げられていく。これにはザッカードも絶句する他なかった。彼は慌てて右翼の軍勢に左翼を助け出すよう指示を送ろうとした。その瞬間であった。彼の目の前にあり得ないものが見えたのは。
「どういう事だ……?ドラゴンだと!?」
そうドラゴンが現れ、右翼の軍勢に襲いかかったのである。そのドラゴンの後に続くのは敵の軍勢。彼らが勢いにのって突撃してきたのだ。
「陛下!?左翼右翼共に大きく数を減らしております。いずれこの本陣にも敵が来るやもしれません。一度引いた方が……ぐぁっ!!」
しかしそんな己が身を案じる家臣の口を閉ざしたのは、ザッカード本人の剣であった。
「ふざけた事を言う……一体どんな奴なのか見てからの方が良かろうに」
自軍は確実に崩壊している。右翼も左翼も阿鼻叫喚の様相だ。なのにもかかわらず、ザッカードはニヤリと壮絶な笑みを見せた。
そして、己が愛槍である禍々しいまでの魔力を帯びたハルバードを手に取り、己が愛騎である一つ目青毛の牛型の魔獣に跨る。
「さて、面白くなってきた。その面を拝んでやろう」
彼はそう言うなり、右翼にも左翼にもいかず敵軍勢の中央に向かっていったのであった。
◆
「動きやがったな」
「はい。直接こちらの方に向かってくる様子です」
ダリウスの返答に『龍の目』の密偵が答える。
「予想通りだな。この状況になれば奴は大将の顔が気になって突撃してくると思ったんだ。シグルドには悪いが当たりは俺だな」
ダリウスは右翼に突撃するシグルドに向けて、自分は中央にとどまると、伝えていたのであった。
訝しげにこちらを見ていたシグルドであったが、それを了承し右翼に突っ込んでいったのが先刻前。そしてダリウスの予想通りザッカードは一方的な虐殺が展開されている右翼や左翼を無視して、中央に襲いかかったのだ。
「まぁ、奴の狙いとしては大将首を取る事も狙いかもな」
「大将……といってもダリウス殿にシグルド殿、二人おりますが……」
「そんな事奴が分かるわけないだろう。奴も勘でこちらに向かってるんだから」
そう言うとダリウスはニヤリと笑って立ち上がった。
「さて、奴を迎えてやろうか。どんな顔のやつなのか楽しみだ」
◆
ザッカードは無人の野を走るが如く、シュバルツァー辺境伯軍を駆け抜けていく。
精鋭の辺境伯軍をしてもその勢いを止める事は出来ない。
ザッカードが向かうのは敵中央だ。理由はない。直感だ。だが、彼には分かる。そこに間違いなく『いる』のだ。化け物が。
そんな彼の前に立ち塞がったものがいる。
「勝手な事をしてくれる……この俺が相手だ!!」
声の主はダリウスについて、軍を率いていた弟のエアハルトであった。
エアハルトの様子を眺めながら……ザッカードは鼻で笑った。
「ふん、こいつじゃない」
「何のことだ?」
「……貴様じゃ役不足という事よっ!!」
そういうなり、彼の存在を無視するかのようにザッカードは愛騎を進ませた。
「……くっ!!馬鹿にしやがって!!」
エアハルトは激高し、そして槍をザッカードに向けて突き出す。
その時だった。
「うせろっ!!雑魚がっ!!」
ザッカードのハルバードが一閃する。慌ててエアハルトもその一撃を受けるが
「がはっ!!」
今だかつて受けた事のない衝撃が全身を貫く。そして、己が愛馬ごと、横に吹き飛ばされたのであった。
「ぐはっ!!」
地面に叩きつけられ、エアハルトは呼吸ができなくなった。しかし、第二撃を防ぐために構えなければいけない。
霞む視界を凝らして、槍を構えたその時……
すでにザッカードは遥か遠くに行った後だったのである。
ザッカードからすれば彼は取るに足りない相手……言わば雑兵となんら変わりない存在であったのだ。
彼が狙うのは……この戦場に感じる2つの圧倒的武威をもつ者。
ザッカードはただ直感だけを頼りに突撃を繰り返し、そして……
見つけた
「貴様がここの大将かぁ!!」
そう言うなりザッカードはハルバードをその武威の者……ダリウスに向けて振り下ろしたのである。
◆
圧倒的な『暴力』が近づいてくるのはわかっていた。
ダリウスはデスサイズに跨り、愛槍『方天画戟』を小脇に抱える。
「おう、お前も分かるか」
いきり立つデスサイズを宥めながら彼はその『気配』がする方角を眺めた。
「おい、もう一度銅鑼をならせ。奴には近づくな、と」
ある一定のリズムを銅鑼が刻んでいく。この合図は『敵大将の相手をするな』の指示である。
「無闇矢鱈と命を捨てる必要はない。命を大切にしろ」
それだけダリウスは言い残すと、前方に向けて走り出した。
「さて、勢いよくきやがった。楽しませて貰おう!!」
こうして、ダリウスとザッカード……歴史に残る名勝負を繰り広げる猛将同士の戦いが幕を開けたのである。
最近思うのですが……
ダリウス出てくると、完全にアレスは食われてしまうような……




