東征 その1 〜初戦 対ドルマディア〜
いよいよ東征が始まります
東征 その1 〜初戦 対ドルマディア〜
「ギャァァァァァア」
「ギシャァァァァァア」
辺り一帯から魔獣の悲鳴が響き渡る。
「ギシャァァァァァア」
ゴブリンの首が舞い、オークの腕が転がる。
ゴブリンやオーク、オーガといった人型魔獣を主力としたドルマディア軍の一部がイストレア北部のとある村に入った、その数日後の出来事。
彼らがドルマディアの一軍として、イストレアに入った際……とある一つの村を見つける。
そして、彼らはこの村を発見し……狂喜乱舞をする事となったのである。
それは……村の中央に食料や財貨が積まれていたからである。
魔獣達は歓喜した。
この村の連中は臆病だ。財宝を残して逃げやがった……と。
彼らは人の形をているが、本能のままに動く魔獣に他ならない。
深く考えることもなく、皆喜んでそれを食い荒らし始めたのである。
彼らを指揮していた魔人達も同様であった。食料とともに置かれていたのは、金銀の財貨。魔人は財貨を好む。
奪った物は全て自分のものである。
それが魔族のルール。
そのため皆先を争うようにそれを奪い合い、我が物とするのに必死になっていたのだった。
そんな彼らにとって、唯一の不満はこの村に『人間』がいない事であった。
人型魔獣にとって人間は貴重な財産である。
雌は子袋に。雄はオモチャとして。
しかし、この村にはそれがないのだ。
時折、家の中に逃げ遅れたのであろう者達を見つけるのだが……彼らが満足するほどの数ではないのである。
だが、それを補って余りあるほどの食料と財貨。ここを喰らい尽くしたら次に向かえば良い……
人間がいないのなら、次の村を襲えばいい。今はこの財貨、食料を食い尽くそう……
彼らは欲望に忠実にそれらに夢中になっていた……
そう、それが罠とも考えることなく。
◆
村々に大量にあった食料を食い荒らしていたドルマディア軍に突如、赤い軽装の騎兵が襲いかかったのは、その2日後の事である。
彼らは組織された動きを用いて狭い村々を縦横無尽に駆け回り、魔族の軍勢を撃ち減らしていったのである。
「い……一体何事なのだ……!?」
この村にいた魔族を率いていた魔人の将軍は慌てて滞在していた村一番の屋敷を飛び出し、辺りを見渡す。
そして……彼が目にしたのは一方的な虐殺であった。
始めに襲いかかってきた赤い騎兵は容赦なく魔獣を殲滅していく。そして彼らが通り抜けた後、黒い騎兵が生き残った魔獣を蹂躙していく。
赤い騎兵は軽装であるが黒い騎兵は重装だ。彼らが通り抜けた後はゴブリンもオークも皆ミンチ肉となっていく。
そして……最も恐るべしは白い腕輪をしていた戦士達。その戦闘する出で立ちを見れば、少数なれど圧倒的な力を持つ集団なのは遠目からでも理解できる。
「馬鹿な……たかだか人族に我らの軍がいとも簡単に……」
「おい」
焦る魔人に唐突に声をかけたのは一人の大柄な体躯の男である。その横には男女合わせて数名の者達。いずれも先程見た白い腕輪をしているのが特徴的だった。
「お前……この軍の将だな?」
「なっ……下衆がっ!!人族の一兵卒ごときがこの俺に話しかけるか!?」
怒鳴りつける魔族を無視して、大柄の男は話を続ける。
「しかもその魔力……魔人だな。おい、俺たちはラッキーだ。魔人と戦えるぞ」
大柄の男はそう言うとニヤリと笑った。
と同時に魔人はその笑みを見て不快な気持ちになった。
こいつら、遊んでやがる。
この魔族の俺を捕まえて。
「うちの大将達が相手をするまでもない奴だからな。俺たちで楽しむとするか」
そう言って、その身体同様に大きな剣を構えた瞬間、大男からとてつもなく大きな魔力が溢れ出た。その時である。
「おい、バラン。抜け駆けするなよ」
彼の横からひょっこりと痩せ型の青いバンダナの男が現れる。
彼の手には一本の長剣。そしてその纏う魔力は大男と同等。
「あんた達……勝手に何、話を進めてるのよ」
「……」
気付けば、赤髮の槍を持った女や長髪の無口な男も現れ、同様に魔力を高めているのがわかった。
「分かってるさ。だが……気持ちが高ぶってならねぇな。魔人と戦うのは初めてだ。どれだけ、自分が通用するのかずっと試してみたいと思っていたんだ」
魔人はそんな連中の様子を見て、冷や汗をかく。
こいつらは……相当の腕利きであり……魔人相手に臆してなく……そして確実に俺を仕留めるつもりだ、と。
この後、彼が取った行動は、間違いなく正解であっただろう。彼は振り返ることもなく、その場から立ち去ろうとしたのだから。
しかし
何処からか、鋭い魔力を帯びた矢が彼の足を襲い、足を止めることとなる。
そして振り返った彼が見た最期の光景は……
4人の男女が恐ろしいほどの速度で自分に襲いかかる姿であった……
◆
魔獣の悲鳴が響き渡る村の様子を丘の上から眺めながら、アレスはゼッカからの報告を聞いていた。
「この村に潜んでいる魔獣達は一掃した様子です」
「……生きている者達は?」
「逃げ遅れていた者達を何名か発見いたしました。後は……おそらく以前に囚われ、連れてこられた婦女達を」
「……わかった」
アレスはゼッカからの報告を聞き、瞑目する。
アレスはアルフレドに龍の目を通じて各村の住人を退避するよう指示を出していた。しかし、突然の事に逃げ遅れるものも出てくる。
魔獣が闊歩する中、息を潜め隠れて生き延びる……想像を絶する精神状態だったであろう。ましてや……それ以前より囚われ、連れてこられていた婦女達がどうなっていたか、など聞くに耐えない内容であることはすぐに想像できた。
「赤軍から何名か選び、彼らを辺境伯領に送るよう伝えてくれ。心のケアが必要だ」
「承知しました」
アレスはそう言うと視線をゼッカから再び村の方角に向けた。
「特に強い『魔力』や『闘気』を感じない…………ハズレだな」
「はい。オークキングらしき魔獣は見当たりませんでしたので……」
アレスは小さくため息をつくとゼッカに笑みを見せた。
「じゃあ後はシュウに任せる事としよう。我々はここを制圧した後、イストレアの都に移動をする」
アレスはそう言うと風魔法を使い、全体に指示を出した。
「今いる魔獣を全て『殲滅』した後、我々は出立する。一刻後までに全てを終わらせよ」
◆
「おい、聞こえたか?」
バランはそう言って無精髭の口元に笑みを浮かべながら、後ろを向いた。
「アレス様からとっとと終わらせろと指示が出たぞ」
「あぁ。まったく大将も酷いもんだ。少しは休みが欲しいって」
そう言って魔獣達の屍を踏みしめながら、逃げかけていたゴブリンにとどめを刺していたフリックは笑いながら軽口を叩いた。
ごくありふれた軽口ではあったが、それに強烈に反応した者達がいる。
「ねぇ!!ちょっと不敬じゃない?」
「…………」
同じ白軍のカリーナとキルである。
フリックの軽い一言に明らかに不快な顔をしながら、カリーナは横にいたオークの頭に槍を叩き込んだ。
その横にいた長髪の剣士、キルもまた不愉快そうな表情で近くのゴブリンの首を切り捨てる。
その様子を見てやれやれとばかりにフリックは苦笑した。
「……そんな顔するんじゃねぇよ。フリックだって本気でアレス様に対して言ってるわけではないんだからよ」
2人の顔を見てバランも苦笑する。
たしかにアレスの事を神の如く慕っている者達からすれば、今の一言は不愉快な発言だったのかもしれない。
だが……
たかだかそんな会話で顔に出すほど不機嫌にならなくても良かろうに。
普段冷静なカリーナがあれだけブレるのは……魔人と戦った興奮からかもしれない。
そして彼女は不機嫌になるとすぐに何かにあたる。現に今、彼女はとどめを刺したオークを何度も槍で刺しており、哀れオークは原型が留めないほどの肉塊と化している。
そんな注意をしたバランに対して、カリーナは口を尖らせながら、言い返した。
「ふん。珍しいじゃない。アレス様の『狂信者』と言われるあんたが怒らないなんて」
「……はっ!そりゃあ昔なら多少頭にきていたかもしれないけどよ。フリックとの付き合いも長いしな」
そう言ってニヤリと笑う。
「こいつだって、俺に負けず劣らず『狂信者』なんだぜ?」
会話の矛先が急にまわってきたことに舌打ちをし、フリックは口を開いた。
「あーうるせー。余計なこと言うんじゃねえぞ」
フリックもまた不愉快そうな表情に変わった。すると後ろから声をかける者が。
「御託はいいからとっととここを終わらせようよ。雑魚ばかりで飽きてるしさ」
弓を抱えているロビンはそう言うなり、遠くにいるオーガの額に矢を当てた。
「ってかさ、白軍に入っている時点であの人の『信者』なわけでしょ。今更何を言ってるんだか」
ロビンの言葉に他の者達もニヤリと笑う。
そう、その通りだ。
他国では……いや、アルカディア帝国でも一軍を任せてもらえるであろうほどの腕の持ち主だ。彼らが一兵士としてあり続けるのは偏にアレスの存在に他ならない。
「さて。じゃあちょっと本気を出してこの辺の連中をぶっ潰すか。そこの魔人ぐらいだと倒し甲斐があったが、こいつらだと何にも面白くないからな」
バランが顎でしゃくって示したところには……一つの首級が転がっていた。
そう、先程の魔人の首である。
彼らにとって魔獣の殲滅は、たわいもない小話をしながら行う程度のことなのである。
バランの声に頷きながら、白軍達の面々は再び魔力を高め一方的な殺戮を行なっていくのであった。
さて、お待ちかね?いよいよ東征が始まりました。
ここから政治的にも軍事的にもドロドロな展開です苦笑
でもそれが……戦争なんでしょうねぇ……
二つの最悪な国に対し、アレスがどのような行動をとるのか……楽しんでもらえたら、と思います!!
それにしても……最近白軍のデコボコチームの面々を書くのが楽しい。今回もこんなに長くなるつもりはなかったんですけど、楽しくなって書いちゃった……
ちょっと独立した話、作ろうかなぁ……笑




