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イレーヌ・イストレア

今回の話……嫌な人は嫌かもしれません……

イストレア王城の中心部、王の間にて。


イストレア王国を司る者達が一様に集まり対応を検討していた。


中央奥、王の座を中心に左右に分かれて多くの貴族が自分の意見をぶつけ合っている。


「ドルマディアがすでにこちらに向かっているとの事!急ぎ手を打たねば飲み込まれるぞ」


「いや、東から来るバイゼルドもすでにトロントを超えたと聞く。我らの領地にある最初の村に到達するのも時間の問題だ」


「今から降伏すれば間に合うのではないか?」


「いや、どちらにしても手を打つのが遅すぎる……どちらかに降伏してもどちらかに食われるのが目に見えているではないか……」


王の座に近い場所にいる筆頭外交官アルフレドはその喧騒を冷めた目で見つめていた。そこでふとこちらに向けられている二人の視線に気がつく。


一人はこの王の座に座るイストレアの主、王妃イレーヌ。もう一人はその左横に座している、王妃イレーヌの叔父であり、長年宰相を務めているエルダン・オクスフォードである。


アルフレドがそちらに視線を向けるとイレーヌはそれに気付き、険しい顔を少しだけ緩ませた。


そんなおり、貴族達の話し合いの方向が変わっていく。どうやら二国間と上手い条約が結べなかったアルフレドに矛先を向けたようだ。


「それもこれもアルフレド!其方が二国と上手く交渉できなかったからだ!」


「そ、そうだ!!其方は筆頭外交官として抜擢された恩を忘れ、仕事をサボって……」


「所詮、陛下の温情に縋った下級貴族。能力が低いものに任せる仕事ではなかったのだ……」


「そこまでにしなさい」


罵倒に変わった貴族の言葉をイレーヌは聞くに耐えないとばかりにピシャリと打ち切った。

静まり返る広間。そしてそれに変わって口を開いたのは宰相のエルダンである。


「……そもそもかの地に行き、これだけの情報を集め、まとめたのはアルフレドだ。また防衛線としてトロント、ホルスと同盟を纏めたのもアルフレドである。その功績は非常に大きいとは思わぬか?アルフレドをそれだけ批難するなら、其方達が代わりに二国に行くか?」


「…………」

「……いえ……」


青ざめる貴族一同。


「ならば黙っているのだ。それに……今更何を言っても奴らはくる。内通しようとも、無駄な話よ」


エルダンはそう言うと話し合いの終了を宣言した。何も決まらぬまま、その場はお開きとなったのである。




苦々しげな表情を見せながら貴族達は去り、その場に残されたのはイレーヌ、エルダン、そしてアルフレドの3名だった。


最後の貴族が去った後、彼らは緊張の糸が切れたように三者三様に深く息を吐いた。


「まったく……平和ボケにも程があるわ。奴らの顔は覚えたからな……後で処罰対象にせぬと寝首を掻かれるわ」


エルダンはそう恨めしげに愚痴をこぼす。


「……まぁ、『後』があれば、の話だがの。でアルフレド、手を打ったとは聞いているが?」


「はい。国境線の村々の人々を避難させ、代わりに食料や財貨などを撒いておきました。暫くはこれで足止めできるでしょう」


そう言うとアルフレドはイレーヌに視線を移して言葉を続けた。


「そして……すでにシュバルツァー辺境伯領より軍が出立したと、彼の密偵より連絡が来ました」


「……!?もうこちらに向かっていると言う事ですか?」


「はい。すでに数日前より連絡は受けておりました。財貨や食料もその密偵から受けた辺境伯閣下の指示です」


アルフレドの言葉にイレーヌもエルダンも黙り込む。


「しかし……我が国の命運を他国のものに預けるとは……なんとも複雑な心境じゃな……」


「しかし……それしか方法はありません。ドルマディア、バイゼルド、どちらに降伏しても食い尽くされるのみ。辺境伯閣下は……古今の英雄です。間違いなく食いつぶすのではなく、我々を助けてくれます」


アルフレドの言葉にイレーヌは瞑目し……そして静かに決意した表情で口を開いた。


「アルフレド……数年前の『あの日』よりこのイストレアの命運を貴方に託す……そう心に決めておりました。どうか良いようになさってください」


アルフレドはその言葉を聞くと、彼の敬愛する主人に深々と頭を下げるのであった。




「アルフレド。お待ちなさい」


エルダンが退出し、アルフレドも部屋を出ようとした際、イレーヌは彼を呼び止めた。


「……如何されました?」


「本当によろしいのですか?」


イレーヌの言葉にアルフレドは首を傾げる。


「貴方は私を守ろうとして、辺境伯殿に取り入ったのでしょう?たとえ、彼がイストレアを守ってくれたとしても、貴方が売国奴として生涯蔑まれるのであれば……」


イレーヌが心配しているのはイストレア貴族が彼を非難する事であった。


「アルフレド。私の覚悟は決まっています。ドルマゲス王やザッカード王の性奴隷となっても構いません……」


「陛下……」


「貴方がこの話を隠していたのは知っています。私が彼らの性奴隷となる事を条件に降伏を受け入れてくれると言う事を。私のような年増の女の貞操で、多くの命が助かるというのであれば……」


「陛下、やめてください」


イレーヌの決意をアルフレドは強い口調で遮る。


「奴らはどのみち、陛下を犯した後にこの国を食い潰します。あんな話に耳を傾けてはなりませぬ」


そして彼は複雑な表情を見せる。その表情を見てイレーヌは口を開いた。


「アルフレド……貴方も何か考えがあるのでしょう。例え言いにくい事でも全て言ってください」


黙った後にアルフレドは意を決意したように話を始めた。


「陛下……先程『覚悟』……があると仰いましたか?」


「……ええ。私の身体なぞで国が救われるなら喜んで差し出します」


「もし、覚悟がお有りなら、別で使っていただきたいのです」


アルフレドはそう言うと、すこし複雑な表情を見せながら衝撃的な言葉を放った。


「アレス・シュバルツァー辺境伯に抱かれてください」


「……!?」


「そして出来る事なら子を身籠ってください」


流石に絶句するイレーヌ。

アルフレドは暫く瞑目した後、再び口を開いた。


「イストレア王国は……いえ、この東大陸の全ての国は恐らくどう転んでもその命運が尽きる事になるでしょう。アレス・シュバルツァー辺境伯は……恐らくこの東大陸の全てを変えると思います」


アルフレドの言葉にじっと耳を傾けるイレーヌ。


「この東大陸にある国、全てが彼のものとなる……その際に我がイストリアは彼の『国』に飲み込まれる事となるでしょう。しかし、その中で少しでも良い立場でありたいと思うのです」


アルフレドはそう言うとイレーヌに視線を向けた。


「陛下がシュバルツァー辺境伯と縁を結べば……それはすなわち東大陸において強固な立場を手に入れると言うことになります」


「……シュバルツァー辺境伯がその申し出を頷くとは思えませんが?彼は私よりずっと年下で、そして……その奥方達に随分と遠慮していると聞きます」


「確かに人道的に正しい道を進む彼は嫌な顔をするかもしれません。しかし同時に彼は為政者として打算的な考えの持ち主でもあります」


アルフレドは一呼吸置くと再び口を開く。


「この東大陸において、古い歴史を持つイストレアと縁を結ぶ……それは東大陸を手に入れ、そして治める上で都合がいいはずです。それを彼が分からないわけがありません」


アルフレドの言葉に暫く考える様子を見せるイレーヌ。そして再び口を開いた。


「娘のエストリアを送り込めば?」


「それも考えました……ですがあの性格(たち)です。いくら国と国との取引とはいえ、殿下を納得するまでに時間がかかるかもしれません」


アルフレドの言葉にイレーヌもまた、あぁ、とばかりに頷いた。


これは恋愛ではない。政略であり、イストレアが生き残るための戦略なのだ。

もし、かの辺境伯に抱かれ子供を産めば、その子は辺境伯領においてイストレアを優位にさせる事ができる『道具』となり得る。


そのために、好きでもない男に抱かれ、その子を産むという芸当をあのじゃじゃ馬に出来るわけがない。


しかしイレーヌは違う。


自分の『家』の安泰のために年老いた先王に嫁ぎ、その子を産んだ。


今回は守るべき『家』が『国』に変わっただけのこと。だからこそ、その打算的な計算ができる自分にアルフレドはこの話を持ってきたのだ。


そして……この冷静なまでの判断と、それに伴う覚悟があるからこそ、先王存命中から、政を取り仕切り、そしてこのイストレアを栄させることができたのである。


彼女もまた、一代の女傑といってもおかしくない人物であった。


「私なんかで務まるかしら?」


首を傾げるイレーヌを見て、アルフレドは笑みを見せた。この方はご自身の事を理解していないのだ。


娘のエストリアも、もう縁談が可能の年。本来イストレア王家と強く結びたいのなら彼女の元に縁談が舞い込む。しかし……実際はイレーヌの元に数多くの縁談が舞い込む。


国内国外問わず、である。


イレーヌは美しい。そして男好きする肢体と嫋やかな性格だ。だが……


それでは理解できない何か。

例えば『(おす)を惹きつける力』があるのではないか?


アルフレドはそう考えている。


「陛下はご自身の価値を低く見積もりすぎです。ドルマディア、バイゼルドの両王はイストレアと『陛下自身』を求めて攻めてきているのですよ?」


アルフレドはそう言うと再び頭を下げる。


「……陛下。正直、私としてはこの話をするつもりはありませんでした。もし、お嫌ならハッキリと仰って頂いて結構。恐らくこのようなことをしなくても辺境伯閣下は我らを大切にしてくださるはずです。言うなれば……保険のようなものなのですから」


「構いません。アルフレド」


アルフレドの言葉にイレーヌはきっぱりといった。


「先ほども言ったように、私は覚悟ができております。イストレアのためならば……いかようにも私を使いなさい」


と。







かくして、東大陸はイストレアを中心に混沌と化す。そしてそれは、英雄皇アレスの飛躍の物語に繋がるのである。







不快な思いをされた方、申し訳ありません。


特に……純愛的な話が好きな方には不快すぎる話だったと思います(って、もはやこの話、純愛とはかけ離れていますが……)


書いている自分も、女性を道具として見立て、男も女もそれを利用するという内容……何度か辞めようか検討したのですが……(ライトなせんきを目指してるのに、最近どんどん重くなっていくような気が……)


結局アップしました。


政治的、戦略的に、古来よりこの手の話はごまんとあります。ただの純愛的な話では……歴史は動かないかなぁと。


勿論、ここからアレスがどう判断し、イレーヌの気持ちがどう変わるのか。そこら辺は……楽しんでもらえたら、と思っております。よろしくお願いします。

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