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トランベルグの鉄騎公 その1

「報告します!左翼に布陣する軍勢は壊滅っ!!」


「報告します!!後方に位置していたモントロール伯の軍勢も撤退っ!!」


「報告します。トランベルグ軍はすでにこの地におらず、何処かに引いた様子」


アルカディア軍、トランベルグ方面の総大将を務めているバーバリア侯爵ゲリオスは次から次へとくる報告を聞き、近くにあった椅子を蹴り上げた。


「くそっ!!次から次へと悪い知らせばかり……どいつもこいつも俺の足を引っ張りおって!!」


ゲリオス・バーバリアは武門の名門の一つ、バーバリア家の若き当主である。年齢は20代半ばほど、赤茶色の強付いた髪をもち、その頰は髪と同じ色の頰髯を蓄えている。隆々とした筋肉の持ち主であり、また、非常に身長も高い。


侯爵家としてアルカディア帝国貴族では上級貴族に属し、現在はアルカディア軍に置いても、一等武官、そして帝国軍第2軍団長を務めていた。

カルロス第一皇子やルドルフ・ザクセン大公公子、そしてあのアレス・シュバルツァー辺境伯とともに次世代の勇将として目されている人物だ。


ハルバードを持てば天下無双、そして戦場においては先陣を走る姿は将として兵達を奮い立たせる猛将タイプの武将として勇名を馳せている。


だが、そんな彼には致命的と言えるの欠点があった。


それは……


非常に強い虚栄心と野心の持ち主


である事だ。


その野心に際限はなく、それを達成するためなら、たとえ親友や親族であろうと切り捨てるほどである。

それ故に、その勇名を慕うものは多けれど、同時に彼を信頼するものは皆無である、と言われるほどだ。


彼がこの戦に参戦し、サイオンの下についたのは大功を得ることで、更なる高みを目指しているからである。本来、彼の性格を考えると、サイオンの下にはつかない。それほど彼はプライドが高い。


しかし、そうも言っていられない事態が起きてしまった。それはアレス・シュバルツァーの『征夷大将軍』への着任である。


この話を聞いた時は歯噛みして悔しがったものだ。彼にとって、自分を飛び越えて大出世を果たしたアレスは目の上のコブになっていた。


それ故に今回の戦では期するものがある。


『奴が征夷大将軍なら自分はもう一つの軍事の頂点である《大軍帥》になってもおかしくはないはずだ』


ここ数十年、落とす事が出来なかったトランベルグを落とす事。これはアレスのなし得た功績よりも大きいだろう。それ故に彼はサイオンの下を訪れ、己をトランベルグ方面の総大将にしてほしい、と直訴したのである。


サイオンにとってもこの事は渡りに船であった。

彼の派閥の弱点は、軍部に繋がりがなく、武勇優れる勇将がいないことである。


それ故にトランベルグ方面の司令官の人選は頭を抱える問題であった。そこに勇名高きバーバリア侯爵がやってきたのである。


彼は喜んでゲリオスをトランベルグ方面の総大将に任命したのであった。




しかし、ゲリオスにとってここで予想外の事態に陥ってしまう。


喜び勇んでトランベルグ方面に向かうものの、彼はある事に気付く。それは各貴族の兵の弱兵ぶりである。


彼が望む速さで進む事すらできず、またゲリオスの下に付いている各貴族達も不平を漏らす。


「くそっ!これだから文官貴族は……まるっきり役に立たぬ」


ついてこれるのは、シュバルツァー大公配下の軍勢をはじめ、数名の貴族の軍のみであった。


そうこうしているうちに、トランベルグからは容赦のない攻撃が始まる。


トランベルグ自慢の『鉄騎兵』達が、その機動力を生かし、伸びきっていたゲリオス率いるアルカディア軍を各個撃破し始めたのである。


数に勝るアルカディア軍であるがこれにはたまらない。事あるごとにトランベルグは弱いところを突いてくる。


ゲリオスが何もできない間に、アルカディア軍はその3分の1を減らされる事となったのであった。




ゲリオスは憮然とした表情でその日の評定を迎えていた。彼の元には一枚の大きな地図が開かれており、その周りには貴族達や将が座っている。2日前まではかなり多くの貴族や将達がいたが、半分ほどに減っている。皆、ほとんど討ち取られたか逃亡したかでこの場にいないのである。


「さて、今後どうするか意見を聞こうか」


ゲリオスはそう言うと不機嫌そうにギロリとその場を見渡した。


その声に誰も声を出すものはいない。皆、ゲリオスを恐れているのだ。

数名の貴族や将がゲリオスから遠くの方に座っている将に視線を向ける。


シュバルツァー大公家配下のローエンとアルベルト、二人の老将である。『シュバルツァーの双璧』として彼らの武勇は有名である。また、最高位の家柄大公家の直臣として一目置かれる存在である。

しかしそんな彼らもまた一言も発する事なくただ、動かず瞑目するのみだった。


そのような時、ゲリオスの側から突如声があがった。


「閣下、私は退却を提案いたします」


そう声をあげたのは古くからバーバリア家に付き従っている参謀、ガルム・ロックアームである。


彼もまた主人同様、筋骨逞ましい体躯の持ち主であり、すでに齢60を越えようとしているが、衰えは一切見られない。


主人同様、直情型の多いゲリオス軍において、策を立案し、実行する……いわばバーバリア家の頭脳のような存在なのだ。


「あぁ?今なんと言った?」


「退却をすべきです。閣下」


ガルムの声にその場が静まり返った。ローエンとアルベルトもまた、目を開きそちらの方に目を向ける。


「ふざけるなっ!!まだ俺は負けていないっ!!」


「いえ、このままいけば下手をすれば全滅になりますな」


ガルムはそう冷静に返答する。


「トランベルグ鉄騎公……恐ろしい男だと思いましたわい。各個撃破で数を減らすだけ減らし、大人数の利をなくす。そして、慌てて我らがまとまって布陣するれば、得意の中央突破を図り閣下の首を取る……彼の今までの戦略を鑑みれば、それが妥当な考えかと」


ガルムの言葉にその場は静まり返った。


「俺はたとえ中央突破されても討たれぬ自信がある」


「閣下の武勇はアルカディアにて一、二を争うものなのは周知しております。しかし、中心に突撃されれば、そしてそれを抑えることができなければ、軍は確実に崩壊します。現状、この地ではどこに布陣しても中央突破が図れる地です。あまりにも我らにとって不利。なれば一度この地を引くのも戦略でございます」


「っ!しかしっ!!それでは我らは」


「罰せられる事はありません。元々我らはトルキアに攻め入るための陽動としての名目があり、目的は達せられています。もし処罰があるならそれはサイオン殿にあります」


ゲリオスとガルムはそのまま視線を外さず、睨み合っている。


その時


「我らも参謀殿に賛成致します」


と末席の方から声が上がった。


その声の方を見ればシュバルツァー大公家配下、ローエンが手を挙げている。


「このままいけば確実に敵の掌で踊るようなものです。目的も達成した事ですし、ここらで引いてもケチはつきますまい」


ローエンはそう言うとニヤリと笑みを見せ、ガルムの方に視線を向ける。

目と目があったガルムはフン、と息をつくと視線を逸らした。


その後、その声に追随するものが多数現れる。

こうして評定は退却の方に意見が固まるのであった。




評定が終わった後、ローエンとアルベルトは自陣に戻るなり、今後の相談を始める。


「食えぬ男だの。あのガルムとか言う爺は」


そう言ってローエンは笑った。


「儂らを殿(しんがり)にしおってからに。まったく助け舟を出したのにのぅ」


軍の方針が退却に定まった後、その算段が話し合われた。


アルカディアに戻ったら各自領地に退却すべきである、と各貴族から意見があがり、ゲリオスもそれを了承。そのように決定したのである。


各貴族が声を揃えた帝都を通らず自領を帰るという案……表向きは兵たちを休ませたいという理由ではあったが、その本当の訳は各貴族も、そしてゲリオスも処分が怖いからであり、それをうやむやにするための判断であろう。


退却後のことはすぐに決まった。しかし紛糾した事もある。それは誰が殿(しんがり)を務めるか、という事だ。


トランベルグ軍が後を追ってくるのは間違いない事実。故にそれを自領の兵のみで受け止めなければならない殿(しんがり)を務めることは自殺行為なのは誰の目にも明らかであった。


そこで強く意見を述べたのは参謀ガルムである。


「現在、多くの貴族方の領兵、および、我が軍本隊はトランベルグの軍勢に襲われて多くの負傷兵を抱えております。そう容易く殿(しんがり)の兵を出すことはできますまい。逆にそのような兵を殿(しんがり)にすれば、そこから奴らに食いつかれ、無事退却する事もままならなくなりましょう」


そう言ってガルムはローエンとアルベルトの方に視線を向けた。


「と、考えると現在全体的に被害が少ないのはシュバルツァー大公閣下の領兵になります。またシュバルツァー大公家の兵は強兵、そして将は我が帝国で有名なローエン、アルベルトの両将軍です。恐れ多い事であることは承知の上ですが、是非ともシュバルツァー大公家の方々にお任せしたい」


ここに大公エドガーがいればたとえ総大将の頼みとはいえ、絶対に頼む事はできないであろう。しかし今回は代理としてその陪臣であるローエンとアルベルトが出ている。理由も正当であり、中々断りにくい状況だ。

それを受けてローエンは多少渋ったものの、最終的にはそれを承諾。


そして今、彼はアルカディア全軍を送った後に、この地にとどまっている。


「だが……これも計算のうちだしなぁ」


そう言って笑ったのはアルベルトである。


「大根役者の割には渋り方が上手かったのぅ?」


「ほほう、じゃあ引退したら役者にでもなろうか?」


「……お前のような強面のジジイを雇う劇団があれば良いがな」


そう言ってお互い笑い合う。


「……まぁ冗談はさておいて、とっとと終わらせて大公領に帰ろう。さて、鉄騎公殿はしっかり演じてくれるかのぅ?」


アルベルトの言葉にローエンも頷いた。


「まぁ、あとは若のお言葉を信じるのみよ。あの方は儂らの二手三手先を読むからな」


そう言って返事を返したローエンの右手には……一通の書簡が握られているのであった。









すみません……またしても仕事が激務でして……


全然こちらに手が回りません。また暫く書く時間をもらわないとダメかもです。


すみません……

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