辺境伯家の休日
その日、アレスはボーッと執務室から外を眺めている。
外は雲ひとつない良い天気で青空が広がっている。ポカポカの陽気で外で昼寝をするには絶好の日だ。
「僕はこんな日に……なぜ仕事をしているんだろう……??」
その呟きを聴くものは誰もいない……強いて気付くとしたらヘルムートやゼートスと言った超人的な能力の持ち主だけだ。だが、彼らは絶対にこの手の愚痴に返事をしない。
溜息をつくアレス。ふと見るとここで働く女中たちの会話が聞こえた。
奴隷として雇われているロッテとテレサだ。テレサの横には彼女の今年9歳になる娘ルルが一生懸命お手伝いをしている。
ちなみに彼の夫であるロブソンは、反対側の庭で他の男たちとともに木々の手入れをしていた。
テレサ一家は家族ごと奴隷になった経緯があり、それ故に一家で辺境伯家に仕えている。
ロッテとテレサ、共に農村の出。話しが合うのだろう。
「昔、このような天気の日に、村の人たちが集まって、外で肉料理を食べた時があるんです……本当にそれが楽しくて今ではいい思い出です」
「あら、私の地域でも同じようなことやってたわよ。どこも一緒なのかねぇ?」
「楽しいですよね、家族や仲間で集まって」
「それに準備も楽だし、お手軽だからいつでもできるしねぇ」
その会話を聞きアレスは唐突に立ち上がった。
「それだぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」
突然響き渡った大きな声にテレサ、ロッテ、ルルの3人はびくっと震える。そして上を見ると……主人であるアレスが顔を出していた。
「へ……ご主人様の声??って……え?ご主人様??」
「ちょっ、アレス様!危ないですよ……」
アレスはその声には答えない。しかし目を輝かせながら言葉を続ける。
「ありがとう!!テレサ!ロッテ!!」
「「……はい?」」
「僕は今いい事を思いついたっ!!君たちは実に素晴らしいアイディアをくれたんだっ!!」
「「……ええ??」」
最後の声はアレスには届かない。彼は猛然と顔を引っ込め、部屋から飛び出していったのだから。
「あの……大丈夫でしょうか……?」
「奥方様達やジョルジュ様から怒られなければいいけど……」
こうして、アレスは食堂の方へ向かう。対して、ロッテとテレサの2人はそんな主人を心から心配するのであった。
◆
アレスの屋敷の庭は今、沢山の人達が行き交っている。その顔は皆笑顔だ。
「いきなり何を言い出すのかと言えば……」
ジョルジュは渋い顔をしている。だが、彼の手には蜂蜜酒の入ったグラスがあった。
アレスはジョルジュが詰めていた政務所を訪れ、一方的に休暇を宣言したのは数刻前。そして主だった者たちに屋敷に来るように伝えた後、走って戻っていったのだった。
ゲリラ的な行動に流石のジョルジュも対応しきれず。そして、その滅多にない怯んだ上司の隙を見て、その(疲労困憊の)部下達も呼応しアレスの指示を応援。こうして難攻不落のジョルジュを落としたのであった。
「勢いに飲まれてしまうとは……不覚です」
「……とか言いながら、結構楽しんでるけどね」
ジョルジュのそばには高くそびえた積まれた空いた皿がある。それを見てアレスは笑うのだった。
「いやー、やはり休みはしっかり取らないとねぇ」
ジョルジュを丸め込んだアレスはすぐさま屋敷に戻り妻達や使用人達を集め、休暇を宣言。戸惑う者達に庭で宴をしようと提案したのだ。
突然すぎる事に、シュバルツァー家の良心と言われるコーネリアも対応できず。
こうしてアレス主導の下、宴会の準備が始まった。
肉、魚、野菜……ハドラーの指示で手早く準備が進められていく。
「おいおい、急な呼び出しでなんだと思ったら……随分と楽しそうな事をやってるな」
最初に現れたのはダリウスだ。流石に彼はこういう事には鼻がきくのだろう。その横にはゼノビアもいる。
少し遅れてシグルド、そしてシュウと言った股肱の臣。シオンやジョルジュ、エラン達も集まってきた。
「一体何事かと思ったら……こういうのは大賛成ですけどね」
シオンはそう言って笑う。
ジョルジュは家族を、エランは婚約者である義妹のリザを連れている。『あの』朴念仁シオンですら、弟子という名目で屋敷に住まわせている?リナ・パロム嬢を連れているほどだ。
他にもダリウスの兄弟達を始め、主だった者たちが続々と呼ばれ……盛大なパーティーが始まるのであった。
◆
「うめぇ!何だこの肉」
肉を貪り食べているのはダリウスだ。その横でゼノビアもまた歓声をあげながら口を動かしている。
彼らが食べているのは白金肉の肉塊だ。夫婦で豪快に平らげていく。ちなみに普通では一気に飲めない蒸留酒を瓶で開けてしまう。
「この夫婦……二人とも大食いなんだね……」
少し引きつった顔をするアレスの言葉に横にいたコーネリアは笑った。
「いいじゃないですか。食材はまだまだ沢山ありますよ?」
その後ろではシャロンとリリアナが恒例の喧嘩を始めた。
「ちょっと!!このお肉私のなんだけど!?」
「名前でも書いてあるのか?これは私が焼いていた肉だ」
その様子を見ていたマリアやシンシアがオロオロしていた。
そしていつもの仲裁役、ニーナが登場。
「あんたらいい加減にせいや」
「なによっ!」「なにがだっ!!」
「あんたらがケンカしてるせいでその肉どうなったか分かっとるか?」
「どうなってるって……あーーーっ!!」
そう、肉は見事に炭になっている。
「アホやなぁ……ロクサーヌはんとか見習っとき」
ロクサーヌやミリア、そしてリリスなどは我関せずとひたすら手を動かしていた。
しかし……そこもどうやら険悪な雰囲気が。
「なんでお姉様もリリスもお肉ばっかりなのよ」
「だって……こうやって脂肪をしっかりとって胸を大きくしないと」
「ご主人様は大きな胸がお好きですからねぇ」
そう言って2人ともその大きすぎる胸を揺らす。ロクサーヌとリリスは不思議と仲がよい。そんな爆乳コンビにイライラを募らせるミリア。
「私に対する嫌味かぁーーーー!!」
そんな様子を見てアレスは溜息をつく。そんな彼の手にある空いたグラスにシータが飲み物を注いでくれた。
「どなたも本気で喧嘩はしていませんよ?」
「ま、それは分かっているけどね……」
「仲の良い証拠です」
コーネリアも相槌を打った。
ふと見ると、屋敷の者たちも思い思いの物を焼きながら楽しんでいるのがわかる。
子供達は笑顔でトウモロコシを齧り、そして駆け回る。途中ゼートスを見つけよじ登る。そしてそれを慌てて母親たちが止めに入る。ゼートスはまぁまぁと、それを止め、なすがままになっていた。
若い女達はそれぞれ私服を着飾りながら女子の会話を楽しんでいる。やはり若い女の話の中心は恋話だ。
シグルドやシュウなどを方を見て、誰が好みか話し、大いに盛り上がっていた。
男たちは皆エールを片手に楽しく語らう。こちらも大体同じようなものだ。しかし、女とは異なり下世話な話が多い。特に既婚者が独身をからかう形だ。誰が好きなのか、今告白してこい、と若い男をけしかけながら、壮年の男たちがジョッキを傾ける。
ヘルムートは淡々と片付けをしたながら、料理を進めている。その動きに無駄がない。そういえば召使いの間で彼のファンクラブがあるらしい。最近では渋い男が人気のようだ。
ゼートスは先ほどに続き、ずっと子供の相手をして場を和ませていた。彼はどうやら子供好きらしい。
シグルドとシュウは何やら熱く武術談義をしている。真面目に語り合っており、酒が入れば入るほど熱くなっている。ちょっと近寄りがたい。
ジョルジュは蜂蜜酒を先程から繰り返し飲んでおり、ツマミとしてこれまた甘い菓子を食べている。彼の家族達もまた、菓子を主に食べていた。それを見て、彼の部下達は気持ち悪そうな顔をしている。
シオンはなぜかリナに怒られている。しかし、はたから見れば痴話喧嘩であり、とても仲睦まじそうである。エランはリザとの甘い一時を過ごしている。いつも大人しいエランであるが、こういう時は積極的らしくちょっと直視出来きそうにない。それを見て、エアハルトやロランはちょっと羨ましそうにしていた。
他にもオリバーはゲイルやラムセスと酒について絡んできたり、ナタリーがシグルドに一生懸命アピールしても振り向いてもらえずがっかりしていたり……
何より、妻達が皆楽しそうに語らっていたり。普段では中々見る事のできない姿を見れてアレスは満足であった。
「おっ、この肉美味い」
そんな事を言いながら。何よりもこの笑顔を見る事が出来るなら。
このような宴は定期的にやろう。
そして次回は領を挙げての大きな祭りでも計画しようかな?
そんな事を考えながら、笑顔で宴を楽しむアレスであった。




