とある奴隷の話
私はロッテ。帝都で奴隷として売られていた者です。
奴隷になった原因は山賊でした。
ある日、私たちが暮らす村に山賊が押し入り、私は友人達数名とともに攫われてしまったのです。
村の方々で抵抗する者は見せしめに次々と殺されていきました。人が殺されるのを見てしまうと抵抗する気持ちは失せていきます。
山賊達は金目の物は奪い、そして抵抗できない村人達を次々と捕まえていきました。そう……奴隷として売るために。
私達は皆涙を流す以外、何もできませんでした。
予想通りと言いますか、その後私たちは奴隷として奴隷商人に売られる事となりました。
そして私の運命は……そう、この日より大きく変わる事になったのです。
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奴隷になる理由は皆様々だと言われています。
私達のように賊に攫われ売られる場合。戦に負けた事で、民が売られる場合。借金が返せず、そのカタに売られる場合など人それぞれ理由が異なります。
女だけが狙われるわけでなく、家族まるごと奴隷になる……なんて話もよく聞ききます。
男は労働力になりますし、老人や子供も微々たる力にはなります。
また戦用に強い戦士や冒険者なんかも奴隷になる事が多いと言われています。
奴隷から解放されるには雇い主から自分を買い戻すしか方法はありません。そしてそれはほとんどの場合不可能となっています。
奴隷にも給金は支払われます。それがこの国の法だから。しかしその給金は主人が設定できるため、すずめの涙。主人もせっかく買った奴隷を易々と手放すつもりはないでしょう。
結局奴隷達にはほとんど人権はありません。奴隷は言うなれば主人の『持ち物』にすぎないのですから。
◆
私達はそのまま帝都に連れていかれ、そこで商品として買い手を待つことになりました。私は、この生涯この時間を忘れることができないでしょう。
暗闇の中、私の目の前には幼い子供が母親に抱かれながら涙を流している姿が見えました。彼らもまた、バラバラにされ違う雇い主に買われていくに違いない。そう思うと……自分でも何かいたたまれない気持ちになってしまいました。自分の運命も、これから茨の道である事は確定しているのに。いや、自分の道が分かっているからこそ、『割り切って』他者の事を見れるのかもしれません……
そして帝都に連れてこられて数日経ったある日の事。私達の部屋に奴隷商人が満面の笑みでやってきたのは。
「おい、お前らの買い手が決まったぞ」
その一言で私の気持ちは一層暗い気持ちになりました。あぁ、決まったんだな……と。
しかし、この一言が私達をこの暗闇の世界から出してくれる一言になるとは……その時は全く予想もつきませんでした。
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驚いた事に買われたのは私一人ではありませんでした。私の村から攫われたもの、および貧困で売られてきた者……そう、その全ての人達が買われていったのです。家族ごと売られた者たちはほとんどが買われていったし、冒険者達も数人買われていきました。
「いや、毎度ありがとうございます。今後ともご贔屓に……」
あの奴隷商人が頭を下げる姿が見えます。部屋から出る時に、チラリと私を買った人間を見ると騎士風の男女が数人。いずれも腕に白いお揃いのブレスレットを着けられているのが気になりました。
あの人達が私達の主人?それにしては……そうは見えないのですが……??
「しかし……いいんですか?性奴隷ならあちらの女の方がよっぽど上玉、冒険者だってあっちにいるやつの方がよっぽど使えますぜ?」
奴隷商人の声が聞こえてきます。
「あの女、過去に人を陥れたり、盗みの首謀者になったりと好き勝手やってた者だ。あんな奴には興味はない。寝首をかかれそうだしな。それに冒険者達も訳ありばかり。信におけないものを買うつもりはない」
その言葉に強面の戦士風の人がそう言われました。
「はぁ……だからって村娘とか家族丸ごととか……相変わらず不思議な方達だ。まぁ、私としては丸ごと買ってくださる貴方達は上客なんですけどねぇ」
そう言って彼はどんどん手続きを済ませていく。
「あぁ、ところであの奴隷を攫ったという賊の事だが……?」
「ん?はい。あぁ、内緒にしてくださいよ?私としては……」
聞こえた会話はここまで。私達はそのまま馬車に連れていかれ、その中にてしばらく過ごす事になるのです。
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驚いた事に奴隷達は私達だけではありませんでした。それはもう、馬車がいっぱい……何台も連なっています。どんな金持ちがこんなに買うんでしょう……??全員合わせれば大きな村ができそうです。
馬車はしばらく走った後、広い草原に止まりました。ここで、全員降ろされて一箇所に集められます。とてつもない数に全員が周りを見ながらびっくりしています。
すると、私達の前に一人の……あの戦士風の男が現れて前に立ちました。
「あー……皆聞いてくれ……あぁ、畜生。俺はこう言うのは苦手なんだがな……」
「しょうがないでしょ。フリックは今、こいつら攫った賊を潰しに行ってるんだ。クジで決まったんだし、つべこべ言わない」
髪の長い女性がそうやって横から言っています。
「だあぁ、分かってるよ。あー、俺たちはシュバルツァー辺境伯領の者だ。今から皆はシュバルツァー辺境伯領グランツに行ってもらう」
シュバルツァー辺境伯領!!
あの英雄シュバルツァー辺境伯の領地?
今、アルカディア帝国で最も有名な貴族様の名前が上がり多くの人たちがザワザワと囁いています。
でもシュバルツァー辺境伯領……グランツは蛮族、未開の地と有名な……
「あぁ、大丈夫。道中の安全は俺が保証する。心配するな」
そう言って戦士風の男の方はニカっと笑顔を見せました。あ、その笑顔が怖くて泣いた子が……
「……おい、なんで笑って泣くんだよ……」
「あんたが怖いからでしょ?全く。バランは本当にこういう時はつかえないわね」
「るせー……カリーナ。あーなんか泣けてくる……」
落ち込んでいる戦士風の男性を無視して、近くにいた髪の長い女性が立ち上がり泣いている子の頭を撫でながら今度は話し始めました。
「という事で、道中の安全は大丈夫。私達を信じて。とりあえず何か困ったことがあったら遠慮なく言ってちょうだい。後……そこの女の人、ちょっと顔色が悪そうだけど……」
そう言われたのは前の方に座っていた家族の一団……その母親だ。
家族達は青い顔になり、そして頭を下げる。
「だ……大丈夫です!!妻も働けます!!どうか、見捨てることだけはっ!!」
「お母さんと離れたくないっ!お願いします!!」
「おねがいちます!」
小さい子も必死になって頭を下げていました。
その姿がいじらしいのですが……私達はどうにもすることができません。
大抵、使えない奴隷か、病気持ちは捨てられる場合が多いと聞きます。使えなければただの穀潰し、病はうつる。高いお金を払った物なので、被害を少なくしたいと奴隷所有者は思うのでしょう。
「はぁ?なんか勘違いしてない??」
しかし女性はそう言うと困ったような顔をしています。
「あのねぇ……このポーションを使おうと思っただけよ。そんな体で長旅はダメでしょ?」
そういうと女性はポーションを懐から取り出す。
ポーション!?そんな高価な物を!?
村では薬草を煎じて飲みます。ポーションのように洗練された高価な薬なんて見た事がありません。
病気の奥さんももそのご主人も驚いた顔をしています。
「ほら、早くきなさい。あー後体調の悪い人も遠慮なくきなさいよー。旅は長いんだからねっ!!」
「あ……ありがとうございますっ!」
「ありがとうございます!!!」
涙を流して頭を下げる夫婦。それにつきそう子供達。
私は……いえ、私達はそれを目で送りながら……胸に小さな希望の火が灯るのを感じたのでした。
◆
それから2ヶ月ほど旅をして。私達はシュバルツァー辺境伯領に辿り着きました。
旅は非常に快適でした。食事はしっかり取れるし不思議と魔物は一切出ませんでした。
シュバルツァー辺境伯の直轄領であるグランツに入った時、私達は再び集められました。
目の前には一人の男性が。今までと違い、戦士ではない方です。
「皆さん、長旅ご苦労様。そしてようこそ、グランツへ。私はスヴェン・クノール。このグランツで役人として働いています」
その言葉に私達は一斉に頭を下げました。
「あぁ、そんなにかしこまらないで下さい。ここで皆さんにやってもらう事を言いますと……」
そのお役人、スヴェン様が仰った事は私達の予想を遥かに超えるものだったのです。
「村……づくりですか??」
「そうです」
その提案は家族持ちはなんと、皆で力を合わせて村を作ってもらいたいとの申し出でした。
「勿論、最低限の道具、家、土地、食料は保証します。それで村を作ってもらいたいのです……あぁ、治安は大丈夫。魔物も賊も出ません。安心してください」
そう言って笑うお役人様。
「我らの法には従ってもらいます。ここは辺境伯領なので、独自の法がありますので。それと税は2年間の間免除とします。そのかわりそこで得た分で自らの奴隷身分を購入して下さい。おそらく2年ほど経ったら買い戻せるでしょう。勿論その後は税を払ってもらいますけど」
こんな美味しい話があるのでしょうか?私達は驚きを通り越して呆然とした気持ちでその話を聞いていた。
「冒険者の方は、その村の護衛をお願いします。魔物はでなくとも獣は出ますから。皆さんで決めた村長の指示に従ってください。あ、一応領都から監察官はきますので、何か分からないことがあったらその方の指示を仰ぐように」
そして最後に私達の方を見て言いました。
「家族のない方は領都に来てもらいます。こちらで働き口を探しますのでよろしくお願いします」
こうして私達はこのグランツで新生活を送る事になったのです。
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私は今、辺境伯アレス様の屋敷で働いています。あの時奴隷として連れてこられた数名と共に。
他の子達も商人の家に勤めたり、将軍様やお役人様の屋敷に勤めたりと様々な場所で働いています。いずれも待遇はいいそうです。
シュバルツァー辺境伯様の屋敷は非常に居心地が良いです。
コーネリア様をはじめとする、多くの奥方様。そしてそこで働いている全ての方々が親切にしてくださいます。
私達を取り仕切っているのは奥方の一人、シータ様。そしてマリア様です。お二人ともすごく働き者で、そしてお優しい方々です。
家令のヘルムートさんの指示も的確です。ちょっと怖くて近寄り難い感じはありますが、それでもとても親切でお優しい方です。守衛のゼートスさんを始めて見た時は気絶しそうになりましたが……今では慣れて大丈夫。むしろ気さくなのでいつも長々とお話をしてしまいます。
そして……ここの主人であるアレス様。
アレス様と始めてお会いした時、こう仰って下さいました。
「賃金を貯めて、自分を買い戻すんだ。自分の自由は自分で掴み取る……誰かに頼るのはいけないよ」
私はあと少しで自分の自由を掴み取れるところまできています。けど……
私は自由になっても『自分の意思』でここに残りたいと思っています。
だって私にとって、この屋敷は今の私の居場所なんですから……
このような女性キャラが出ると皆様気になるところですが……
ロッテはハーレム候補ではありません笑




