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英雄の中の英雄の物語 〜アレスティア建国記〜  作者: 勘八
間章 〜そして時代は動き出す〜
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筆頭監察官マリウス・ベルトラムの話

私はマリウス。マリウス・ベルトラムという。元々はベルトラム伯爵家の次男として生まれ、学問で身を立て帝都の監察官を務めていた。


私が暴いた貴族、および商人の、不正献金、汚職、裏取引等は数がありすぎで紹介しきれない。


どんなに巧妙に作られた書類も見破り、多くの者たちを牢獄に入れてきた。

私に論戦を挑む者、陥れようとする者も多数いたが、いずれも論破した。また、時には強硬手段に訴える者もいたがそれもまた返り討ちにした。


我儘な貴族や好き勝手行う商人と言った者たちが恐れてつけた私のあだ名……それが「氷の懐剣」(アイスダガー)


氷の懐剣のごとく、冷たく斬られるから気をつけろという意味らしい。この頃私は数多の者達から嫌われ、そして疎んじられていた。


私を嫌った貴族や役人、そして商人達から様々な嫌がらせが行われるようになったのもこの頃からだ。

仕事中の嫌がらせはいざ知らず、行き帰りを含め四六時中私を付け狙うようになってきた。


当初は嫌がらせ程度であったが、ある貴族を追い落としたことがきっかけで、それは殺意に変わる。奴らは大胆に私の命を狙うようになっていったのだ。


また、どうやら私の実家であるベルトラム家にも嫌がらせをしていると聞く。貴族の嫉妬とは本当に唾棄するものだ。しかし……私が真綿で首を絞められるように確実に追い込まれるようになっていったのだった。




「グランツへの監察を?」


「うむ。これは職務である。断る事はできない」


私がその命令を受けたのは嫌がらせに辟易し、出奔しようか考えている時であった。


「己が単身で『グランツ本領』へ向かい監察をせよ。その旨は辺境伯に伝えておく」


「お待ちください。治安の悪さから確か辺境伯領の監察はレドギア領にて行うことになっていたはずですが?」


「ふむ。それでは真実は分からないであろう?そなたならうってつけの人材だと思うてな」


私の上官はそう言うとニヤリと下卑た笑いをした。


「それ故に、レドギアから内密にグランツに入って監察する事。それがそなたの使命だ」


私はそこになって初めてなるほど、と思う。


辺境伯本領グランツは今、厚い鉄のベールで隠れているのは有名だ。辺境伯領という一定の自治権をもっている特殊な土地であること、そして彼の地が魔獣や亜人の跋扈する地であることがその理由であろう。


帝都からも多くの監察官が内情を確認しに行ったが、いずれも帰って来ず。また、皇族や上級貴族の密偵なども消息を断つと言われている。


それ故にシュバルツァー辺境伯領の窓口はブルターニュ、フラン、そしてレドギアの三領が務めている。いずれもここ最近、非常に発展してきている領だ。恐らくシュバルツァー辺境伯が何か策を打っているに違いない、と各諸侯は見ている。

だからこそ、その本国……グランツの様子が知りたいのだ。


そして私がここに送られる理由。それはこの地で私を消す算段をつけたということだ。しかも職務という正当な理由で。そして自分の手を汚さず確実に。


「これは職命である。行け」


上官が私を急かす。それに対し私はただ頷くしかできなかった。




帝都からもレドギアに入り、私はグランツに行く道を単騎でかけていた。そこで私は不思議なことに気付く。


「おかしい……なぜ魔獣や野盗が襲ってこないのだ?」


街道を通っている間、何度も魔獣を目にした。時には街道外に人骨も見た。しかし。


「まるで街道を行く人間には手を出すなと命じられているようではないか……??」


魔獣達はこちらに視線を向けるも興味のないように去っていく。それは不思議な感覚だった。私は一抹の疑問を持ちながら辺境伯領およびグランツ領都、ハインツに入ることに成功したのである。




その想像を超えた壮麗な門に私は絶句した。


「なんだこれは……この街は一体……」


「知りたいですか?」


「……!?」


私の門を見て思わず零した言葉に返答が返ってきたため、思わず振り返った。そしてそこに立つ人物を見て驚く。


「久しぶりですね。マリウス」


「ジョルジュ・ウォルター……先輩」


皇立学院で私の二つ上の先輩であり、学院史上最大の秀才と言われた方である。そして……


「マリウス君だったよね。一度だけジョルジュと一緒にご飯を食べに行ったかな?」


「シオン・トリスタン先輩も!?」


ジョルジュ先輩が学院史上最大の秀才ならこの人は学院史上最大の奇才だ。

大軍師カシムに見出された才をもち、学院に顔を出すこともなく各地で武功を挙げていた人物。


「なぜ……お二人がここに?」


「まぁそれはゆっくり話しましょう。まずは君のお勤めをしてから……ゆっくりとね」


そう言うと私は彼らの後に続いて門をくぐるのであった。




そこからの私の驚きは筆舌しがたいものであった。


蛮族の地と蔑んでいた土地が、帝都を超える文化を持ちつつあるなんて……


亜人、魔族などが融合し、争いのない平和な暮らしを実現させているとは。


一通り見た後、私は最後にシュバルツァー辺境伯の部屋に通された。


「やぁ、君がマリウスだね。シオン達からよく話は聞いているよ。よろしく」


そう言って気さくに私の手を握る目の前の男は、非常に若い男である。二十代になるからならないかの穏やかな男だ。


その姿を見れば若い男だと侮るものも多いだろう。しかし


(この男は……!?)


大きい。目の前に立つと、とても大きく見えるのだ。その姿が。


(これが……英雄と呼ばれる者なのだろうか??)


その姿に多少気圧されていた私に彼は口を開いた。


「さて……単刀直入に聞くけど。貴方はこのグランツについて何か帝都に報告するつもりかい?」


「……いえ、とくに提出された書類と相違なしと答える所存です」


「……おや?相違なかったかな?」


「はい。治安に関しては魔獣が街道付近を彷徨いていましたのは事実ですし、亜人も多く、魔族も多い。それに違いはありません。報告通りです。予算や収入については、辺境伯領は一定の自治権を持っておりますゆえ、こちらからとやかく言うことはできますまい。閣下が断れば我々は何も言えないことになっておりますので」


「……ふふ。まぁ、その通りだね」


「……失礼を承知で聞かせていただきます」


「なんだい?」


「今までこちらに赴いた監察官等はどうなりましたか?」


「……それを聞いてどうする?」


「皆、ここからは帰ってこず。しかし街道を通る限り安全は確保されていると感じました。その不自然さを知りたく」


彼はしばらく黙っていると、微笑んでいた顔を引き締めて口を開いた。


「魔境の大地の魔獣達には街道にいる人間を襲わないように命じてある。また、街道の外に出てしまった子供もね。子供は出てしまう事があるから」


一呼吸置いた後、辺境伯閣下は続けた。


「この地に監察に来るというのは理由が二つ。この地の様子を探るよう命じられた大貴族からの密偵か、疎まれて消されるために送られた者か」


その言葉に私は顔をしかめた。私がまさにそうだったからだ。


「それ故に後者には聞くのさ。帝都で働くのではなく、ここで働かないか?と。命を狙われるくらいなら、この地の発展のために尽くしてくれないか?と。それ故に、今のところ全員ここの地にとどまってくれてるよ」


私はその言葉に大いに驚いた。死んだと思っていた者たちは皆この地にいたのだ。


「密偵達は……」


「彼らは僕が聞く前に先にこの地を出てしまう。だから街道を通っていたら、僕の手の者が手を打つ。街道から出たら……例えSクラスの冒険者でも一人ではこの地を抜けるのは厳しいと思うな」


なるほど……秘密が守られるのはこれか……と私は思わず唸った。


グランツからレドギアに戻る道は一本しかない。そこを通れば必ず見つかる。道を出れば先ほどの報告の様に魔獣の餌食になる。だから一人たりとも戻ってくることはできなかったのだ。


「さて……じゃあここからは僕の番だよ」


目の前の男……辺境伯閣下はそう言って笑った。


「この地は更なる発展を目指している。だが……人材が深刻的なほど不足しているんだ。君の力が僕には必要だ。どうか、このままこの地にとどまってくれないか?」



私は今、シュバルツァー辺境伯領の筆頭監察官としてこの地で働いている。


帝都には行方知れずと報告がいったらしい。私の父母にだけ、閣下から内密に私の生存報告をしたそうだ。こちらが落ち着いたら迎えに行くつもりである。


この地は今、発展途上。人口も右肩上がりだ。その際トラブルはつきものである。私は一つ一つの書類に目を通しながら、細かい不正も許さずチェックしていく。最初が肝心なのだ、こういうものは。


今、私は己が仕事に非常に誇りを持って行う事ができ、幸せを感じている。




「氷の懐剣」(アイスダガー)マリウス・ベルトラム。彼は氷の様に冷静に、そして刃の様にキレる様からその通り名で恐れられた。

もっぱら監察官として不正を取り締まり、後にアレスティアにはなくてはならない存在になっていく。


その功績から後世、彼は『アレスティアの七賢者』の一人として名を残す事となる。


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