北方砦兵士 マルコ 昔語り
あれは……今から何年前だったか。
まだ俺が見習いの一兵士であった時のことだった。例のごとく朝の集まりで、砦の長であるローウェン様から、新しい部隊長の紹介があるということを聞いた。あのローウェン様、直々の紹介だったので、さぞ凄い方が領都から来られるんじゃないかと、皆緊張していたものさ。
何せローウェン様と言ったら、代々の譜代の家臣というだけでなく、ヴォルフガルドを初め、他国に知らない人がいないくらいの名将なのだから。以前、皇帝陛下自ら、直臣にならないかと誘いがあったとも聞く。しかもそれを主家の義理を通すために断ったって言うんだから……いや、本当にカッコイイわけよ。誰もが憧れたものだ。
ところが、紹介されたのはまだ10歳にもなってないような子供なんだから……ビックリを通り越して皆呆然とした。まぁ、今思えば当然なんだろうけどな。何と言ってもこのシュバルツァー領の跡継ぎ様なんだから。でもあの時紹介されたのは、そのような大事な情報は伏せられていて、ただの
「部隊長のアラン」
と言う事だけだった。
最初は訝しがったよ。誰だよ、あのガキはってね。ローウェン様も耄碌したんじゃないかって、口の悪いやつは言ってたよ。
でも……いくら無茶苦茶な命令だろうとも、そんなことで乱れるほどシュバルツァーの兵は無能ではない。命令は絶対だ。だけど……これから自分はこんな子供の命令を聞くことになるのか……と絶望したのも事実だけどな。
こうして俺らは……部隊長アラン……いや、アレス様の配下となったんだ。
◆
さて、そんなわけで紹介もそこそこに、早速アレス様……いや、今回は昔のようにアラン隊長とでも言おうか……アラン隊長から剣の稽古を見せてほしいと言われた訳だ。
小僧の見世物じゃねぇよ、なんて最初は思ってたさ。でも何度も言うが命令は絶対だ……渋々俺たちは訓練の様子を見せていた。そうしたら、アラン隊長自ら、参加したいって言うんだから……まぁビックリしたわけ。
勘弁してほしかったわな。俺たちの訓練が馬鹿にされたきもちになったよ。だから、これを機会にビビらせて、早々と帰ってもらおうと思っていた輩は俺だけではないはずさ。ガキのお守りも大概にしてくれってね。
でもその時に俺たちは世の中には人知を超えた生き物……って言うと失礼だけど、そのような人物がいる事を目の当たりにする。
はじめに当てられたのが……俺たち新兵さ。
ベテランの兵に、軽くひねってこいよ、って言われてね。俺としては、弱いものいじめみたいで嫌だったけど……まぁ仕方ないよな。
ところが、向きあってから……ものの数秒で地面に倒れてるのは俺だったんだ。何がおきたか全くわからず。ただ、謝りながら戻っていく俺を迎えてくれたベテランの兵士の表情が驚愕に彩られていたのが印象的だったな。
その後も俺たちの立ち会いは続いたけど…なんというか、俺たちが束になって向かっても勝てなかった。俺たちの剣は全て避けられ、防がれ……空を切るのみだった。
ベテランの戦士でさえもそうなんだから……俺たちが弱いんじゃなくて、きっと相手が化け物だったってことなんだろうよ。
結局ビビらされたのは……俺たちの方だった。
それから俺たちの態度は……その訓練を境に別人のように変わった。あれだけの力を見せられたら……もう、何も言えないよな……情けない話だけど、やはり軍は力こそ全てだと思うぜ。
そう、誰かが言ってたな。
あれは見た目は幼いけど中身は結構年なんじゃないか?エルフなんて何百年経っても変わらないんだから、そんな奴がいてもおかしくないと思うってね。あの時は実際のところどうなのかは分からなかったけどね。
まぁ、それから俺たちは数年間アラン隊長の元で働いた。普段から行われる領地開発の力仕事だけでなく、治安維持、果ては賊の討伐……アラン隊長は常に的確な指示を出してくれた。危ない時は注意を喚起し、行けそうな時は背中を押してくれる……いや、本当にやりやすかったわな。
何と言ってもアラン隊長になってから隊の被害がほとんどなくなったんだよ。これに関しては、本当にありがたいと思ったね。
しばらく過ごすうちに……俺たちは完全にアラン隊長の指示に従ってたよ。
さて、そんなアラン隊長との思い出だが……特に強烈な思い出は二つ。
一つ目は北方の砦を大規模な山賊に襲われた時。あの時、俺たちは100人規模の人数しかいなかった。それに対して賊の数は500。五倍の数だった。正直、俺たちは賊ごときに捕らわれるぐらいなら一人でも多く殺して潔く散ろうと覚悟したわけ。シュバルツァー領の兵ならそれぐらいのプライドはもつさ。
しかし……アラン隊長は違った。敵を見るなりケタケタ笑い出して、こう言ったんだ。
「今から賊を掃討する。」
ってね。
俺はあの人が恐怖で頭がおかしくなったのかと思ったよ。何より、ガキだったしね。
ところがあの人は俺たちに作戦を告げ指示を出していく。そしてこう告げたんだ。
「所詮山賊。烏合の集。鍛え抜かれたシュバルツァー兵の相手はならないさ」
ってね。
そして指示を出し始めた。それが的確なわけさ。
「相手はここの地理には詳しくない。茂みに伏兵をおけばかなりの数を削れる」
「おそらくうってでるとは思ったないだろう。だったら裏をかいて騎兵を背後から出そう」
「数を頼みにしてるものほど崩れた時は脆い。後は一気に殲滅だ」
いや、もう俺たちはアラン隊長を神様だと思ったよ。誰もがその言葉を聞いているうちに落ち着いてくるんだ。あれほど浮き足立ってたのに。あれほど死ぬ覚悟をしていたのに。
今は当然のように生き残れると思ってるんだよ。
そして実際、本当に賊を殲滅することに成功。こちらの被害は負傷者のみ。
俺は思ったね。この人は歴史上の英雄と肩を並べる……いや、それ以上の英雄になると。
もはや皆、アラン隊長に心酔していたよ。不思議な光景だよな。ベテランから若手まで……大の大人たちが10そこそこの子供を敬ってるなんて。でもさ、俺たちにとって隊長は……本当に敬うべき隊長であり…英雄だったんだよ。
そして二つ目は……あの人の意外な素顔さ。
戦や政務では神のごとく活躍する隊長も……余暇では普通の子供なんだよな。
露店で買い食いしたり、川で泳いだり、魚釣りをしたり……
ある日、俺の家に泊まることになったことがあってな。なんか新兵のもちわまわりでさ、順番にアラン隊長が泊まりにくるんだ。
家から帰ると、うちのかーちゃんが隊長と仲良く話しをしてるんだもんなぁ。あれにはびっくりしたよ。
しかも我が家の飯を美味いって食べるんだもんなぁ。
夜は夜で俺なんかと布団並べてさ。夜な夜なやれ好きな女の子は、とか休みの過ごし方とか……話をすると……やはり子供なんだよな。俺もその日は弟ができたようで楽しかったよ……今考えれば恐れ多いことなんだけどさ。
◆
後々になってアラン隊長が大公公子だとだと言うことを知ったよ。あの時はぶったまげたな。でもさ、妙に納得したし……嬉しかったよな。あぁ、これで隊長が世に出ることができるって。
俺はね、思うんだよね。いや、皆の今思いは同じだろうさ。それは
あの人がこの大陸の王様になったら……間違いなくこの世は幸せになるって。
だからさ。俺たちにシュバルツァーの兵はあの人のために今でも命を投げ出すつもりでいるよ。まぁ、アレス様はそれを望まないだろうけどね。
十人長になった今も……そう思ってるよ。




