北伐 その9〜アムガ〜
アレス達は速度を上げて敵陣営、中央部に斬り込んでいく。
「どうにも嫌な予感がする。間に合えばいいが……」
レイナートを振り回し、多くの敵兵を蹴散らしながらアレスはそう呟く。
「四代目!どんどん瘴気が強くなってきます。これは……」
シュウもまた、十文字槍で敵兵を薙ぎ払いながらアレスに声をかけた。
「おいおい、ちょっと異常だぜ?それにあの場所から逃げる兵や将が沢山だ……おっと」
そう言ってバトゥはその中央部から逃げ出してきたであろう、将らしき男の襟首を捕まえた。
「放せっ、放してくれっ!!俺はまだ死にたくない」
「うるせぇ!」
明らかに正気を失っている男の頬を殴りつけ、バトゥは質問をする。
「おい、あの場所はなんだ?何がどうなってる??普通じゃないぞ??」
「……アムガ様は悪魔に魂を売ったんだ……」
そう言ってその男は情けないほどの顔になった。
「あれは……悪魔の所業だ。あんなのに殺されるぐらいなら敵兵に殺された方がマシだぁぁぁぁあああ」
そう言って発狂する男。
「くそっ!何がどうなってる!?」
バトゥはそう呟くと、掴んでいた男を投げ捨てる。地面に叩きつけられた男は、小さく悲鳴をあげながら四つん這いに逃げだした。
「とにかく行ってみよう……あそこにアムガがいるはずだ……だけどもう、最悪の状況を想像した方が良いかもしれないな……」
最後の言葉は2人に聞こえないようアレスは呟き、レイナートを構えて中央部にセインを走らせる。その背中を見てシュウもバトゥも共に頷きながらその後を追うのであった。
◆
アレスが見た光景は数多の引き裂かれ肉片と化した死体とその中央に立ちすくんでいる男の姿であった。
男……なのだろうか?容姿は最早、人ではない。
身長はゆうに2メートルを遥かに越しており、その全身が尋常ではないほどの筋肉で覆われている。そして印象的なのはその顔。
「まさかあれが……アムガなのか??以前のアムガとは別人……どころではない。あれでは化け物ではないか」
バトゥは目の前の男を見て呆然とした。
「やはり……遅かったか……奴め、『魔王の遺物』を使ったな」
アムガのその姿。そう、その顔が人ではないのだ。縦に長い髑髏の顔。その側頭部からは二本の捻じ曲がった角が生えている。
「あぁ、なんていい気分なんだ……今まで焦っていたのが嘘のように穏やかな気持ちだ……」
その髑髏はそう呟き、そして笑い出した。口から瘴気が撒かれていく。
「最早誰にも負ける気はしない。俺はこの世界で最強の存在となったのだ」
髑髏の男……アムガはそう言うと肉片と化した多くの屍を踏みしめた。返り血が彼の顔にかかりさらに凄惨な姿となる。だが、そんな事に気を止めず、アムガは現れた三人の方に顔を向けた。
「そして……生まれ変わった俺の祝いのためにやってきた生贄の羊達よ。我が進化の花となりて散るが良い!!」
そう言うとアムガは静かに手に持っていた大刀を振り上げる。大刀からもまた禍々しいまでの闇の瘴気が立ち込めている。
「さぁ、羊どもよ。かかってくるがよい。今の俺は何人にも負ける気がしないわ」
そう言うと、アムガは恐ろしいスピードで三人に襲いかかってくるのであった。
◆
「くっ!いかん!!」
そう言って馬から飛び降り、最初に迎え撃ったのはシュウである。
素早く下馬した彼は十文字槍を地面に突き刺し、腰の刀を抜きはなった。
「はああああぁぁぁぁああ!!」
裂帛の掛け声とともに体が白く輝く。彼は本能的に気づいている。目の前の男に手加減は通じないと。身体全身に魔闘術を纏い迎え撃つ。
アムガの大刀をシュウは己が刀で受け止めた。
ガキン!!
金属のぶつかる音が戦場に響く。そしてその瞬間
「何っ!?」
シュウははるか後方に吹き飛ばされた。
「シュウっ!!」
バトゥは慌てて、そちらの方に駆け寄る。吹き飛ばされたシュウは態勢を崩し、地面に叩きつけられた。
「ぐはっ!!」
「おい!しっかりしろっ!!」
「……大丈夫だ、バトゥ。俺の事より目の前の敵に集中しろ。今回ばかりはお前を守る事はできん」
シュウはゆっくりと立ち上がるとそう答えた。
アレスもまたその様子を確認すると、レイナートを地面に突き立て、セインから降りる。
〈主よ、奴はかなりヤバイ。今まで見てきた中でもとびきりの相手だ。心してかかれ〉
「分かってる。奴め、魔王の遺物を複数埋め込まれたようだ……魔力のケタが今までの連中とは違いすぎる」
アレスの視線はアムガの額、そして両肩にある。そこに埋め込まれた褐色の物体。禍々しい気配を放つそれは紛うことなく『魔王の遺物』である。
アレスはそっと胸元の武天七剣に手を伸ばした。そして己が剣の名を呼ぶ。
「神剣オルディオス!!」
その掛け声と共にアレスの右手から青く輝く刀身が現れた。
「シグルドやダリウスがいてくれたら……また、戦い方が変わるんだけどね……今はこの3人で奴を仕留めるしかないか……」
シュウとバトゥの他、シグルドやダリウスがいればまた戦い方が変わってきたことだろう。しかし今それぞれ別の使命を持って行動している。わがままを言っている時ではない。
アレスは上段に構え、素早くオルディオスを振りかぶった。見えない斬撃がアムガを襲う。だが……
「があぁぁぁぁぁあああ!!」
裂帛の掛け声と共にアムガの身体がさらに大きく膨れる。すると驚くべき事にアムガはその斬撃を己が肉体で防ぎきったのである。
「なっ!?」
驚くアレス。
「甘いわっ!小僧!!……むっ!?」
しかし今度は別の方向からアムガに向けて強烈な矢が飛んできた。
「しっ!!」
バトゥが放った矢である。一本だけではなく複数本だ。風の魔力が宿る、風の部族に伝わるジャムカも使ったとされる弓、『覇王弓』を使い、放った矢である。
この弓で放たれた矢は鋼鉄をも貫く力をもつ。
しかし……
「小癪なっ!!」
アムガはそれをも、いともたやすく跳ね除けたのである。
「馬鹿な……」
その姿を見てバトゥは呆然とする。
「次はこちらの番よ!があぁぁぁぁぁぁあああ!!」
最早、人とは思えぬ奇声。その叫び声とともに再びアムガが動いた。手に持っていた大刀を横一線振りかぶったのだ。それとともに地面がえぐれ、オルディオスの様な見えない斬撃がアレス達に襲いかかる。
「ちぃぃっ!!」
アレスもまた、再び見えない斬撃を放ちそれを相殺させた。
それを合図に今度は反対方向にいたシュウがアムガの懐深く飛び込み刀を振るう。しかしアムガはその斬撃をひらりと躱し、逆に空いた左手で拳を放った。
シュウはその拳を避け、さらに強烈な一撃を見舞おうとするがアムガはそれを先ほどの大刀で受け止めた。その衝撃でアムガの足が地面にめり込む。
「ちぃっ!!」
そんなアムガの後ろから今度はアレスが襲いかかる。アレスはアムガの隙となっている脇腹を狙い、剣を振りかぶった。だが、アレスの攻撃も読んでいたかのごとく、アムガは身体を捻って後ろに飛び去った。
「あの巨体がこうも軽々とっ!!」
綺麗に着地したアムガは、再び見えない斬撃をアレス達に向けて飛ばしてきた。
「くそっ!!」
「はっ!!」
今度はアレス達はそれを交わす。別方向からバトゥが放った矢が襲いかかるが、それもまたアムガは大刀で撃ち払い、態勢を整えた。
「くそっ!!化け物めっ!!」
バトゥはそう言って捨て台詞を吐いた。アレスもシュウも剣を構えて様子を伺う。
「隙がないな……」
シュウはそう呟いた。
一斉に攻撃を仕掛けるも悉く防がれてしまう。
「あまり時間をかけるわけにはいかない……こちらは奇襲だ。もしこちらの兵が少数だと知られたら……我々は囲まれる……」
アレスの呟きにバトゥも頷いた。奇襲攻撃で大切なのはその頭を討つ事だ。今回それが出来なければ失敗も言えるだろう。
「それだけではない……時間が経てば、シグルドが向かっている魔獣の群れも数をこちらにむかってくるだろう……奴の『魔王の遺物』に惹かれてね」
それがアレスの恐れている最悪の展開である。そうなれば、数の力で自軍は壊滅になるだろう。
アレスはチラリとシュウを見る。シュウも視線はアムガを見つめながら少し焦った表情をしていた。そんな彼を見ながら、アレスはそしてそっと彼の背中に手を伸ばした。それと同時に青い魔力の波動がシュウにも伝わっていく。
シュウの頭の中に急に広がったイメージ。驚いてシュウはアレスの方を見た。
「四代目!?これは」
「頭にイメージが伝わったかい??」
「はい。しかし……これは……」
「そう。これが本当の叢雲流奥義『龍の咆哮』の秘密さ。まぁ、あくまでもこれはイメージを伝える事しかできないけどね。後は修行を積むことが大切。でも君の場合技術は確実にその域にあるからね……これで叢雲流の奥義の一つ、『龍の咆哮』が伝わるはずだ」
そう言うとアレスはバトゥとシュウに己が策を伝え始めた。
「狙うはあの『魔王の遺物』だ。僕とシュウで肩の二つを狙う。そして態勢を崩した瞬間、バトゥが弓で額のやつを狙ってくれ」
アレスの言葉にバトゥもシュウも真剣な表情で耳を傾けている。
「恐らくこれが最後のチャンスだよ。必ずここで決める」
その言葉にシュウとバトゥは力強く頷いた。
アレスはオルディオスを収めると代わりにムラサメを取り出した。ムラサメの禍々しい剣気が刀身を伝う。
「シュウ、伝えた通りにやるんだ。そうすれば必ずお前の『龍』には命が宿るはず」
「はっ!!」
シュウはそう言うと小さく笑った。
「なんだい?」
「いや……四代目に奥義を習ったなど聞けば……故郷の者たちは……特に歴代不知火一族の当主達は皆歯噛みして悔しがることでしょうな」
シュウの言葉にアレスもまた小さく笑った。そして2人は腰に静かに刀を収める。目を閉じて魔力と闘気を高めていくと、あたりが静寂に包まれた。
「何をする気だ?」
アムガはその様子を見ながら、怪訝そうな声で呟き、様子を見ている。
そうしてる間に2人の魔力でその刀に魔力が集まっていった。
同時にバトゥは『覇王弓』に矢をつがえ始めた。
アレスはカッと目を開き、そして口を開く。
「バトゥ、必ずあの場所を狙え。外すなよ!」
「任せろっ!!」
その声を聞きアレスは小さく微笑むとシュウを目配せをした。シュウもまた静か目を開き、それに答える。
「いけそうか?」
「はっ!!まさかこの様な秘密が隠されているとは思いませんでした。魔力と闘気、そして命力をここに混ぜ込むとは……」
シュウはそう言うとアレスの方を見る。アレスはその瞳を見て……そして力強く言い放った。
「よしっ!!シュウ、御託はいい。いくぞ!!」
「応!!」
「「叢雲流奥義、龍の咆哮!!」」
そう共に叫び刀を抜き放つ。それと共にアレスとシュウの刀身から龍が現れ、アムガに襲いかかった。
「なんだ!?これは!??」
黄金に輝く龍が2匹、アムガに襲いかかる。距離を取ろうと後ろに飛び去ったアムガを追いかけ、そして足元から肩にかけて龍は通り抜けていった。
「ぐあぁぁぁぁぁぁあああ!!!」
龍が通り抜けた瞬間……アムガの両肩に埋め込まれていた魔王の遺物が音を立てて崩れ始めた。
「ごはっ!!馬鹿な!?」
「今だ!バトゥ!!」
「応っ!!」
バトゥは狙いをすます。
「この一矢にこの草原の命運がかかっている……草原の神よ、我に力を……」
そう言ってバトゥは矢を放った。矢は音を立てて凄まじい速さで飛んでいき、そして態勢が崩れていたアムガの額に埋められている魔王の遺物に直撃した。額に矢が突き立つ。
「よしっ!!当たった!!!」
「馬鹿なぁぁぁぁぁぁあああ!!か、身体が崩れていくうぅぅぅぅううう!!??」
その瞬間……アムガの身体が瘴気を纏いながらもがき苦しみはじめた。
「ボグダーン、話が違う!俺はこの世で最強の存在になったはずだ。それがゴミクズ3人なんかに負けるわけ……」
そう言いながら悶える。アムガは膝をつき、そして何かをつかむ様な仕草をした。
「ボグダーン、返事をしろボグダーン!!何とかしろ、何とかしてくれ!助けてクレェェェェエ!!」
そう叫ぶとアムガの身体が徐々に崩れていく。
その様子を見て、アレス達もまた立ちすくんだ。
静寂が辺りを包む。
「やった……のか??」
「……恐らくそのようだ」
そう言うとアレスはどっかりと尻餅をついた。
「流石に今回は苦しかったな……」
アレスはそう言って大きく息をついた。そしてバトゥの方を見る。
「バトゥ、今からこのガヤグの丘全体に風魔法をかけるから、勝ち名乗りをあげるんだ。戦はまだ終わっていない」
共に尻餅をついていたバトゥであったがアレスの声にハッとした表情を見せ、飛び起きた。
「そうだな……まだ戦は終わってない。終わらせなければ……」
そう言ってバトゥはその場から移動する。そして丘全体が見えるところまで移動すると大声で叫んだ。
「敵将アムガ、討ち取ったりぃ!!我、バトゥとその義兄アレス、そして我が友シュウで蛮人王アムガを討ち取ったぞ!!!」
風魔法に乗せられたバトゥの声が戦場に響く。
「戦は終わった!!皆の者、矛を収めよ。そして武器を捨てよ。皆、このバトゥに降伏せよ」
崩れ落ちる鉄の部族達アムガ軍。そして歓声をあげる風の部族筆頭のバトゥ軍
このバトゥの言葉によって、アムガとの決戦は終わりを告げたのであった。
いつも読んでくださりありがとうございます。
登場人物が多くなりすぎて……というお言葉をいただきました。自分も正直感じてはいまして、なんとかせねば……とは思っていました。
が。
やはり戦記ものはどうしても多くなってしまうなぁと思っています……
他の方々の本を見ても、人物伝だけで相当な厚さになるのではないでしょうか……
人の歴史やドラマって人の数だけあるので……中々難しいところです。
自分に出来る事と言ったら、とりあえず人物紹介をわかりやすくまとめる事ぐらいでしょうか……
とりあえず、全てはこの章が終わってから。
それまではもうしばらくお待ちいただけたらと思います。




