北伐 その7 〜ガヤグの丘の決戦〜
その戦いは夜、月明かりもない深夜に突然切られた。
「て、敵襲っ!!」
「まさかっ!!奴ら人質を見捨てたのか!?」
「というか、どうやって我らが背後に回るのだ!この背後には川があるはず……!」
「くそっ!これでは何処に奴らがいるか分からん!!」
アムガの布陣は敵の正面に人質を置き、肉の壁として守らせていた。その背後には少数の鉄の部族の見張りを置き、その後ろに槍の部族をはじめ、多くの部族達が配置されている。そして、最後尾、最も安全な場所に鉄の部族を始め、彼らに最も協力的な部族を置いていた。
自らの背後には川があり、後方からの攻撃ができないはずであったのだが……
「どうなってるのだ!奴らはどうやって背後から攻めてきた?」
アムガはそう言うと、参謀ボグダーンの言葉を思い出していた。
「人質がいる限り、奴らはこちらに手を出せないはずだ。悠々と軍を進めよ。頃合いを見て、奴らの側面から兵をぶつける」
これがボグダーンの策である。
「奴らは無益な殺生を好まぬ」
前日、ボグダーンはアムガに進言していた。
「ほう、それは損な男だ。戦において人を殺す事ほど楽しいことはないのにな」
アムガの下卑た笑いを無視してボグダーンは話を続ける。
「それ故に各地に散っている人質どもを集め、前面に出す」
ボグダーンの策は、人質を前面に出す事で、相手は積極的に攻められなくなるだろうという事。そして攻めあぐねる敵陣営の背後から、魔獣の部隊を当てるというものだった。さらに、そこで崩れた敵の側面にこちらの騎兵をあて、相手を殲滅する……策としては完璧なものに思えた。
無論、背後から襲われた場合の事は他の将から尋ねられた。
「心配するな。背後には川を背にする。この地の川は水深が深く騎兵ではこれぬ。安心せよ」
ボグダーンの策を聞き、満足したアムガは上機嫌でそれを採用し、ガヤグの丘に布陣したのだった。
◆
しかし、ゼッカからの情報でそれを察知したアレス達はその裏をかく。
闇夜に紛れて彼直属の第一部隊の最精鋭、そしてバトゥ率いる風の部族の精鋭を連れ、少数で背後に回り、最後尾にいた鉄の部族の主力に奇襲をかけたのである。
「この川下には木々がたくさんあります」
そう説明したのはシオンである。
「この木々を使い、簡易的な筏を作ります」
「だが……川下では意味がないのでは……?」
「えぇ、敵もそう思っているからこそ川下は放置したのでしょう。だからこそ、裏をかけるのです」
シオンはニヤリと笑う。
「龍騎士団を使いましょう。龍に川下から引かせるのです。幸い、この時期、川の流れは緩やかです。龍を使えば流れに逆らう事も可能です。あ、それと……」
シオンは言葉を付け加えた。
「龍騎士団はその後、すぐにシグルドと合流させましょう。残り全ての兵と共に背後の魔獣達に当てたいので」
「中々人使いが荒いな……」
渋い顔のシグルドにシオンは言った。
「仕方ありません。ここがこの戦の勝敗を決める大事な時です。どのような手を使っても勝たねばなりますまい」
こうして二、三日をかけて筏を作成し、アレス達は作戦を実行に移したのであった。
◆
「くそったれっ!!卑怯者め!!」
突然の奇襲に鉄の部族の陣営は大混乱となった。アムガは大声で吠えた後、周りにいる家臣に指示を出す。
「おいっ!!急いで前にいる奴らをこちらに向かわせろ!そして人質は皆殺しだ!」
しかしその声に応える者はいない。皆、奇襲を受け右往左往している。
「くそっ!誰かいないのか!?」
その声に応えたのは、前の方にいるはずの彼の部下だ。
「報告しますっ!!」
「今度はなんだ!?」
「人質達が次々と敵陣営に逃げ出していきます。見張りの者たちは背後に控えていた槍の部族の者たちに討たれた模様です!」
「なんだと!?」
そう、これもアレスがすでに敵に仕込んでおいた策である。槍の部族のリーダー、ボルドに密書を送っていたのだ。
奇襲をかけ後方が乱れたら、そのまま人質を解放せよ、と。
槍の部族が動かないのは前方に人質がいる事。そして後方に鉄の部族が配置されている事だ。
人質を救出しようとすれば背後から人質諸共襲われる……これでは動きようがない。
だが、背後が混乱すれば話は変わる。
アレスの策の通り、ボルドは動き、人質を救出させたのである。
「多くの部族が敵陣営に寝返りを……ぐあぁっ!!」
アムガは報告に来た部下を一刀のもとに斬り捨てた。彼の周りにいる部下達は青い顔でその姿を見る。
「くそっ!!逃げるぞ!!逃げて再起を図るんだ!」
アムガの動揺した声に思わず腰をあげる部下たち。しかし、そこで
「その必要はない」
と声がした。
見ればアムガの声を打ち消したのはボグダーンだ。アムガは憎しみのこもった目で彼を見る。
「ボグダーン……貴様……」
「これを使え」
ボグダーンはアムガの前に一つの小箱を取り出した。
「これを使えば、貴様は何人にも負けぬ力を手に入れる事ができる。その力で奴らの頭を撃ち砕けば、我らの勝ちだ」
アムガは黙ってその小箱を眺める。そして口を開いた。
「それは……どのように使うんだ?」
「簡単な事だ。儂が術式を使ってお前に埋め込んでやろう。それで終わる」
アムガは黙ってそれを眺めている。
このままいけば自分の軍勢は壊滅。自らも討たれて終わるだろう。しかしこれを使えば、強大な力を手にする事ができるという。それで耐え忍ぶ間に背後の魔獣が奴らを飲み込んでくれる、と言うのがボグダーンの意見だ。
「また、これを埋め込めば、あの魔獣もお前の意のままに操ることができる。本来ならばお前に渡したくはないがな。今回は非常事態だ。貴様にくれてやる」
しかし、ボグダーンの声を打ち消したものがいた。
「アムガ様っ!!この男に騙されてはいけません。現在の状況は全てこの男が……ぐはぁっ!!」
だが、止めようとした彼の部下をボグダーンは素早い動きで近付き、その男の首をかき切った。
「小者め……その様な事を言っている場合ではなかろう。さぁどうする??」
「…………いいだろう。やってくれ」
そう言うとアムガはボグダーンの前に立つ。その言葉にアムガの配下の者達も青い顔になった。
「この力を手に入れられれば俺は草原の王になれるか?」
「草原の王ではない。全ての王になれるはずだ」
その言葉を聞きアムガはニヤリと笑う。
「面白い。この世の全ては俺のものだ。土地も財も女も、全て俺のものだ……やってくれ、ボグダーン」
「貴様のその欲望にまみれた性格は素晴らしい……では始めようか」
そう言ってボグダーンは小箱を開けるのであった。
◆
〈主よ、分かっておるか?〉
セインの言葉にアレスは頷いた。
「間違いなく、あちらから『魔王』の気配がする……奴らめ、『遺物』を使いやがったな……??」
そう呟いたその時、バトゥとシュウがこちらにやってきた。二人とも青い顔をしている。
「四代目っ!!不穏な空気が向こうに漂っておりますが!?」
「おいおい、俺でも解るぜ?さっきから背筋がゾクゾクしやがる……兄貴?何が起こってるんだ??」
「……とにかく行ってみよう。行けば解るはずさ。この場の指揮は全てロランに任せよう。君たちの軍は……」
「大丈夫、バートルとムカッサに預けてきた」
バトゥはそう言って笑う。
「俺がアムガを討たなければ、俺はラーンに就くことはできない。俺にとっても正念場さ」
バトゥの声を聞き、アレスも笑った。
「分かった。行こう」
こうしてアレス、バトゥ、シュウの3人は邪悪な気配が漂う、アムガの陣の中心部へ馬を走らせるのであった。




