北伐 その6 〜反攻〜
「炎の部族が敵に寝返ったようです!」
「報告っ!!砂の部族もまた敵勢力に寝返った模様!!」
蛮人王アムガの元に続々と各部族の裏切りの報告が舞い込む。その報告をイライラしながら、アムガは聞いていた。
「報告っ!!丘の部族が敵陣営に降伏した模様っ!!」
「があぁっ!!」
アムガはそう吠えると手に持っていた盃を伝令に投げつけた。
「ひゃあぁぁぁあ」
驚いた伝令は思わず一声叫び尻餅をつく。
「くそったれ!!一体どういう事だ!!あぁ!?」
そういうとアムガは横に侍している黒衣の男を怒鳴りつけた。しかし黒衣の男は平然とそれを受け止めつつ口を開く。
「どういう事も何も……お前がとっととあの風の部族とやらを潰さなかったのがいけないだろう?」
「なんだとっ!?」
「お前が名誉と色欲に目移りして、儂の言うことを聞かなかったのが原因だろう?」
黒衣の男はそう言うと盛大にため息をついた。
「……くっ!あれは!!」
アムガはこの黒衣の男に確かに言われていた。早々とあのバトゥという男を切り捨てておけ、と。
「あやつの目……あの目をする男は必ず我らの邪魔となるものだ。予想通りであったの」
「…………」
アムガがバトゥを殺さなかった理由は二つ。
一つは殺せば彼が欲しがっていた『ラーン』の位が遠のく事。二つ目は美女として名高い彼の妻クランを彼の目の前で犯そうと思っていた事。この二つがバトゥを殺さなかった理由である。
人質がいる以上、いつでも殺せると思っていた。しかし……ここに来てまさかの大陸人の反攻が行われた。
アムガはバトゥを使い風の勢力の大幅な減少を狙った。しかし結果は。
「共倒れを狙って、奴を当てろと言ったのはお前だろう!?ボグダーン」
アムガはそう言って、この黒衣の男……ボグダーンを睨みつけた。
ある日突然自分の元に現れた有能な参謀。ボグダーンの言う通りに暴れていた結果……アムガはこの草原の王としてラーンの位に後一歩まで迫る事ができたのだ。しかしここに来て、それは遠く去っていったようだ。
アムガとボグダーンは睨み合いを続ける。だが、先に折れたのはボグダーンの方だった。
「まぁよい。とりあえず……なんとかせねばなるまい」
彼ははそう言うと地図のある一点を指し示した。
「ここに来た以上、この丘にて決戦を行うのみ。それで一気に手を打たねばなるまい」
そう言うとボグダーンは懐から小さな箱を取り出した。
「それは??」
「本来ならこんなところで使いたくはなかったのだがな……だが、何がなんでもここで『軍神』を屠らなければならぬからな……」
「おい……ボグダーン……?」
怪しく笑うボグダーン。その様子を見ながら当惑するアムガであった。
◆
アレスとバトゥはアムガに対し反攻作戦を始めた。
参謀であるシオンが立てた策は一つ。
「とにかくできるだけ多くの部族を鉄の部族から離反させましょう。風の部族のように渋々従っている部族も多いはずですので」
アレス率いる第一軍、シグルド率いる第ニ軍。そして第三軍はロランが率いている。それに風の部族を率いたバトゥ。シュウも副将としてこの軍に参加。バートルやムカッサも当然ここにいる。
この四つの軍団が縦横無尽に草原を駆け巡った。
アレスが先に落としたのは炎の部族が人質となっていた地である。
夜、暗闇に紛れてアレスは人質を見張っていた兵達を急襲する。人質に手を出されてはまずいからだ。そのため、闇夜に紛れて襲いかかり、混乱している敵兵を次々に屠っていった。
「どうせ、人質に暴力をしていた男達だ。容赦なく殺せ。もし……人質達から助命嘆願されるような人物がいた場合は、助けてあげよう……おそらくはいないと思うけど」
アレス達はそうやって次々と人質達を解放する。それと同時にその事実をその部族に確実に伝え、次々と反乱が起きるように仕向けていった。
こうして次々と各部族を解放し、味方に引き入れていった。数週間後にはアレス達の軍勢には多くの騎遊民達が味方している状況となったのである。
「アムガの軍勢は全ての部族の人質を連れて、ガヤグの丘に集まっている模様。その数、数万」
アレスが今後の行動を決めるべく、主だった者たちを集めて話し合ってた折に、ゼッカから情報が入る。
「やれやれ、奴らも人質を散らす愚に気付き始めたか……」
人質を散らす事は各個撃破の対象になるため、メリットは少ない。その事にアムガ達も気がついたのだろう。
アレスの言葉にシオンも頷く。
「恐らく、奴らはここで我らと決戦を挑むつもりでしょう。気を引き締めて当たらなければなりますまい」
「望むところだ。ここで奴らを討てば、草原の情勢は一気に我らに移る!」
バトゥの横にいたムカッサはそう言って吠える。しかし、バトゥは渋い顔だ。
「しかし……奴らは人質を持っている。恐らくそれらを前面に押し出してくるに違いない。そうすれば彼らもまた巻き込まれるだろう。そして……その人質を誤って討てば、その部族からは永遠に恨まれる事となる」
「そうなれば降伏してくれた他の部族からの信頼も揺らぎ、バトゥ様のラーン就任が遠くなる……か」
バートルも顔を顰める。
「兄貴……何か良い方法はないか?」
バトゥの言葉にアレスは横目でシオンを見た。
そんなアレスの顔を見てシオンは苦笑しながら
「全く……主も少しは考えてくださいよ……」
と、愚痴をこぼす。
「いや、僕以上の考えをあっという間に思いつく参謀が今はいるから」
そんな言い訳を聞いて、小さく溜息をつきながらシオンは口を開くのであった。
◆
「ボグダーン!今度こそ大丈夫だろうな!?」
アムガはそう言ってボグダーンに吠える。
この男は全く自分で考えようとしない、無能な猿だ。
ボグダーンはそう心の中で呟く。無論だからこそ操りがいがあるのだが。
このアムガと出会ったのはまだ彼がチンピラ紛いの事をしていた時だ。
その野心と腕力、そして凶暴性はまさに自分が求めていた人材であった。
「儂の知恵があればお前はこの草原の王となれるであろう。手を組まぬか?」
『草原の王』という魅力的な言葉に惹かれたアムガは一も二もなく即答で同意する。
それ以後、アムガはボグダーンの策通り動き、瞬く間に草原一帯を支配する王となった。
つけられた名が『蛮人王』。彼に相応しい名であると思う。
ボグダーンにとって彼は己が望みを叶えてくれる存在でもあった。
ボグダーン、そしてからの所属する『宵闇の蛇』の望み、それは
『混沌』
である。
アムガは草原を制圧するとグランツ方面、および各地に向けて兵を出し略奪、暴行、虐殺を繰り返して来た。また、多くの騎遊民達を恐怖で縛り、意に沿わない多くの者達を惨殺してきたのだ。
まさにボグダーンの望み通りの動きをしてくれたのである。
「心配するな。奴らとてこれだけの人質を前に揃えた以上、我らに簡単に手出しはできぬはずだ。後は……背後から奴らが動いてくれればそれで勝てる」
「奴ら?」
「我らの仲間よ」
その一言でアムガは理解した。そして獰猛な笑みを見せる。
「今回も奴らは動いてくれるのか!?」
「そういう手筈になっている」
「でかした!よくやったボグダーン」
アムガは立ち上がり豪快に笑う。
「よしっ!全軍に命令しよう。まずは人質を前面に出し『肉の壁』を作れ。その背後に「槍の部族」ら、裏切りの可能性のある者たちを置く。我が鉄の部族は最後方より高みの見物だ!」
アムガは機嫌よく、口を開く。
「大陸人はいざ知らず……風の部族を始め、奴らに味方したやつは殲滅させる。徹底的に苦しませて殺してやる」
そう機嫌よく笑い、天幕を出るアムガを見ながら、ボグダーンは呟いた。
「万が一、今回の策が上手くいかなくても……彼奴には踊ってもらおう。最期の最期までな……」
そう言って不気味な笑みを見せるボグダーンであった。
◆
アムガ陣営にいる『槍の部族』のリーダーの名はボルドと言う。彼はバトゥの幼い頃からの盟友であり、同じように若くしてリーダーになったという共通点をもつ。
槍の部族は騎遊民の中でも圧倒的な攻撃力をもつと呼ばれる者たちだ。どの部族よりも馬を使いこなし、戦場を駆け回る。
アムガが攻め寄せてきた際も、彼らは慌てず騒がず落ち着いて反撃に出たものだ。そう……
奴らが現れるまでは。
ボルドは馬に跨りながら、一人陣地を回る。
ふと後ろの人質が集められている方を見と、そこには酒をくらい、彼らに乱暴しながら下卑た笑いをしている鉄の部族の兵士が見えた。ボルドは唇を噛み締めて、目をそらす。
「あの変な奴らがいなければこのような憂き目には合わなかったのだが……」
ボルド達槍の部族がアムガ率いる鉄の部族と対峙している最中に。横合いから奴らが襲いかかってきたのだ。
ボルドははっきりと顔を覚えている。
魔獣を率いた黒い牛の顔をした戦士の事を。
彼らが横から突撃した事で部隊は崩壊。そして族長であった父は殺され、槍の部族の騎兵達は一気に魔獣に飲み込まれた。
そしてその結果、一族は皆奴らの奴隷に、そして自分は奴らの先鋒として東の地を駆け回っている。
「バトゥの奴、無事だろうか……??」
風の噂ではバトゥもまたアムガにいいように使われ、その戦にて大敗したと聞く。
ボルドがそんな盟友に思いを馳せた時だった。彼の頭にコツンと何かがぶつかったのは。
「なんだ!?」
ここには今、自分一人しかいないはず。自分の頭にぶつかった物体をよくみると、それはくしゃくしゃに丸められた一枚の紙であった。
怪訝そうな顔でボルドはそれを拾い上げ、そしてそっと開く。そこには、文字が書かれていた。
バトゥやボルドは騎遊民には珍しく文字が読める。ボルドは何気なく目を通しながら、ある一文の文字に目が釘付けになった。
「『我が盟友ボルドへ』……これはバトゥの文ではないか!!」
慌てて声をひそめ、その文章を読み進めるボルド。その目が怪しく輝き出す。
ガヤグの丘にいる両陣営。それぞれが思惑を抱えながら戦いが始まろうとしていた。




