北伐 その1 〜初戦〜
「シオンの読み通りの展開になったね」
アレスはそう馬上から斜め後ろにいる己が参謀に声をかけた。
シオンもまた馬上から主に答える。
「はい。まぁ彼らとしてはそれしか方法がないですからね……」
アレスがゼッカから報告を受けた翌日。即、トロイアの砦にいる全軍に指示が下った。
部隊が3つに分けられ、迅速に行動を開始する。
一つはシグルドを大将とした一軍。構成は彼の第2軍から成り立っている。騎兵を中心とした彼らは、ただ北方に駆けていく。勿論彼が管轄している竜騎士団も一緒だ。
一つはロランを中心としたトロイアの守備兵だ。これにハインツから連れてきた第一軍……通称『破軍』の『青軍』が合流する。
「必ず、何度かは奴らは攻めてくるでしょう。だが、彼らは攻城戦は苦手としております。守りを固め、魔法を駆使して対応すれば大丈夫です」
とはシオンの言である。
そして最後の一つは、アレス自らが率いる軍。第1軍の中の『赤軍』と第3軍の混成軍である。
「第3軍は騎兵と歩兵が入り混じってる部隊だからね……相手が相手だから今回は騎兵のみ連れていくよ。歩兵は勝負を決める際に出てもらおう」
そう言ってアレスは歩兵隊にいつでも出れるように待機をさせ、騎兵のみを連れて出ていった。
アレスの部隊が目指すのはバトゥ率いる蛮族軍が構えている地だ。
こうして、戦の火蓋が切って落とされたのであった。
◆
アレスの軍が出撃してから二週間ほど経つ。バトゥは現在の戦況に苛立ちを隠せなかった。
「くそっ!!何が目的だ!!」
バトゥが襲いかかると騎兵主体としたグランツ軍は一斉に逃げ去っていく。では無視をして砦を落とそうとすると背後から現れた襲いかかる。だが、一転反撃に出るとやはり恐ろしいまでの速さで逃げ去る。この繰り返しだ。
「バトゥ、焦るな」
シュウはそう言って若いバトゥを落ち着かせようとする。
「奴らはこうやって小さく我らを削るつもりだろう。一度引いて態勢を整えるのも手だ」
「しかし、そうすればやはり背後から襲われる。いずれにしてもこちらの分が悪い……」
バトゥは馬上で再び考え込む。まるで掌の上で踊らされている感覚だ。このような事は今までの戦で経験した事がなかった。焦りだけがつのっていく。食料も残りわずかだ。だが、略奪しようにも全ての街が焼かれており、何も奪うものがない。
「バトゥよ……俺に考えがある……」
シュウは起死回生の一手をバトゥに告げた。バトゥもまたそれに頷く。
「それでいこう。後は奴らがのってくれたらいいのだが……
バトゥはそう呟くと決意に満ちた表情をするのであった。
◆
「ゼッカから情報が入った。どうやらシグルドの方も終わったみたいだ」
アレスはそう言ってシオンに笑いかけた。
「とりあえず、第一段階は終了。後はこっちを終わらせよう」
「そろそろ向こうも限界でしょう。となると、次の手は簡単に思いつきますね」
シオンもそう言って笑う。
「本音を言うとあと1日2日は欲しかったけどね。しょうがないか。まぁ上手くシグルドの作戦が終わるまで時間を稼げたもんだ。良しとしよう」
「シグルドも古代龍に乗って来ると言っているそうなので……なんとか時間は間に合うと思いますが?」
「そうだね。でもまぁその前に……彼らの最後の手を受け止めようか」
「窮鼠猫を噛むとも言います。油断なきよう」
アレスはシオンの言葉に頷くと全軍に指令を出した。
「全軍に伝えよ。これからトロイアの砦を攻める蛮族の軍を『第二作戦』で襲撃する。事前に伝えたように動く事」
「承知!」
そう言うと伝令は素早く全軍に知らせに行く。
「さぁて……忙しくなるぞ」
その後ろ姿を見ながら1人呟くアレスであった。
◆
もう、何度目になるのだろう。バトゥは例のごとく、砦を攻め立てた。いつものように砦からは多くの矢や魔法が降って来る。
「さて……そろそろ奴らが出るはずだ……」
「今は耐える時です。必ず奴らはきます」
シュウもそうやって頷く。今回は過去何度もやっているようにシュウは砦を攻めることはない。ただジッとこの後必ずくるであろう、敵の増援を待っているのだ。
シュウの読みでは、敵は必ず増援を寄越し、挟み撃ちにするはずである。そして我らが反転し、攻める頃には再びいなくなっているのだ、と。
そこでシュウは、砦を攻めると見せかけて、常に突撃できる準備をし、奴らが反転したところを徹底的に殲滅するという策を立てたのだ。
「準備さえ出来ていれば我らの騎兵なら逃すことはない。そこで某自らが先頭に立ち、総大将を討つ。それで勝負は決まるはずだ」
シュウの言葉にバトゥもまた頷き、そのチャンスを伺っていた。
「来ました。奴らです!!」
伝令の言葉にバトゥは思わず拳を握り叫んだ。
「来たかっ!!シュウ!!」
「承知!!」
シュウもまた十字槍を構えて、突撃のタイミングを見計らう。
後ろを向き、反転した時こそ好機……しかし敵は一向に背を向けない。
バトゥもシュウもいつもと違う戦況に戸惑い、そして気づく事になる。
「まさか。奴らは……」
「どうやら、今回ばかりは我々を殲滅するつもりらしいな……」
バトゥはシュウの言葉を聞き歯噛みした。
「くそっ!!今回に限ってこれかっ!!我が命運も尽きたか!!」
バトゥの声にシュウは冷静に返答する。
「命ある限り、何が起こるかわからん」
そう言うとバトゥに指示を出す。
「予定が少し変わっただけだ。俺が突っ込むのには変わらぬ。バトゥ、行くがよいか?」
バトゥはシュウを見る。彼の瞳は一点を見つめて離さない。恐らく大将がいる方向を見ているのだろう。その姿を見てバトゥは覚悟を決める。
「我が陣中で一番の勇者はお前だ。シュウ」
そう言うとバトゥは彼の方を掴んだ。
「お前が負けるようなら、俺は潔くこの場で散ろうと思う。お前にこの戦の命運をかけよう」
「その覚悟、受け取った」
そう言うとシュウは大声で後ろの味方に声を上げる。
「我、今から敵総大将の首を取りに参る。勇気のあるものは我に続けっ!!」
そしてただ1人槍を振り回し敵陣に突っ込んで行く。それを見て、多数の蛮族が続く。
その様子を見ながら……バトゥは次の指示を出していく。
「バートル、ムカッサ。そなた達は残った兵を率いて砦の攻略に。決してあっちの兵を増援として出せないよう攻め立てよっ!!」
「「御意!!」」
バートル、ムカッサ共にバトゥの幼馴染にして、風の部族の若き猛将として知られている。バトゥにとって最も信頼できる部下をここで当てたのだ。
「何がなんでもこの窮地を脱しなければならない。頼んだぞ……皆……」
そう呟くバトゥであった。
◆
「釣れたね」
「釣れましたな」
アレスとシオンはシュウの姿を見て思わずほくそ笑んだ。
「恐らく彼がこの一軍の中の最大の戦力だ。僕が行こう」
そう言ってアレスはシュウの方に向かって馬を走らせる。その姿を見てシオンもまた彼の後を追うのであった。