風の部族
広い草原。その真ん中に大きな砦。トロイアの砦である。そこを見下ろす小高い丘に二つの騎馬の影。
「ふむ……大陸人はまだ動かない……か。なんとかあの砦に奇襲できる方法はないものか……??」
そう呟くのは、蛮族の将軍であり、風の部族の族長バトゥだ。年は20になるかならないか。ほぼアレスと同年齢と言ってもいいだろう。
黒瞳黒髪、引き締まった顔つきの美丈夫だ。鼻の上に横一線の顔傷が彼の印象を引き締まったものに変える。
皮の鎧を身に纏い、頭には蛮族特有の馬の皮で作った帽子を被っている。
若い。若すぎるほどだ。しかし彼は不思議と蛮族に圧倒的な人望がある。
その理由としては二つ。
一つは彼が風の部族の長の直系だから。
風の部族は蛮族の伝説的英雄、ジャムカ・ラーンを出した部族だ。名門中の名門である。その直系たるバトゥは、血筋の上でも貴種と見られていた。
二つ目は彼自身の能力と実績だ。
若いながらも族長バハールに従い数多の戦に参加している。そして、ほぼ全てに勝利をしているのだ。
武勇に優れ、人望厚く、そして実績があり、名門の家柄。以前までは多くの者が彼の事を
『ジャムカの再来』
と呼んでいたほどである。
だからこそ……今の立場にバトゥは歯がゆい思いをしている。アムガに従うこと……それは風の部族の誇りを捨てた事と同意義だ。
自分の立場が暗転するのは一瞬だった。鉄の部族が風の部族の地を襲撃した事から全ては始まる。父バハールの命で風の部族の主だった者たちを率いて最近略奪を繰り返す鉄の部族を討つため出発し……その隙をアムガに襲われたのである。
気づいて戻ってきたバトゥにアムガは言った。
「風の部族の命運は我が手中にある。我に降り、我が命に従え」
と。そして
「従わねば、部族は皆殺しよ」
と。
それ以降、風の部族の男達は彼らの先鋒として常に危険な戦をくぐり抜けてきた。アムガは使い捨てのように風の部族を危険な戦に投入していく。バトゥは己が知恵の全てを絞り、その危機を切り抜けてきた。
しかしどんなに戦功をあげても彼らの待遇は変わる事はない。男達は次の困難な戦に当てられ、人質となった者達は奴隷のような生活を余儀なくされるのだ。
確かにアムガは武人としては突出している。だが勝てない事はないとも思っている。だが、そのような経緯から彼は絶対服従を強いられているのであった。
◆
バトゥの言葉に横にいる異国風の男が反応する。
「下手に動かぬ方がよい。特に我らの騎兵は攻城戦は得意とせぬ。向こうから出るのを待って草原で勝負をつけるのがよいだろう」
バトゥは横の男、シュウ・シラヌイをマジマジと見つめる。身長は並より少し大きいほどだろうか。彼もまた黒瞳黒髪でその長い総髪を後ろで束ねている。切れ長の瞳は見る者を印象づける。見慣れぬ赤き鎧を身に纏い、手にはこの大陸では珍しい十文字槍、腰には業物を思わせる東国特有の『刀』を下げていた。
彼と出会ったのはアムガに降った後の事。戦場を駆け回るバトゥが行き倒れているショウを発見したのだ。どうやら飢えていた様子だったので手持ちの食料を渡した。
彼を救った事で、シュウはバトゥに恩を感じたらしい。
「某が仕えるのは『叢雲』の家の者のみ。ただ、助けてもらった恩は忘れぬ。今日より其方の『盟友』として助けになろう」
当初勝手に押しかけてきたシュウに迷惑をしていたバトゥだったが……その後、幾度も彼に助けてもらう事となる。そして気付くのだ。この助けた男が人智を超えた武勇の持ち主である事に。
いつのまにか、その武勇と真面目な性格から他の風の部族にも認められ、バトゥの軍には無くてはならない存在となっていたシュウ。
武勇だけでなく知略にも長けており、バトゥは何かと彼を頼るようになっていた。
「しかし必ず奴らも出る時がくる。その時を待ち構えて草原で勝負を決しよう。そら、兵が戦の準備をしている。あれはじきに動く証拠よ」
そう言って目を細めその様子を眺めるシュウとバトゥであった。
◆
シュウの読み通り、トロイアの砦から兵が動いたとの情報が入った。
「ふむ……二方向から出撃?」
訝しむバトゥとシュウ。今ここで兵力を分散させて何の得があるというのか?
「何か小細工をしたのかもしれん。油断なきよう」
「勿論気をつけるさ。で、こちらはどう動けばいい?」
バトゥは戦略戦術面においては今は常にショウに全面的な相談するようになっていた。シュウはジッと考えた後、一言。
「各個撃破」
と呟く。
「先程から見るに竜とともに出撃した軍は、北の地に向かった。数も多いし、竜も厄介だ。対してもう一軍の方が数は少なく、相手にしやすいだろう」
「では決まりだな。始めに後から出てきた奴から相手をしよう」
そう言うとバトゥは愛馬に跨る。
「シュウ。全軍に伝達。これより我らは大陸人と本格的な戦に入る。ここを破り、アムガの奴に我らの強さを思い知らせよう!と。」
「承知した」
シュウもまた馬上の人となり軍を待機させている丘の下に駆け下りていく。
バトゥはそれを見ながら……思わず自嘲する。
「……例え、この戦に勝ったとしても我々の立場が好転する事はあり得ないがな……」
アムガの狙いは風の部族の戦士が全ていなくなる事だ。そして、そうなった時、始めて『ラーン(族長)』の地位につこうとしているのだろう。
ラーン(族長)の地位は本来風の部族の物。それら多くの部族もまた、そう認識している。彼が何度もラーンを名乗りたいと言っても、いずれの部族も賛同しなかったのはその伝統があるからだ。それ故に、アムガからすれば風の部族は目の上のコブのような存在だ。風の部族さえ消えれば自分が勝手に名乗っても誰も異を唱えないだろう。だからと言って安直に風の部族を虐殺すれば、現在降った他の部族が今度は蜂起するだろう。また風の部族も決死の反抗をするのは間違いない。そうなれば下手をすれば共倒れだ。
「だから、奴らは俺たちを使い潰す気なんだろうな」
バトゥはそう言って唇を噛み締めた。風の部族の女子供を人質に取ることで、徹底的に利用しようとしているのだ。
そんな事を考えていると、丘の下から数多の騎兵達がかけあがってくる。先頭にはシュウがいる。
「準備はできたぞ。さぁ行くか」
この異国の戦士の言葉にバトゥは頷いた。そして静かに馬を走らせる。それを合図に他の騎兵達も付き従っていく。
向かうはグランツの精兵のいる地へ。しかしこの戦いがバトゥ達風の部族と異国の戦士、シュウ・シラヌイの運命を変えることになるとは……この場の誰もが予想できなかったであろう。
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