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蛮族

街全体で盛大に行われたアレスの婚礼からわずか一月後。


シュバルツァー辺境伯領は急遽、出兵の準備を行う事となった。


本来であれば、もう少し婚礼の余韻に浸りたいところではあったが、ゼッカから北方の蛮族に不穏な動きありとの緊急の連絡が入り、そうもいかなくなったのである。アレスもせっかくの甘い新婚生活を送る事も出来ず、すぐに対処に追われることとなった。


まず、シグルドを大将とした一軍を出す事を決定した。彼所属の第2軍と竜騎士団、そして本来ならダリウスが率いる第3軍を北方の砦に向かわせる。さらに参謀として今回はシオンもついていく事が決まった。


「どうやら今回の蛮族の反乱は今まで以上の規模になりそうです。押し寄せて来る軍も予想以上に多い……これは私も行かねばなりますまい」


珍しくシオンが自ら戦地に赴くと皆に伝えた。その一言で事が重大なのがわかる。シオンは本来あまり表にはでたがらない性格だ。出来ることなら楽をしたいと公言している。それが、自ら第一線に行くと言うことは、事態はそれだけ緊迫していると言うことだ。

円卓を囲んでいた全員の顔が引き締まる。


「ゼッカ殿の情報では彼の地で政変が起きた模様です……どうやら蛮族どもをまとめ上げた王が生まれたらしい……これに関しては予定外でした。早急に動かなくてはなりません」


北の蛮族は『風』の部族や『鉄』の部族と言った様々な部族に分かれている。

ここ数十年、お互いが牽制しており、まとまる事はなかったのだが……どうやら強大な力でまとめ上げたものがいるらしい。

アレスは興味をそそられたように、その者について詳しい情報を欲した。


「ゼッカどのの報告では……名を『アムガ』と言う、最大勢力であった『鉄の部族』の新しい族長のようです」


「よりにもよって『鉄の部族』か……。あそこはあまりいい噂は聞かないのだが……」


ゲイルの言葉にダリウスも続く。


「以前、ここにやってきた時は俺が叩き潰したのを覚えている。おそらく北の蛮族の中では一番好戦的な奴らだ。ただ、あの一族は統率も何もあったものじゃない。奪うものは根こそぎ奪っていく……そのため他の部族からも嫌われているはずだが?」


ダリウスの言葉にシオンは頷いた。


「えぇ。何が起きたのかは分かりませんが、急激に力をつけた様子で、残りの部族も全て力でねじ伏せていった模様です。また、多くの部族を配下にいれた事で、数百年ぶりに蛮族の王の称号である『ラーン(族長)』の地位につこうとしていると報告を受けております。ただ、その称号は本来『風の部族』のものなので、彼らが頑なにそれを拒否しているとか」


「『ラーン(族長)』の称号は風の部族の伝説の王、『ジャムカ・ラーン』がつけていた称号だからな。それを譲るとなると、彼らのプライドもボロボロだろう」


『ジャムカ・ラーン』は今から数百年前にいた、伝説の王の名である。わずか1代で大アルカディア帝国に匹敵する広大な領土を持ち、遠く東の大陸にもその名を知らしめたと言われている傑物だ。


「アムガの性格も鉄の部族の族長らしく粗暴で傲慢、人は恐れて彼の事を『蛮人王』と呼び、彼もまたその名を気に入っているとか……」


その報告を聞きながら、アレスは深く考え込む。


「そうか……しかしまだ情報が少なすぎる。引き続き情報を集めるように。ところで、もしその男が斃れたとしてその代わりになりそうな者は蛮族達にはいるのかな?」


「それはまだなんとも……そこのところも含めてゼッカ殿に探りを入れてもらいましょう」


シオンの言葉にアレスは頷く。


「そうだね。状況はどんどん変わってくるだろう。そちらはかなり大変な戦になりそうだから、とにかく東の制圧を急がないといけないな」


そう言ってアレスはこれから進軍する予定の地図を見るのであった。




地理的に見ていくとグランツの東の山脈地帯は、東方諸国においては北方に位置する。東方諸国側からは絶壁になっており影響は少ないが、グランツ側からはなだらかな場所も多く、行き来ができる。


この地に住まう種族は主に2つ。


一つは『真』のドワーフ族と呼ばれる者たちだ。彼らは他のドワーフ達と異なり自らはドワーフ族の祖に繋がる直系であると自認しており、他の種族との交わりを好まない。

大陸にいるドワーフよりも身体が一回り大きく、また手先も器用であると言われている。彼らは交流はあまり行わないが、性格は穏やかである。そのため旧グランツ公国ではその存在を黙認し、こちらから一切の交流をせず放置してきた……ただ一人を除いては。


「ダリウスはこの真のドワーフ族とは面識があるんだよね?」


「あぁ、あそこの酒は美味いからな」


アレスの質問に笑うダリウス。そして苦虫を噛み潰したような顔をするゲイル。


「この愚息はあれほど行くなと申しても酒欲しさに向かってしまうのです。本当に困った奴で……」


「そんなこと言いながら親父も俺が持ってきた火酒をこっそり飲んでただろう?」


「お前……それとこれとは話が……」


慌てるゲイル。その様子を見てアレスは笑った。


「まぁ、こことは争わないで済むような気がするんだよね。条件としては相互不可侵の盟約。できれば……物資の交換も」


アレスの言葉にシオンやジョルジュが頷いた。


「真のドワーフ族が作成した武具はちょっとモノが違いますからな……出来ることなら交流を深め彼らのその技術を生かせれば嬉しいものです」


「特に新兵器に必要な技術は、彼らの方があるかもしれない。主には是非とも盟約にこぎ着けるよう頑張ってもらいたいよ」


2人の言葉を聞き、アレスは苦笑した。


「まぁ、努力してみる。とりあえず刺激をしないように白軍は居住区から離れたところに待機させ、僕とダリウスで行くつもりだよ……で、問題はこちらの方だね」


そう言うとアレスはそっと山脈の地図を指差す。彼が指差したのは真のドワーフ族の地から北側の方。


「アーリア人は状況によっては略奪に来る場合があるからね……ここは確実に制圧しないといけないな」


グランツの北部から蛮族の住まう草原にかけて面している山脈地帯の北側にアーリア人は住んでいた。


彼らの特徴はその好戦的な所である。噂では幼くして崖下に落とされ、這い上がってきた者だけを育てると言われている。筋肉に覆われた屈強な身体をもち、異常なまでの身体能力を誇る。


魔力があるわけではない。だが、まるで身体強化の魔法を使ったかのごとく、全ての者たちが高い身体能力をもっているのだ。


「アーリア人の恐ろしさは死をも恐れないその戦いぶりだろう。彼らは戦場において死を受け入れたら、その身体が動かなくなるまでひたすら相手を殺し続ける……そんな人たちだ」


数年前、グランツ公国はアーリア人と戦を行っている。北の蛮族のとある部族と手を組み、攻め込んできたのだ。


その際、ゲイルは軍を率いて迎え撃ったが……


「あの時の戦は今でも忘れられません。相手はわずか千ほど。こちらは精強なグランツ兵3万……しかし、何度も苦渋を舐めさせられました」


その時、結局食い止めたのはダリウスの武勇であったという。


「とにかく彼らを抑えることが大切だ。それが終わってから一年をかけてじっくりと北を攻める……もう、休みは終わった。事態は次々と変わることを皆も覚悟しておくように」


アレスの言葉にその場にいた一同は力強く頷くのであった。




「と言うことで、明日には立つことになりそうだ」


アレスの言葉に、部屋にいた彼の妻達は黙り込んだ。


婚姻の儀を行ってからまだ一月。お互い共にいたいと思うのは人間の(さが)であろう。だが、事態はそれを許してはくれなかった。


「離れるのは寂しい……けど、この場にいる者たちは全員分かっております」


皆の総意を感じ、口を開いたのはコーネリアだ。


「今はこちらに気にせず、目の前の大切なことだけに集中してくださいませ」


「アレスが戦に出てる間にこちらはこちらで、ハインツのために色々やろうと思ってるから……心配しないで」


「無事のお帰りをお待ちしております」


シャロンとロクサーヌも言葉を続ける。アレスはその言葉を聞き……ニッコリと微笑むのであった。




翌日、シグルドとシオン率いる軍団が北の砦に向かった。それと同時にアレスとダリウスもまた東の山脈へ向かう。


「白軍は途中途中で合流してくるはずだよ……そう言う連中だから」


とアレスは笑った。


屋敷を出るときには二人だった。しかしアレスの言葉通り、一人、また一人と徐々に人数が増え、東の山脈付近では80人ほどの人数になっていた。

いずれも曲者揃い、だがきっと見る人が見ればそれがどのような集団かがわかるはずだ。


「主よ……こうも手練れがいると面白いな」


ダリウスは彼らを見て笑った。


「彼らも君を見てびっくりしてるけどね。合流した際、あれほど緊張感をもった彼らを見たのは初めてだよ」


アレスもそう言って笑い。そして眼下に広がる景色を眺める。

そこにはドワーフ達が住まう街並みが広がっているのだ。かくしてシュバルツァー辺境伯領は新たな一歩を踏み出すこととなったのであった。


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