英雄皇の婚礼
その日は昨晩の雨が嘘のような澄み渡った青空が広がる日となった。
「お父さん!早く早く!!」
エルマーは今、子供に手を引かれてハインツの大通りを歩いている。向かうはハインツ中央部、この街自慢の大きな神殿だ。
「早くしないと領主様の結婚式始まっちゃうよ!!お嫁さん達、見れないよ!!」
「おぅ、分かってるって」
そう言いながらはぁはぁと荒い呼吸をしつつエルマーは子供についていく。
今日は領主アレスの婚礼の儀。その姿を一目見ようとハインツにいる多くの民衆が神殿に詰めかけている。人によっては徹夜で場所取りをする者もいると聞く。
(すごいな。いくら領主様とはいえ、街全体で結婚式をするなんて聞いたことがない)
そんな事を思いつつ、自らも神殿の方向へ向かう。周りを見渡せば同じようにせかせかと神殿に向かっていた。そしてその顔は皆笑顔だ。
何よりその面子……全ての種族がいるのではないか?と思われるほど多種多様の者たちで溢れている。
(歴史上、これだけ多くの人達から祝福される結婚式なんて聞いたことがない。その場にいれるということは、俺はある意味幸せなのかもしれないな……)
そんなことを考えながら、先を急ぐエルマー達親子であった。
◆
シャロンは窓のカーテンをめくり、そっと外の様子を見て……そして溜息をつく。
「なんでまぁあいつといると、毎回毎回こんなに大騒ぎになるのかしらね」
神殿の外にはハインツ中の民が祝福のために駆けつけてきている。
「いいじゃないですか。あれは私たちのために来てくださっているのですよ?」
そう言って答えるのはロクサーヌだ。また他の婚約者達も笑顔で頷く。
シャロンは純白のドレスを纏っている。先日ロクシアータ伯爵が持ってきた母の形見のドレスを仕立て直したそうだ。華美な飾りはないが、彼女の美しい金髪と相まって美しさを際立たせていた。
応じたロクサーヌは青を基調としたドレスである。一見冷たい印象を受けるかもしれないが、そう思わせない彼女の笑みが印象的だ。
向かいにいるミリアは薄い赤を基調としたドレス。情熱的な彼女に相応しい。またシンシアは薄緑色のドレス。幼い彼女ではあるが、こう見るととても大人びて見える。
「そやな。うちらに何か危害があるならそれは困りもんやけど。別に悪さする奴もおらんしいいとちゃう?
「悪さするにも、そんな事は絶対にできないでしょうし……」
「あの2人がいる限り……この部屋に勝手に入る事は無理ですから……」
ニーナの言葉に頷いたシータとマリアの視線の先には……先程から控えているヘルムートとゼートスが見える。
ヘルムートはその視線を感じると笑う事なく一礼をする。金色の鎧をピカピカに磨かれたゼートスは微動だにせず、その場に直立不動で立っていた。確かに彼らがこの部屋にいる限り、悪さなどできるわけがない。
ニーナのドレスは紺色だ。その落ち着いた色からか、あの騒がしいニーナがお淑やかに見える。
そしてシータはシャロンと同じく白を基調としたドレス。穏やかなシータを見事に引き立てたドレスだ。当初はこのような立派な物を……と固辞していたが皆があれやこれやと押し付けて今に至る。
マリアはベージュのドレスを纏っている。帝都の黒薔薇の館のカーラから送られたドレスだ。どうやら特注で注文したそうである。
「……ちょっとリリアナ、あんた何見てるの??」
シャロンは先程から皆と明らかに違うところを見ているリリアナを注意する。
リリアナの視線は、先程からジッとゼートスの腰に履いている剣に向けられていた。
「ん?あぁ……いや、あの剣はどのようなものなのか気になってな」
その言葉を聞き、近くにいたリリスはくすりと笑った。
「あらあら。リリアナさんはよっぽど剣がお好きな事で。リリアナさんは帯剣して婚礼の儀を行えばよかったのではないですかぁ?」
「……なんか馬鹿にされた感があるな。叩き斬るぞ、魔族」
「ちょっとからかっただけなのに……ほんと物騒なことばかり言う人。怖い怖い」
「やめなさいよ、あんた達……リリスはそうやってすぐリリアナをからかうんだから」
そう言ってシャロンは溜息をつく。
リリアナのドレスは青白く透き通った色をしているものだ。やはり騎士という立場からかシャロンと同様に華美な飾りはない。
リリスは全体が桃色のドレスを纏っている。多少露出が多い作りになっており、彼女の色気がとてつもなく引き立つ。
そして……
「皆さんお待たせしました。ごめんなさい」
謝りながら奥から登場するはコーネリアだ。その瞬間シャロンをはじめ他の婚約者達は一斉に頭を下げた。
「えっと……それはもうやめてもらえませんかと……」
「いや、それは無理ですよ、きっと」
そう言ってシャロンは言葉を続ける。
「私達も好きでコーネリア様に頭を下げているんですから。慣れてください」
いたずらっ子のような笑みで答えるシャロン。そして共に笑顔の他の婚約者達。
その顔を見てコーネリアも笑う。
「もうっ!!なんか仲間外れされてるみたいです」
とても暖かい雰囲気が彼女達を包んでいる。
穏やかな笑いが響く中、不意に扉が開き声をかけられる。
「それでは奥方様方、準備が整いましたので、向こうのお部屋までお願いいたします」
その声を聞き、ヘルムートは恭しく頭を下げた。
「では奥方様方、そちらまではこのヘルムートが案内させていただきます。どうぞ後についてきてくださいませ」
彼女達は皆お互いの目を見合い、そして立ち上がった。
「さて、アレスはなんて言ってくれるかしら?」
「あの朴念仁の事だから、特に何も言わんとちゃう?」
「こういう時は『ギルバートさん』からしっかり指導してもらわないとダメですよね」
そうやって楽しそうに語らいながら……彼女達は部屋を後にするのであった。
◆
その後の先の様子は歴史書にも克明に記されている。また、多くの者たちがそれを目撃しているため資料も多い。
こと歴史書が驚きをもって記しているのはその神殿の内部。太陽神アインを筆頭に様々な神々が……それこそ当時異端とされていた神まで鎮座していた事であろう。
この婚礼を取り仕切ったのは、教会の異端児として名高かったフェリクス司教。コーネリアやシャロンといった人族の者たちは皆太陽神の御前で誓いを立てさせたが、ニーナやリリスと言った獣人や魔族の前では彼らが拝んでいる獣神や魔神の前で誓いを立てさせたという。
誓いを立てた後に口づけを行う。彼女達は皆、赤く頰を染めながら受け入れる。一通りの形式が終わった後、アレス達は一斉に列席した多くの者たちから祝福を受けた。こうしてアレスの婚礼の儀は終わりを告げたのである。
「さぁ、神殿の外に出てください。民たちが皆様のお姿をお待ちしております」
フェリクスに促され、アレス達は神殿の外に姿をあらわす。神殿に入る横に広い大階段の下には。
「おぉ、いらっしゃったぞ!」
「我らが領主様だ!」
「奥方様も一緒だ!!」
「うわぁ〜みんな美人ばっかり」
「ほんと……綺麗すぎてうっとりしちゃいますね」
「つか、領主様もあれだけたくさんの美人に囲まれて過ごすなんて……くそっ、羨ましい!!」
「あぁ、シャロン様……なんて美しいんだろう……」
「リリアナ様は美しいというより、凛々しいよな」
「どの奥方様も美人すぎて……羨ましすぎる……」
「最後に姿を現したのが……あれがコーネリア様だ!」
「おぉ、我らの聖女様がいらっしゃった!!俺はあの方を追いかけてこの地まできたんだ!!」
「私もそうよ!!あの方はうちの子の命の恩人なんだから!!」
「……あーだ、こーだ言わずとりあえず祝おうや」
「そうだな……じゃあアレス様万歳!!」
「奥方様万歳!!おめでとうございます!!」
「ハインツに栄光を!!」
「シュバルツァー辺境伯領にさらなる栄光を!!」
次第に大きくなっていく声。熱狂が熱狂を呼び、神殿の外は大騒ぎとなった。
「皆、彼らを見てほしい」
アレスは己が妻達にそう小さな声で言葉をかける。
「僕が守りたいもの……それはこの民達だ。きっとこれから先も様々な事があるだろう。苦労をかけるとも思う……でも……どうかついてきてほしい」
その言葉を聞いて、最初に口を開いたのはシャロンだ。
「あんた、今更何言ってるの?」
「え?」
「そんなの分かり切ってる事でしょ?その覚悟がなかったら今この場所にいないわ」
他の者達も続く。
「貴方の妻になるという事は貴方の大切にしているものを全て受け入れる事です」
と言ったのはロクサーヌだ。
「そもそも……苦労も何も、今これだけ多くの女性がここにいる事自体おかしいやん。何が起きても驚くことないわ」
ニーナは笑う。それにつられて他の者達も。
「アレス様」
最後に口を開いたのはコーネリアだ。
「私達は貴方の全てを受け入れております。この民が貴方にとっての子供なら、私達にとっても同じです。この国が貴方にとっての大切なものなら、それもまた同じ。貴方は貴方の望まれるよう動いてください。私達は貴方を信じ、そしてどこまでもついて行きますから」
コーネリアの言葉にその場にいた全員が頷く。
「皆……ありがとう」
アレスもまたそれにつられて笑みをこぼすのであった。
◆
『鉄の結束』を誇り、『実の親子姉妹より仲がよい』と言われたアレスの後宮は、このメンバーから始まった。領地が広がるにつれて……その数は増えていくが、後の歴史家が不思議がるほどトラブルがなかった。
ただ、各々が実力者揃いだったため、良きにしろ悪きにしろ軍事に政治に多大な影響力を及ぼす一大勢力になった事は否めない。
また、この結婚式で歴史的な大事件。それは皇族も含まれるような神殿に太陽神以外の神が祭られ、そしてその前で誓いを立てた点である。
数年後、この件をきっかけとして、アレス達は教会勢力と全面的な争いになるのである。
やばいです……
本当に筆が進みません……
気づけば2ヶ月かけて書いてきたストックがだんだんと少なくなってきています……
そしてそして仕事が急に忙しくなり……感想や活動報告の返事どころか、誤字訂正もできない始末。
ど……どうしよう……どうか仕事の休みをください……




