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英雄の中の英雄の物語 〜アレスティア建国記〜  作者: 勘八
間章 〜舞台の裏で その2〜
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教会の闇

「ふむ……今回グランツに送り込む者はセシル・グリフィス麾下の者……という事か」


「御意。グランツは異端の地、誰も希望を出さなかった土地です。そのような地に希望して部下を送り込む……セシルは我らの命令に対して不遜にも拒否をするような男です。今回の件でも何か碌でもないことを考えているに違いありません」


そういったのはフードを深々と被っている男、ロマー二はそう目の前の男達に報告した。


ロマーニは教会勢力において現在10名いる大司教である。年は50代。まだまだ野望は捨てておらず、枢機卿、あわよくば法王の地位を狙っている。

肥えた体に、指には多くの宝石をつけており……傍目には彼が神に仕える身であることは分からないであろう。


彼の目の前にはシェラハザードにいる4人の枢機卿がいた。いずれも法王の補佐を務める神国の頭脳である。

筆頭枢機卿を務めるヴァンデウス。元々は貴族の出であり、権力志向が高い。現在最も法王に近いとされている男である。

対してその反対側に座る次席枢機卿のルキウスは庶民派と呼ばれている。ヴァンデウスにとっては目の上の瘤といっても過言ではない男だ。

そして、序列3位のヨハネス、序列4位のボドワンと続く。彼らは共にヴァンデウスの派閥に属する者だ。


そして中央には神国の頂点に位置する法王ゼルギウスが座している。

法王になって20年余り。以前はアルカディア皇帝セフィロスと手を結び、辣腕を振るう法王として有名であったが、ここ最近は老齢からかあまり表に出ることもなく、まるで別人のようになっていた。


「ふむ……その点はどうなのかな?ルキウス殿。セシルは貴方の直属だったはずだが?」


ヴァンデウスはそう言うと目の前に座すルキウスに鋭い視線を向ける。その目は非難を帯びていた。


「どうなのか……と申されましてもな。恐らく誰も希望がいなかったから、麾下のものを出したのだと思いますが??」


ルキウスは刺さるような視線を無視して、そう嘯いた。


「本来なら彼自ら行くことを望んだようです……確かにグランツは蛮族が跋扈し魔獣も多い。並みのものでは餌食になるだけでしょう。その点彼は武勇にも優れていますからなぁ。だが、年が明ければ大司教になる事が決定している身の上。そのため、自らの配下を派遣する事にしたそうです」


そう言うとルキウスは逆にヴァンデウス達を睨め付けて言葉を続けた。


「そのように申すならヴァンデウス殿麾下の者たちも派遣すればよろしいではないですか??私としてもそのような地に部下の者たちを送り込みたくはないんでね」


その言葉にヴァンデウス達は黙り込む。


実は教会からも何度かグランツに息のかかった者たちを送り込んではいる……しかしいずれも行方不明になるか、死体で戻ってくるか、の2つであった。


それ故に、教会の人間が1番行きたくない場所……それがグランツなのだ。


「さらに……セシルを随分と貶めようとしてますが、彼ほど教会に寄付をする人間もおりますまい。彼を排除することはご自分の首を締めることにもなりますが……それはお分かりか??」


「…………」


黙り込むヴァンデウス達。その間には憎しみの炎が宿っている。


「もう良い」


ここで初めて法王ゼルギウスが口を開いた。その言葉に合わせて、枢機卿麾下全ての者達が頭を下げる。


「グランツに派遣するのは決定事項である。それに関しては今更変更することはできぬ。予定通り、司祭を派遣せよ……名は……」


「フェリクスと申す者だそうです」


ルキウスが付け加える。


「なら、その者で良い。ではこの話はこれで終わりにする」


「お待ちください!まだ、『聖女』殿下についての……」


ロマーニの言葉を遮り、ゼルギウスは言葉を発した。


「これで終わりと申した。以外この話は受け付けぬ」


そう言ってゼルギウスは立ち上がり、去って行く。ルキウスは慌てて追いかけ、他の枢機卿は頭を静かに下げた。ロマーニは俯きながら……唇を噛みしめるのであった。




「大儀であった。ロマーニ」


ヴァンデウスの私室にヨハネス、ボドワンと共にロマーニは招かれた。


「ヴァンデウス様っ!!あのセシルは危険な男でございます。あの男の大司教就任を何が何でも阻止せねば!!」


ロマーニは焦っていた。民衆にも人気で、金銭もあり上役の覚えもめでたい。さらに武勇にも聖術にも優れるセシルは彼にとって出世の邪魔になりかねない存在である。

しかも若くして自らと同列になる事がロマーニには許せなかった。


「ふむ……」


そう呟きながらヴァンデウスは冷ややかな目をロマーニに向ける。

小さい男だ、と思う。先ほどからセシル・グリフィスを目の敵にしているが、全て嫉妬ではないか、と。だが小者でも利用価値は幾らでもある。


「確かにセシル・グリフィスと辺境伯殿を近づけるのはあまり良策ではありません。セシルの後ろにはルキウスがおりますからな」


そう呟くのはヨハネスだ。


「もし今後、あのアレス・シュバルツァーが権力を手にしたら……猊下の後継者争いにも影響が及ぶでしょう。奴にはそれだけの武力と金と名声がありますからな」


ボドワンも続く。


「まさか……『聖女』殿と婚約するとも思いませんでしたしな」


その言葉にヴァンデウスは苦い顔をした。


民衆に『聖女』と名高いコーネリア。当初は無視をしていたが……次第にその名声を無視できなくなってきた。

また、アルカディア帝室の血もさることながら、その聖術の腕前は教会上層部では評価も高かったため、コーネリアは正式に『聖女』と認められることとなる。しかし、貴族社会の表に出ない事をいいことに、それを大々的に発表することはなかった。


ヴァンデウスは一時期コーネリアに固執した時がある。それは息子の伴侶としてだ。それだけ彼女の卓越した聖術と民衆への名声、アルカディア帝室の血統は貴重なものであった。


だが、どのように言い寄っても返される返事はNO。決して首を縦に振ることはなかった。


しかし……そうこうしているうちに結局ポッと出のアレス・シュバルツァーにかっ攫われる形となった。それが分かった際は歯噛みをして悔しがったものである。


しかし、もう過去の事を気にしてもしょうがない。

ある意味、影響力のある『聖女』を辺境に押し込めたのだから良しとしよう。


「しかし……それより大切なのはやはり『神の子』の存在だ。まだ見つからないのか?」


神託に現れた神の子。上層部はその存在を隠そうとしたが、火のないところに煙は立たず。


噂は広まり、今では多くの者たちがその神託を信じるようになった。


曰く……この乱世で民衆を導く『神の子』が誕生している、と。


「その者が利用できる者ならよし。そうでなければ邪魔の何者でもない。すぐさま消さねばならぬ」


「現在、多くの者たちを派遣して探しておりますが……どうにもそれらしき者は発見できませぬ。もしかしたら神託が誤っていたのでは?」


「神託が誤ることはない。そして多くの者が神託の正しさを知っている……今から、誤りだったと騒ぐのは我らの信を失いかねず愚策よ」


そう言うとヴァンデウスは意地の悪い笑みを浮かべ口を開いた。


「何れにしても探索は続けよ。さらに……今以上のものを派遣してグランツを探らせよう。場合によってはアレス・シュバルツァーを消すことも考えなければならぬ」


その言葉にその場にいた者たちも頷くのであった。




次席枢機卿ルキウスは一人部屋に篭り、手にしている手紙を読んでいる。差出人にはセシル・グリフィスと記載されていた。


「やれやれ。グランツにはフェリクスを送り込むと……あの癖のある男をか。セシルも何を考えているやら」


ルキウスはフェリクスの姿を思い浮かべる。


セシルの神学校での同窓であり、非常に優秀な男だ。

確か……セシルに次ぐ次席だったか……

ライバルであり、親友でもある二人。セシルの大司教就任と同時に彼もまた司教になることが決定している。


非常に優秀ではあるが、セシルに比べ出世が遅れた点……これは彼の上層部に対しての態度である。

権力者、というものを徹底的に嫌う男なのだ。彼は。


「ふふふっ、あの公子なら上手く扱うであろう。コーネリア様もいるし問題あるまい」


そう言って笑うと、ルキウスはその手紙を蝋燭の火にかざす。火は手紙に燃え移り、みるみるうちに小さくなっていった。


「まぁシリウスをともに送るのはいいとしようか。今、この世界でグランツほど安全な場所はないからの」


そう呟くとルキウスは自らの愛弟子の顔を思い浮かべて苦笑した。


「まぁ奴のことだ。上手くやるだろうさ。こちらとしては……いずれくるであろう、『時』を待ち、準備をしなければならぬな……」


燃えかすを片付けながらそう一人呟くルキウスであった。


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