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英雄の中の英雄の物語 〜アレスティア建国記〜  作者: 勘八
間章 〜舞台の裏で その2〜
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ハインツ 1年後

「おぅ!!お疲れさん!!よくここまで来てくれた!!」


帝都からハインツに移住してきた俺を迎えてくれたのは移住して1年になろうとしているエルマーだ。


俺たちは帝都で共に建築を生業としていた仲間。住まいも近く、家族ぐるみの付き合いがあった。


そんな俺たちではあったが……エルマーのグランツへの移住を機に、顔を合わせることがなくなった。


当初移住を止めたものだ。移住をして幸せになったものは少ない。とくに自分たちみたいな貧乏人は、だ……と。


しかし……今俺とエルマーを見比べて見るとその様子の違いに驚くであろう。


エルマーは血色のいい肌艶、少しふくよかになったお腹をさすり爽やかな笑顔をたたえている。対する俺は……旅の疲れもあるだろうが、顔色が悪く多少痩せこけており、常日頃の苦労が伺えると思う。


「デニス……お前、苦労したんだなぁ……」


俺の風貌を見てエルマーは涙ぐむ。そんなに……変わったか?俺は……


帝都での俺たち一般庶民への扱いは決して良いものではなかった。治安は良いとは言えず、仕事をしても上役に上がりをはねられる。一家を養うのに精一杯だった。


特にエルマーがいなくなったこの一年、帝都はトラキアとの戦争の噂からさらに治安が悪くなった。ストレスから酒浸りになるやつも増え、それを取り締まる方も賄賂を要求するなど腐敗していく。また貴族達の勢力争いも激化したため、それに巻き込まれるなど、民への影響も大きくなっていった。


仕事も不安定になり、日々の食事にも困るようになっていた。そんなある日、頭を抱えた俺たち一家の元にエルマーから手紙が届く。


その内容は……ハインツで幸せに暮らしていることと、移住の勧めであった。




「移住の手続きはまぁ明日でもいいだろうさ。とりあえず今日は俺のうちにこい!歓迎の準備はできてるから!!」


そう言ってエルマーは俺たちを連れて、歩き始める。

俺たちは不慣れな土地、おっかなびっくり歩きながら……周りの様子を確かめる。


そして思うのだ。


なんだ、この都市は。帝都よりもよっぽど進んでいるんじゃないか??


と。


家々は皆石造り、もしくはれんが造り。化粧壁で覆われていてとても綺麗な作りである。それがいかに手の込んだ事なのか……建築を生業にしているためよくわかる。


エルマーはどんどんと前に進む。おっかなびっくりしながらそれについていくと……俺を驚愕させる建物が目の前に姿を現した。

それは……三階建、四階建、五階建といった高層の建築物である。


「エ、エルマー!!」


俺はそれを見て思わず叫んだ。


「なんだ?」


「あの建物はなんなんだ??」


エルマーはその建物を眺めて微笑んだ。


「あぁ、これは集合住宅だよ」


「集合住宅??」


「最近人口も増えてきて、家が足りなくなったからって、領主様の指示で作られたやつさ。ここの開発の担当者のオリバー様はアイディアマンでな。見た事も無いような建築物を考えられるんだよ。こいつは鉄筋で組んでいて、大地震にも耐えられるように随分試験があったんだぜ?」


どういうことだ?こんな立派な建物に庶民が住むのか?大貴族でも住めないぞ?普通。


「ちょっとまてよ、これ民衆の住まいなのか?」


「そうだよ。あの建物に相当数の家族がそれぞれの部屋を持って住んでいる……あぁ、帝都の長屋みたいなもんだな」


俺はまるで夢を見ているようだった。グランツといえば獣人が跋扈する地だとずっと思っていた。未開の地であり、ボロボロの住まいを想像していた……それが帝都でも拝めないような建物に住んでいるとは……


「なんかおかしくないか?なんでこんな建物がどんどん立つんだ?人手がそれほどいるということなのか??」


俺の質問にエルマーはニヤリと笑い、そして工事中の水路を指差した。


「あそこを覗いてみろよ。その原因の一端が分かると思うぜ」


俺は言われるがまま指さされた場所に向かい……そして悲鳴をあげた。


「うぁぁぁぁぁぁああ!モ、モンスター!?」


そこには多くのスケルトンとゴーレムがいたのだ。


「よく見ろよ、それだけじゃないだろ??」


そう言って笑いながら俺の方を叩く。腰を抜かしている俺とは対照的に余裕を見せるエルマー。エルマーが指指した方を見て俺はさらに驚愕する。


そこにはスケルトンと共に働いている数名の男達がいた。


「おい!どうなっているんだ!?」


「あのスケルトンやゴーレムもまた作業員なのさ。魔石で動くから疲れ知らずでなぁ。細かい作業はできないが、単純作業ならうってつけだ。彼らがいるから……この街もこれだけ早く発展したんだよ」


一体のスケルトンがこちらの存在に気づいたのか顔を上げる。そして二人を見てビシッと敬礼をした。それに対してエルマーもまた笑って敬礼で返事をする。


「な?面白いだろ?」


面白いどころではない。なんなんだ?この街は。


そういや、先ほどからすれ違うやつは人族もいれば亜人もいる。それに先ほど声を上げそうにもなったが……魔族も。


「あぁ、獣人達が気になるのか?」


「気にならないわけないだろ?彼らはなんなんだ?奴隷にしてはのびのびの過ごしているし……」


「彼らが奴隷なんて帝都での古い考え方だな。ここでは普通の市民だよ」


そう言うとエルマーは真面目な顔で俺に話しかけてきた。


「この街には奴隷なんてシステムは存在しないのさ。帝都のように威張りちらす役人もクソ貴族も存在しない。役人は誠実、衛兵は真面目……何よりここの統治者である領主様は信頼に足るお方だ」


そして、エルマーは再び俺の方を叩いてきた。


「だからお前を誘ったんだよ、デニス。1ヶ月もすればこの街の素晴らしさに気付くはずだよ?」




「いってらっしゃい」


「あぁ、いってきます」


妻に見送られ、俺は家のドアの閉じる。俺の家は、最近できたばかりだという四階建の建物の三階に位置する一部屋だ。


俺達家族がこの地に移住してからもう1ヶ月がたつ。


この1ヶ月は毎日が驚きの連続だった。


ハインツの街は家だけでなく、ありとあらゆるものが整備されていた。

上下水道が整備されており、街は衛生的。厠もすべて水洗式だ。街は細い路地まで石畳みで整備されており、また水路も整えられている。その水路を利用して多くの荷物が船で運ばれていた。


大通りに面した店は活気があった。帝都にはなかった食べ物が豊富にあり、白パンまで格安で売られているほどだ。人生で白パンを毎日食べる事になる日がくるなんて思いもよらなかった。

飲食店や露店の料理の質は以前と比べ物にならないほどこの半年で高くなったとも皆言っていた。


そして……冷たいエール。これを飲んだ時の衝撃は忘れられない。これがあるなら俺は地獄にだって出稼ぎに行くつもりだ。


俺の子供達は今は学校だ。ハインツでは学校は義務化されており、必ず行くことになっている。エルマーの子や近所の子達と元気よく学校に通っている。帝都では考えられないほどだ。


「デニスさん、ここはどうやってやるんですかね?」


「ん?あぁ、ここはな……」


俺の今の仕事は土木事業の現場監督だ。帝都で学んできた事が生きている。今、このハインツでは手に職を持っている人間は猫の手も借りたいほど必要らしい。まさに人材育成の時なのだ。

そして……今俺に仕事のやり方を聞きにきたのは獣人の若手だ。


俺は正直亜人が苦手だった。そう、幼い頃より多少の偏見も持っていた。

人族は亜人よりも優等である……教会の教えにずっと従っていた。だが、俺はこのハインツに来てその考えを改める事とした。


不慣れな土地で困っている俺らを暖かく迎え入れてくれたのは彼らだ。助けてくれたのは彼らだ。そう……俺たちは同じ『人間』なのだ。


子供達の友人も亜人が多いそうだ。人族は彼らに比べて運動能力などでは劣る。だが、それを理由にいじめなど起きることはないという。


そう……本当に平等なのだ。この地は。


ハインツの神殿の教えは……すべての人間が平等にあるべきだ、という教えを説いている。それが本当の『真理』であると。


俺は今では彼らに対して差別的発言をしていた神国や帝都の神殿の人間が許せないようになってきている。今までなんてことをしてくれたんだ、とね。


この街の素晴らしさを語れば、キリがないだろう。でも1番は……誰も明日の食事に困ることがなく、そして理不尽な暴力や差別に怯える事なく暮らせる事だと思う。


この街はまだまだ発展する。各地から噂を聞きつけて毎日続々と人が集まっている。

きっと我らが領主様はその全てを受け入れると思う。あの方は……そういう方だから。


アレス様は……時々街で見かけることがある。時には巡視で。時にはお忍びで。郊外の温泉施設に行けば、会う可能性が高い。


身分の低いもの達とも気さくに話し、街の露店で食事をする……傍目には領主様とは思えない方だ。


でも。


このハインツにいる人間からすれば彼は神様と同等、いやそれ以上の支持を受けているだろう。


この平和は全てあの方が作ってくれたもの。


帝都のクソ貴族とは異なり……民衆のための街を作ってくれた方。誰よりも我々のことを考えてくださる方。


あの方のためなら。そしてこの平和を守るためなら命もいらない……おそらくここに住む全てのもの達がそう思っているだろう。俺も含めてね。




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