シグルド・ドラゴニア 昔語り
私の名前はシグルド。アレス様の近衛兵として付き従っている。もちろんそんな肩書きがなくとも、アレス様の一の家来は自分であると自負しているが。
さて、何から話せばよいだろう。私とアレス様との出会いから話せばいいだろうか?
◆
私は物心つく前に魔獣の森に捨てられていたそうだ。魔物たちの餌になる運命だったのを助けてくれたのが、私の育ての親である古代龍、ゼファーだった。
龍種最強の種族にして、神獣として名高い古代龍がなぜ、私を助け、育ててくれたのか。それは今も分からない。何度か問うたことがあるが、いずれも
「龍族の気まぐれ」
としか説明を受けていない。
しかしゼファーは私にとって父であり、兄であり、師であり、パートナーだった。魔術を習い、戦闘の基礎を学び、人間の言葉や知識を教えてくれた。そう、私にとってはかけがえのない存在であったのだった。
ゼファーのおかげで言葉を覚えた私は近くの村々にも出かけるようになり……人並みの生活をするようになった。生きていく上では…何不自由のない暮らしをすることができていたのだった。
そんな私に転機が訪れるのは私が18になった時だ。ゼファーはその日、他の龍族に会いに行かねばならぬと魔の森を後にした時であった。ゼファーがいなくなったのと同時に、魔の森が騒がしくなる。それは人による開発と魔獣狩りであった。どうやら帝都からわざわざ正規軍が来て、魔獣狩りを行ったそうだ。たまたま、それに出くわしてしまった私は「魔獣の子」という扱いを受け、囚われることとなる。そして私はそのまま「帝都」に連れていかれ初めは見世物として、その後は剣闘奴隷として売られていった。
ゼファーより戦士の心得を学んでいた私はここで習う剣術などもすぐに覚え、剣闘士として頭角を現すことになる。囚われてより3年。私は常勝無敗の剣闘士として一躍人気者となったのだ。
また、この帝都での日々で私は一人の友人と出会う。
彼の名はアルノルト。
剣闘士として、私以上に名が売れていた男である。年は20代後半。背丈は私と同程度ではあったが、筋肉が盛り上がっていて、顔の鼻上に横一線の傷跡がありそれがさらに彼を精悍な顔に見せていた。私より年齢が上ではあったが、非常に馬が合い、よく共に飯を食い語り合ったものだった。
「しかし、お前さんは強いな……驚いたよ」
肉をほおばりながらアルノルトは言った。
「あの火龍を倒す人間なんて見たことがない」
先程の私の試合は火龍との試合であった。どうやら上の人間は魔物だろうと人間だろうと連戦連勝の私に、さらに強敵を当てたようである。
「火龍なぞ、古代龍に比べればなんてことない」
「はっ!!古代龍に出逢って生きて帰れる奴なんているのかよ」
そういって笑うとアルノルトは声を潜めてささやき始めた。
「おい、分かっているだろうな?決行は二日後だ。何が何でも失敗するわけにはいかねぇ。失敗したら俺たちは縛り首だぞ。あんまり目立った動きをしてくれると困る」
アルバートの目からは決意がにじんでいるのが良く分かった。
「分かっている。お前に命を預けるさ」
それを見て私も静かに頷く。
アルノルトは剣闘士たちの中でも割と兄貴的な存在であった。誰に対しても優しく言葉をかけ、励まし、そして陽気に笑いかける彼の影響力は……帝都にいる剣闘士のほぼ全員におよんでいただろう。
アルノルトが計画していたのは
帝都からの脱出。
それはその後語られることとなる
「剣闘奴隷の乱」
である。
「剣闘士だって人間だ。自由を享受できる身分なんだ。それが勝手に売られ、この帝都の人間の見世物にされる……そんなおかしな話があるか!?」
アルノルトは酒を飲むとそうやって言っていたものだ。
「くそったれ、しかも多くが亜人……獣人やエルフときてやがる。彼らだって自由に生きる権利はあるっていうんだ!!」
アルノルトと同じ考えの剣闘士は多かったであろう。とくに獣人をはじめとする亜人たちは……彼らは帝都では差別の対象であったのだから。
「大丈夫、必ず成功するさ。今回の計画は練りに練ったものだ。そして俺らには……今回は心強い味方がいるしな」
そう言って、酒をあおるとアルノルトは二カッとさわやかな笑顔をみせた。
そしてその二日後……それは決行されたのであった。
◆
反乱は第一闘技場の剣闘士が一斉に蜂起し、脱出したことから始まる。
「第二闘技場、第三闘技場を通過した後、帝都の南門から出る!!脱出したいものは俺たちに続け!!」
「おおおおおおぉぉぉお!」
アルノルトの声に多くの剣闘士たちが呼応した。
私はその先頭を走りながらとにかく敵を倒すことのみ専念する。
剣闘士としては禁じられていた魔法を操りながら次々と敵をなぎ倒していった。
帝都の守護を任されている衛兵達が慌てふためいている。
「とにかく正規軍が到着するまで、時間を稼げ!!」
「そんなこといっても…あいつらの中には魔法を使ってる奴も……」
「おちつけ!魔法を使うやつは一人だけだ……ぐへっ!!」
「うわぁぁあ、隊長がやられた!!」
私は部隊の隊長を討ち取ると、大声で叫ぶ。
「お前たちの隊長は討ち取った。残りの者も後に続くか?」
「わぁぁぁぁあ、化け物だ!!」
そういうと他の兵たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。そうだ、それでいい。無駄な命を散らすこともあるまい。
「俺たちにはあの『無敗の剣闘士』シグルドがいる!あいつについて行け!」
その姿を指差しながらアルバートは大声で叫んだ。あまりのその名は好きではないんだが……だがアルノルトの言葉に剣闘士たちの士気は上がっていく。
と、その時だった。無人になった大通りに一人の少年
が現れたのは。
おそらく年の頃はまだ10代前半。服装から皇立学院のものであることが見て取れた。しかしその少年を見た途端……私は雷鳴に撃たれたの如く、足が止まったのであった。
(なんだ、このプレッシャーは……足が動かん!)
無防備な姿。ダラリと剣を下げた隙だらけの立ち姿。しかし、自分の経験が頭の中で警報を鳴らす。
あれは化け物だと。
戦ってはいけないものだと。
動けなくなった私の姿を見て、少年はニコリと笑うといきなり私の方に襲いかかってきた!
「ぐっ!!!」
目にもとまらぬ速さで私の間合いに駆け寄り剣を振り下してくる。
私は慌ててそれを防ぐ。しかし、一撃で終わりではなく恐ろしい速さでそしてあの体では想像ができないほどの重さで次々に斬撃を加えてくる。
「ぐっ!ぐっ!!」
私は防戦一方になった。そして何合か打ち合った後、鍔迫り合いをしながらそっとその少年が囁く。
「南門にはすでに正規兵…それも重装兵が来ている。このまま東に抜けて、東門から脱出しろ」
そういうと、その少年は再び間合いを取り、剣を投げ捨てた。そしてゆっくりとした足取りで去っていく。
今のはなんだったのか……しかし、すぐに我に帰ると後ろの仲間たちに向かって叫んだ。
「南門はやめて、東門から脱出する。俺に続け!!」
なぜ、俺が先ほどのやつの言葉を信じたのか……それは全く感というやつだ。
だからアルノルトから文句の一つでもでるか……そう思って振り向くと
「東だ!東に向かうぞ!!シグルドに続け!!」
と剣闘士たちに叫んでいる。思えばアルバートはあの少年が現れた時もそれほど驚いた顔はしていなかった。
アルノルトはもしかしたらあの少年のことについて知っているのか?
この件が終わったら……いろいろ話を聞くこともあるな……そう思いながら私は東に進むのだった。
◆
我々は東門を抜け帝都からの脱出に成功した。
しかし安心はできない。恐らく正規軍は市街戦の重装兵から、追撃するための騎兵に変え後を追ってくるに違いない。
「今から北に向かう」
アルノルトが皆に指示を出したのはそれのみだった。
「北に向かえば何とかなる方法がある。俺を信じろ」
確かに北に行けば私の出身である魔の森がある。私に異論はなかった。
他の者たちも当然異論はなく、皆アルノルトの言葉に従うこととなった。
「すまねぇな、シグルド」
その夜、たき火に当たりながらめずらしくアルノルトは私に頭を下げた。
「お前がいなければ、ここまでこれなかったよ。感謝する」
「いや、ここまでこれたのはお前の作戦だろう?」
「そうじゃない、もちろんそれもあるかもしれないが……それだけじゃないんだ」
そういうと、アルノルトは薪をたき火にくべた。ごぅと音を立て炎は大きくなった。
「俺はこいつらにどこに行くか説明していない……それなのに黙ってついてきているのは…お前がいるからさ」
そう言うとアルノルトはにやりと笑い私の方を見た。
「『無敵の剣闘士』……その噂は、帝都中に広まっている。ましてや、その力を目の前で見せられたらなおさらだ。人は英雄についていくものだ。俺も確かに人をまとめ上げることはできる。だが、あのように大きなことを成し遂げることはできねぇ」
「いや、俺はそのようなことは……」
「お前がそう思わなくても……今、この目の前にあるのが事実だよ。俺も含めて皆はお前についてきているんだ。だから……」
アルノルトは真剣な眼差しを向け、言葉を続けた。
「お前が俺たちのリーダーさ。だから、俺たちはお前が望むように動いていきたいと思っている」
そう言うと、アルノルトは焚き火を眺めながら言葉を閉ざす。
それに対し私が口を開こうとした時
「……!!」
強烈なプレッシャーが私を襲った。
◆
「やぁ、やっと見つけた」
プレッシャーとともに暗闇の中から現れたのは一人の少年。そう、先ほど剣を合わせた少年だった。
「お前は……!」
私はとっさに剣を握り、構えを取る。しかし思わぬ方向から声が飛んだ。
「まて、待つんだ!シグルド!!」
そう言って、私の腕をつかんだのは、隣で話をしていたアルノルトだった。
「この方は敵じゃない!敵じゃないんだ!!」
「………どういうことだか話してもらおうか、アルノルト」
アルノルトが私を裏切ったとは思えない。しかし、展開の速さに多少の混乱はある。わたしはアルノルトをにらみつつ、腰の剣を抜き放つ。
「場合によってはお前と言えども死んでもらう」
すでに一度剣を合わせたのでわかっている。現在の自分では、この少年との間には大きな実力差があることを。しかし……それでも黙って状況に従うわけにはいかない。
抗うすべがあるのなら……全力で抗う。それが帝都で学んだことだった。
決意の目を向けるシグルドを見て、ため息を一つついた後、少年は口を開いた。
「アルノルト、いいよ。この人に全てを話してくれても。その上で僕も彼に大切な話があるから」
「し、しかし……」
「ここまで過剰な反応をするとは思わなかったから……これは僕のミスだ。本当はもっと違うシチュエーションで話をする予定だったけど……まぁしょうがないね」
アレスの言葉にアルノルトは一つ頷くと、シグルドの方に顔を向けるのであった。
◆
そしてアルノルトは語り始める。今回の反乱の裏舞台を。
「事の発端は、偶然このアレス様と俺が出会ったことがきっかけなんだ」
少年……アレス・シュバルツァー大公家公子は学友と闘技場の戦いを見にきており、そこで偶然アルノルトと出会ったらしい。
「俺が他の奴隷たちを庇って殴られていた時に助けてくれたんだよ」
剣闘奴隷には様々な者たちがいる。殺されに向かうような弱者も存在する。アルノルトはよくそういう奴らを庇っていた。その際、上の者たちは容赦なく暴力を振るうのが常であった。
「俺はチャンスだと思ったね。こうやって話を聞いてくれる貴族様に出逢えるなんて。そして俺はこの闘技場の剣闘士たちの苦境を告げたのさ。そして……今回の件を考えた……」
計画はすべてアレスと呼ばれた少年が提案したらしい。まだ幼い面影が残る少年の言葉だったが……不思議と納得がいったのだと言う。事実、反乱は成功。帝都の追っ手も巻くことができ、こうして今があるのだが。
「と言うことは北に向かうと言うのは……」
「そう、これから皆で分かれてシュバルツァー領内に入ろうと思う」
『シュバルツァー領』
シュバルツァー大公が治める北の地の話は帝都でもよく来ていた。差別がなく皆が安心して暮らしていると言う話であったが……あの時はこの世界にそんな場所があるとは思えなかった。
「なるほど、確かに納得がいった。しかしそれなら俺はここでお別れだ。俺が目指すべきところは別にシュバルツァー領ではない」
「北に広がる『魔の森』のことかな?」
「っ!? なぜそれを!!?」
アレスと呼ばれる少年は驚く私に返事をせず、黙ってさらに驚くべきものを見せてきた。
「こ、これは………まさか………」
「君ならわかるって言ってたよ。これは……」
そう言って少年はしてやったりとばかりにさわやかな笑顔を向けて言葉を続けた。
「古代龍の鱗だ」
◆
「………なぜ、これを貴様が持っている?」
そう、驚くべきことはこれが我が育ての親であり、兄であり、師であるゼファーのものであったこと。そしてこれが
魔力を帯びていた事
であった。
魔力を帯びていたと言うことは、まだ討伐されていないということ。となると鱗をもってくることは不可能なはずである。
「魔の森はシュバルツァー領内に編入されたよ」
「どういうことだ?」
「つまり、現在は魔の森もシュバルツァー領ということ。ま、管理していたトラスター子爵家がやらかしてくれたわけだ。そしてその隣に位置していた我が領内と併合と言う形になったんだよね」
話を聞くとトラスター子爵家は随分と領民に対して悪政を行い大規模な反乱を起こしたと言う。ただでさえ魔の森の開発がうまくいってなかったところに、大規模な反乱。そのためトラスター子爵家は取り潰しになったんだとか。
「そこで、隣にある我が領内で「反乱を抑えること」と「魔の森を開発すること」を条件に併合することが決まったんだよね」
そう言って少年はクスクスと笑い出した。
「反乱を抑えるのは簡単だったよ。むしろ向こうも喜んで降伏してくれた。大変だったのは魔の森の方。探索に出かけたら……まさか古代龍なんているんだもん。びっくりしちゃったよ。」
「貴様!ゼファーに会ったのか!?」
「あぁ会ったよ。そして一度戦って……お互いが分かりあったと言うところかな??」
そういうと少年は真剣な表情で話し始めた。
「彼が僕に魔の森の開発を認める代わりに出した条件は……息子であり、弟子である人物……すなわち貴方を探してほしいと言うことだった。君が帝都にいることは魔力をたどればよく分かることだ。しかしゼファー君が帝都に行くわけにはいかない。古代龍なんて現れれば帝都の全軍で応戦するだろう。そうすればお互いただでは済まなくなるしね……だから僕にお願いしたわけさ。と、いうことで……」
そういうと、少年は手を差し伸べた。
「僕とともにシュバルツァー領内に来てくれないかな?」
◆
その後我々は、追手の目をくらませるためにそれぞれが別行動で北の地を目指し、到着することに成功する。
数千にも及ぶ剣闘士たちが反乱をおこし、そして消えたと言うのは帝都では大問題になったらしい。多くの者が処罰され、多くの貴族やそれに連なる者たちが処断された。当然、剣闘奴隷に関わったすべての商人たちも罰せられたと聞く。
しかし不思議とアレス・シュバルツァーやアルノルトといった主犯格は……見つかることがなかったそうだ。
この反乱を機に、帝都の闘技場は廃れていったそうだが、俺には関係ない。
私にとって今回もっとも大切だったのは……
再び故郷に戻れたこと。そして……
「僕はまだやりたいこと、やらなければならないことがたくさんある。そのためにもどうか、君の力を貸してくれないだろうか?」
少年が私にそう言葉をかける。
「貴方が何をしようとするのか。それは分からない。だが、貴方は私を助けてくれた。その恩に報いたい。私はこの命をもってあなたの翼になり剣になりたいと思う。どうかこの剣を捧げさせてもらいたい」
……それは私が自らの剣を捧げる主と出会うことができたことであっただろう。
◆
英雄皇アレスの配下にはその右腕となる6人の将軍がいた。彼らは「六天将」と呼ばれ、英雄皇の「剣」として常に戦場にて活躍したと言われる。
その中の一人。
「天龍将」 シグルド・ドラゴニア
英雄皇が幼き時よりその傍らで補佐し続け、もっとも英雄皇から信頼された将軍の一人である。
シグルドが組織した竜騎士による部隊、「アレスティア竜騎士団」は以後大陸最強の部隊として活躍した。その力は戦況を変えるほどの圧倒的な力であったと伝えられる。
英雄皇は彼に報いるために、多くの褒章を用意したが、彼が求めたものはたった一つだけだった。
それは
「死ぬその日まで、英雄皇の近侍の騎士であること」
だったと言われる。




