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イストレアの外交官 その2

アレスがグランツ入りしてから1年が経つ。


グランツ領都ハインツを中心にグランツ領は大きな発展を遂げていた。また、それに呼応して他の3ヶ国……レドギア、トレブーユ、ブルターニュも開発が進んでいる。


4ヶ国合わせた『シュバルツァー辺境伯領』は今、一大変革期を迎えているのであった。



「イストレアからの使者?」


そんな折である。アレスの元に東部諸国からの使者が来たとの連絡が入ったのは。

アレスは資料はのサインの手を止めた。


「はい。本日レドギアを発ち、来週にはハインツに到着するかと」


政務官であるジョルジュが資料をめくりながらそう言う。


「ふむ……もうちょっと時間がかかるかな?とも思っていたけど……予定よりだいぶ早く来たということは……それだけ東部諸国の動きが活発になって来たということかな?」


「御意。ここは使者殿の話を聞き、同時に東部諸国の動きについて下がるのが賢明かと」


「そうだね。とりあえず、話は……僕とジョルジュ、そしてシオンの三名で話を聞くとしよう……そういや今日シオンは?」


「……相変わらず図書館に入り浸っております」


「……今すぐ呼んでおいて……うちの頭脳はすぐサボる……はぁ」


アレスの返答にジョルジュは一礼して退出する。それを見届けるとアレスは再び、頭を掻きながら、山のような資料と格闘を始めるのであった。



レドギアに到着して一週間後。アルフレドはグランツの領都ハインツに到着する。


「正直ここまで変わっているとは予想もしていなかった……」


目の前の光景が思わず独り言をこぼさせる。


アルフレドは以前レドギアからグランツに入り交渉をしたことがある。その時の印象は……未開の地、という印象だった。

道は整備されておらず、郊外は魔獣も多い。堅牢な要塞に囲まれてはいるものの、ハインツの街は小さく、蛮族の街という印象だった。


それがどうだろう?


レドギアから通りかかった道は全て整備されており、魔獣はほぼ現れることはなかった。

グランツ領に入り、南部経由できたが……前回なかった多くの街が存在していた。いずれも工業都市らしく、活気があり人々は生き生きと働いていた。


(そして何より……このハインツの変わりようと言ったら……)


まず目を引くのは街の入り口に建てられた巨大な門。複雑な彫刻を施しているその門は見るものを引きつける。


そしてその奥に広がる光景。


石畳で整えられた道。化粧石で飾られた家々。整備された水路。市場は活気で満ち溢れ、治安が良く非常に衛生的な都市の光景が広がっていたのだ。


(これは……我がイストレア以上の町並みではなかろうか)


イストレアは東部諸国において「美の国」と言われるほど、美しい街並みを誇る。しかし、目の前の光景はそれさえも霞むほどのものであった。


(一体どのような魔法を使ったのか……非常に興味深い……)


そして何より。


アルフレドはハインツを歩く人々を見る。

人族も獣人も耳長族(エルフ)もドワーフも。そしてハーフ達も、さらには魔族までもそこには差別なく笑顔で暮らす姿が見られる。さらに至る所でゴーレムやスケルトンが作業をしており、その状況を住民達が享受している様子だ。

子供達はゴーレムにぶら下がり、スケルトンの真似をして笑い合う。


アルカディアの文化では、そして教会の教えでは禁忌とされている多種族との交わりが普通に行われているのだ。


国への興味は、そのまま領主への興味へと変わる。アルフレドは街並みや人の活気を眺めながら……これから会う男へと想いを馳せていた。




「ようこそ、おいでくださいました。私がこのグランツ領、ひいてはグランツ含めレドギア、トレブーユ、ブルターニュを含むシュバルツァー辺境伯領の領主、アレス・シュバルツァーです」


「御目通りありがとうございます。イストレア王国大使、アルフレドと申します」


形式上の挨拶を済ませた後、アレスはアルフレドを席に誘った。


アルフレドは目の前の男たちを眺める。

正面に座るは領主であるアレス・シュバルツァー。黒髪黒瞳の整った顔立ちをしている。


『温和にして諂わず。威にして猛からず』


まさにその言葉のような人物である。温和な笑みの奥には侵し難い威厳のようなものが感じられ、思わず居住まいを正してしまう。


外交官としてたくさんの人物を見てきた自分の感が告げている。


この男は『只者ではない』と。


(見ればまだ20歳になるかならないか……なのにこの威厳はなんだ??一体どのような経験をすればこのような人物になるのだろうか?)


アルフレドはそう思わざるを得ない。


まるで王者を思わせるようなその佇まいに……思わず生唾を飲む。


そして両隣の二人。恐らくこの二人がシュバルツァーの頭脳と言われる「シオン・トリスタン」と「ジョルジュ・ウォルター」であろう。


先ほどからやる気のなさそうな顔をしている黒髪で眼鏡をかけている男がシオン・トリスタン、そして金髪で気難しそうな表情の男がジョルジュ・ウォルターであると思われた。


(はた)から見れば偏屈者の二人。しかしアルフレドの感想は異なった。


(この二人も只者ではない……それを平然と従える辺境伯殿は昨今の英雄かもしれぬ……)




「閣下……驚きました。この僅かの間にハインツがこれだけ変わるとは……」


進められた席に座るやいなや、アルフレドは率直な感想をアレスに告げた。


「いや、皆が頑張ってくれたお陰でしょう。皆働き者なので……」


そう言ってチラリとシオンを見て付け加える。


「あ、一名を除いて、ですけど」


「聞こえてますよ、主」


「聞く意欲があるなら仕事してほしいなぁ」


「……まぁ善処しますよ」


仏頂面をするシオン。それを見て笑うアレス。


アルフレドもまたそのやりとりを聞いてクスリと笑った。


「さて、無駄話はそれくらいにして本題に入りましょう」


すると横にいたずっと不機嫌そうな顔をしているジョルジュが唐突に口を挟んだ。


「イストレア大使殿がどのような要件でこちらに来られたのかを」




「同盟……というのは、アルカディア帝国にですか??」


怪訝そうな顔でアレスはアルフレドに聞き返した。


アルフレドがアレスに提案したのは、イストレアとの軍事同盟であった。

現在の東部諸国の情勢を伝え、その上でイストレアに協力して欲しいと願い出たのである。


「となると、アルカディア帝国に恭順するという事になりますが。帝国では対等な軍事同盟は認めていませんから」


アレスの言葉にアルフレドはじっと彼の顔見て……そして口を開いた。


「いえ……アルカディア帝国との同盟ではありません」


「では、どういう事ですか?」


「この……シュバルツァー辺境伯領、および閣下個人との同盟……と考えていただければ」


その言葉を聞き、アレスは黙る。シオンは興味をそそられた顔をし、ジョルジュは眉を顰めた。


アルフレドは続ける。


「我々としましては、ドラマディア及びバイゼルドに対抗する軍事力が欲しい。確かにアルカディア帝国に恭順すれば、軍が駐屯し、守ってはくれるでしょう。しかしその為に転封を命じられた王家は数多おります。また、代々その王家が作り上げた土地が、新しい領主によって壊された例も聞きます……」


アレス達は黙って話を聞いている。アルフレドはその様子を見て言葉を続けた。


「確かにレドギアを始め、トレブーユと言った王家は幸運にもその地に残ることができました。しかしそれは……閣下、貴方がいたからでしょう」


「なるほど、言いたいことは分かりました。なら、私から口添えするのはどうですか?」


アレスの言葉にアルフレドは首を横に振った。


「閣下の口添えは有難いことなれど……やはりイストレアの人間からするとアルカディア帝国という国自体を信頼できません。それ故に……閣下『個人』との秘密同盟を願い出た次第です」


「…………」


しばらく考え込むアレス。その横で代わりにシオンが口を開いた。


「おかしな考えだね。今回貴方達がここに来たのは……恐らく今勢力を伸ばしているドラマディアやバイゼルドへの対抗措置だ。となるとアルカディアに恭順したと告げた方が利が大きいはず。彼らとて早々アルカディアと刃を交えようとはしないはずだ。また、主が口添えをすれば皇帝陛下は悪いようにはしないだろう。イストレアも形は変われど残せる可能性がある。」


そう言うとシオンは頭を掻き、そしてアルフレドに厳しい目を向けた。


「秘密同盟となるとアルカディアの看板をつける事ができない。そうなればより戦を行う可能性は高い。イストレアとて無傷ではいられないはずだ。もし貴方が『本当に』『現状の』イストレアの安全を考えたら……このような同盟は無意味だ。貴方は一体『何』を考えている??」


「…………」


今度はアルフレドが黙る番だった。そう、全て見透かされているのだ。この三人には。


アルフレドの今回の当初の目的はアルカディアへの恭順であった。そして最大限の譲歩ができるよう、皇帝からも一目置かれていると言われるアレスを利用しようとしたのである。


しかし彼は……途中からその目的を変える。それは…………


「…………分かりました。包み隠さず申し上げましょう。確かにおっしゃる通りです。私は閣下を利用しようとしました」


アルフレドは瞑目し、覚悟を決めた表情で口を開いた。


「ここに来る途中、発展したこの国を見させていただきました。これほど大規模な発展は、歴史にも記されていないほどのものだと思います。そして……」


アルフレドはチラリと窓の外を見る。


「人族、亜人、はたまた魔人までが集う国。さらに道にはゴーレムやスケルトンまでが作業に勤しむ。種族平等といえば聞こえは良いですが、ここまでやれば教会を始め、帝国からも睨まれてもおかしくないのではありませんか?」


「…………」


「となると、考えることは一つ。今、アルカディア帝国がセフィロス陛下である限り、閣下はその地位を守られるでしょう。しかしもしセフィロス陛下に何かあったら……恐らくアルカディアは割れる。話によれば……閣下は陛下のご令嬢を娶られるとか。となると、その後継争いに加わることとなる」


アレスを始め、シオン、ジョルジュも黙り込む。アルフレドはさらに熱を上げて言葉を続けた。


「……ここからは私の個人的な考えです。我が祖国イストレアを守る上で、今アルカディアに恭順するのは……利が少ないと思っております。我々が明確に恭順を表明するのは……貴方が『独立』した後です。閣下」


「…………随分と過激な事を言うね」


「私にとって1番大切なのはイストレアにとって最大の利を手に入れることです。もし、今アルカディアに恭順し、その後アルカディアが割れたら……イストレアもその火の粉を受けることになるでしょう。しかし、閣下と同盟をした後の恭順なら」


「まぁ、我々は貴方達を悪いようにはしないよね。と同時にこちらとしては中央に分からないように東部諸国に影響力を持つ事ができるようになる。アルカディアが割れた際は……それに変わる一大勢力になるだろう。お互い万々歳だ」


そう言ってシオンはその言葉に続いた。


それを聞き、今までそれを黙って聞いていたアレスが今度は口を開く。


「でも……もし仮にそうだとしても貴方は自分の国を僕に売ったことになるけど?」


「売国奴と誹られるかもしれません。だが……私は確信しております。我が陛下と祖国を守るのは……貴方個人に縋るのが吉であると」




「想像以上の御仁でしたな」


アルフレドを下がらせた後、ジョルジュは思わずそう唸った。


「完全に見透かされていたね。その上でより交渉を有利に持ってこようとしている」


シオンもそう応える。


「恐らく……そうやる事で自分達の価値をさらに上げるつもりなんだろうさ。もし……我々が後々独立を図るなら、東部諸国を放置できない。となるとイストレアの価値は非常に高い。もし……我々が今回の件を断ったら直接帝都に行き、恭順の意思と辺境伯反旗の恐れあり、とでも言えば良い……恐らく、この国の様子を見て判断したのだと思うよ。大したものだ」


シオンも珍しく他人を褒め讃える。そしてしばらく時が止まったかのように沈黙が続いた。


「飲み込むか」


アレスの呟きで時間は動きだす。


「どちらにしても東部諸国には影響を及ぼさなければならないと思ってはいた。話によるとドラマディアやバイゼルドが来るのはまだ一、二年かかりそうだ。ならそのうちに蛮族を平定し、東部諸国へ攻め入る」


「しかも……秘密裏にね」


シオンもその言葉に付け加えた。


「表向きはイストレアの反攻としておこう。そして時が来たら……世に大々的に表明する。その時は東部諸国は我々のものになっているはずだ」


「そうすれば……いずれくる後継者争いにも優位に進めることができる……か」


ジョルジュもそう答える。


「イストレア……も魅力的だけど、アルフレド……かの御仁もそうさ。僕は彼が欲しい」


アレスはそう言って笑う。

恐らく彼は自分で状況を判断し、今回の交渉を持ってきたのだろう。その思考、そして判断力……見事としか言いようがない。


「イストレア大使殿が帰国した後、大至急主だったものを呼び寄せよう。一年開発に費やした。そろそろ本格的に動こうと思う」


「そろそろ主の婚約者殿もこちらに到着しますしな。良い頃合いかと」


「…………余計な事は言わなくていいから……」


そう言って笑うアレスであった。





アルフレドは宿に着くやいなや、すぐさまイストレア本国に書状を送るべく筆を走らせた。


グランツ及びシュバルツァー辺境伯領の現状、その人となり、そして交渉の結果を書いた後……彼はベッドに倒れ込み、そして思案する。


未だ嘗てこれほど精神力を使う相手はいなかった。

自らより年下の男にこれほど疲労させられるとは。


「恐らく、東部諸国も彼によって変わるだろう……ならイストレアはその中枢を担えるよう今から彼についていかなければ……」


アルフレドはそう一人呟くのであった。






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