移民
「やっと……やっと着いた……」
帝都から移住を決意して2ヶ月。やっとの思いでエルマーはハインツの門に辿り着いた。
元々帝都の南地区の生まれであったエルマー。手に職を、という両親の希望で彼は建築を学び、その技術で一家を養っていた。
振り向けば疲労困憊の妻と二人の子。自分は何とかこの地で彼らを養わなければならない。固い決意の元、エルマーはハインツの門をくぐるのであった。
◆
エルマーが移住を決意したのは友人のダミアンの話を聞いたからだ。
彼からエルマーは帝都にてアレス・シュバルツァー大公公子が辺境伯に任ぜられ、グランツに派遣されたことを知った。
ダミアンは言う。
「シュバルツァー家といえば数少ない民に優しい貴族様だと聞く。ここは一か八か人生の大勝負をしてもいいんじゃないか?」と。
確かに今の帝都は良い状態とは言えない。貴族は権力争いに没頭し、治安もあまり良くない。だが、地方の貴族の領地に移住した人間が全て幸せに暮らしているかと言えば嘘になる。帝都の時以上に苦労している者もいると聞く。
エルマーは一家の主人である。下手な博打を打つわけにはいかない。
しかも場所はグランツだ。つい最近まで敵国であり、しかも獣人が跋扈する未開の地とも聞く。
エルマーは正直あまり乗り気ではなかった。しかし、この話に賛成をしたのは予想外に妻の方だった。
「アレス様という方の評判は市中でも噂になっています。今、この帝都にいても苦しくなるばかり。なら、思い切ってそっちに移住してもいいかもしれませんね」
このように一市民の妻女にまで噂になるアレスという男。どうやらその名声を信じ、各地から移住しようと計画している者も多いとか。
どうせ今でも暮らしは厳しいなら一か八かやってみるのみ。
エルマーは家の家財を売り払い、グランツまでの旅費を作ると荷物をまとめグランツ方面へ出発するのであった。
◆
行く途中、非常に道は険しかった。魔獣がいると言われる所を、皆で傭兵を雇って進み、また野盗や山賊に怯えながらの道中。
しかしここで転機が訪れる。どうやら道中各地にグランツ領から雇われた冒険者達が移住者を無賃で守ってくれたのだ。
「俺たちは皆、辺境伯閣下に雇われた者だ。まぁ本来なら領兵でやりたい所、他の貴族の領地で盛大にやってしまうと国抜けを進めるようなものだからな……あまりできないのだろう。俺たちに声がかかったというわけさ」
彼らは皆グランツにて雇われた者たちらしい。そして彼らはグランツを目指す者達に言うのだ。
「あの国に行けば分かる。確かにまだ発展途上だが、今までにはない平等な暮らしが待っている。大変だと思うが希望をもって向かって欲しい」
グランツについて語る生の声。半数の者達は心が折れかけていたが、その声で再び胸に希望の火が灯る。
移民達が進むにつれて徐々にその数は増してくる。そして……ブルターニュに入る頃には小さい町が築けるほどの人数が集まっていたのだった。
◆
こうして2ヶ月かけてエルマー達はグランツに到着した。
人数はさらに膨れ上がったが、ブルターニュ、すなわちグランツ辺境伯領内に入ったあたりから魔獣もいなくなり安心して進むことができるようになっていた。
「まるで集団夜逃げだな……」
その姿を見てエルマーは苦笑する。見渡せば様々な者たちがいた。人種もそうだ。人族と亜人の割合を見ると亜人の方が多そうだ。金銭的に余裕のありそうなものはいない。誰もかも着の身着のまま、荷物をまとめてやってきた者たちだ。
本来なら略奪行為などありそうだが、それはない。皆お互い助け合っている。
いや、先日略奪、暴行を働こうとした者が確かにいた。しかし、護衛してくれている冒険者が一刀のもと
に斬って捨てたのだ。
「今は協力すべき時のはず。このような場合は斬り捨てても良いと許可は貰っている」
冒険者の言葉に多くの者が安堵し、そして不埒な事を考えていた者は離散した。エルマー達は安心してハインツに向かう事が出来たのであった。
こうしてエルマーはグランツの領都、ハインツの門をくぐる。そして声を失った。
「これが……グランツの都、ハインツか……」
想像以上に立派な門をくぐるとそこには彼らが思いもよらなかった光景が目の前に広がっていた。
整えられた道や住宅。活気ある市場。衛生的な街並み。そして何よりも……人族とと他の種族が共存している社会。
(おいおい、これじゃあまるで帝都の南地区よりよっぽど整ってるぞ!?)
エルマーを始め、多くの者達が呆然と立ち尽くす。そんな時、遠くの方から声が聞こえた。
「はーい、移住希望の皆さんはこちらにお集まりくださーい!」
何事か。しかしどこに行くあてのない移住者集団はその声の方へ向かう。
そこには……大きな広場にひしめく程の人が列をなして並んでいた。
「はい、いいですかー?今から移住の受付を済ませたいただきます。向こうで戸籍登録した後は仕事と住まいを斡旋しますからねー!」
案内係の男はそう言うとテキパキと指示を出していく。
「はい、仕事も希望ごとに列がありますので間違えないようにねー。右が農業を希望する人。あー元々それで生計を立ててた者は必ず申し出てー。中央は職人として働きたい人。なんの職だったのか、必ず言うように。特に何も決めてない人は左に行ってねー。人夫やら衛兵やら……そういう仕事を紹介するからー」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!!」
その様子をみて、エルマーの隣の男が思わず声をあげた。
「はいはい?」
「この列は……一体なんなんだ?」
「だからー。職業の斡旋ですって。とりあえず食えるあてがないと辛いでしょ?農業を営みたくても土地がないとないもできないでしょう?それを紹介するところ」
「じゃあ……もしその職業が俺たちに合わない場合は……」
「だからー。とりあえず、と言ったでしょ?落ち着いたらゆっくり自分の仕事を探せばいいじゃない。あ、あと向こうの受付にも必ず行ってくださいよ。今月分の生活費を渡すんで」
「か……金をくれるのか?」
「最低限度ですけどねー。じゃないと飲み屋で全部使う輩もいますから」
そういうと案内係はさらに言葉を付け加えた。
「あー。あと住まいはさらに奥の受付に行ってくださいよ。人数が多いから間違えないようにねー」
「…………」
エルマーはその話を聞き、衝撃を受ける。
移住とは人生をかけた大勝負だ。知らない土地、知らない人間……何もわからない環境。もちろん資金も底をつき、住まいもない。そのため場合によっては身を破滅することも多い。
着いてから娘を売ったり、奴隷のような生活をした……そのような話はごまんとある。
この地ではそのような事がない。最低限度は保障をしてくれる……
このような場所はあるのだろうか?このような為政者が他にいるのだろうか?
ふと気付くとエルマーの子供達は近くにいる衛兵と遊んでいる。いや、よく見るとエルマーの子供だけでなく移民の子供達の多くが衛兵を囲み楽しそうに過ごしている。衛兵も嫌な顔をせず、子供達と遊んでいた。
不安そうな顔をしている移民達に他の衛兵が話しかけているのが聞こえた。
「子供達はこの国にとって宝ですからね。それがこの国の方針であり、ひいては領主様の意思です。ここでは誰も子供に対して手を出しませんよ」
その様子を眺めていたエルマーの肩をエルマーの妻がトントンと叩く。
「どうやら私達はとても素敵なところに引っ越したのかもしれないわね」
「あぁ……本当に」
妻の言葉に、エルマーは初めて心の底から笑顔を見せるのであった。
◆
この時期から、グランツへの移住がとても盛んに行われる事となる。噂は広まり、帝都のみならず多くの土地から続々と民達が流れていった。
アレスは彼らに安定した収入のある仕事と住まいを保障した。さらに着いてきていた子供達には教育を義務付ける。勿論子供だけではなく、意欲のある大人達へも無償で教育を施していった。
数年後……グランツ領ハインツは大陸有数の人口をもつ大都市へと変貌することとなる。




