肉と酒
ある日の夕食の出来事。
アレスは屋敷でいつものように遅めの夕食をとっていた。
これまたいつものようにハドラー特製のコース料理を食す。
そしてメインである肉料理に手をつけた時、それは起こった。
料理はステーキ。ミディアムレアに焼き上げたものだ。これはアレスの好物の一つでもある。
アレスは静かにその肉にナイフを入れ……怪訝そうな顔をする。そしてそれを口に入れた時……思わず手に持っていたナイフとフォークを落としてしまった。
「っ!!へ、ヘルムート!!」
「はい。何でございましょう??」
「今すぐハドラーを呼んでくれ!聞きたいことがある!!」
アレスの言葉を聞き、ヘルムートは恭しく頭を下げると、すぐさまハドラーを連れて部屋に戻ってきた。
「ハドラーを連れてきました」
見ればハドラーはアレスの方を見てニヤニヤと笑っている。
「ハドラー……その顔は何が聞きたいのか分かっている顔だね?」
「薄々は」
そう言ってハドラーは笑みを崩さない。
「じゃあ聞かせてもらおうか」
アレスは立ち上がるとステーキ肉を指差して言った。
「この尋常じゃない旨さの肉は一体何の肉なんだい??」
◆
「この肉はグランツ東方の山麓にいるデモンズバッファローの肉です」
「……魔獣の肉か……」
「はい。ロマリアでも色々と試してはみましたがここまでの肉とは巡り会えませんでした。正直驚きましたよ。世の中にこれほど美味い肉があるとは、と」
デモンズバッファローはグランツ東方に位置する山麓地帯に生息する魔獣だ。
牛よりもふた回りほど大きく、非常に気性が荒い。出会ってしまうと、相手がボロボロになるまでその角で突き殺すと言われている。
まさに旅人からすれば『悪魔の牛』なのだ。
「先日冒険者ギルドにて丸々一頭入っておりまして。偶然にも上手い具合に血抜きも良くできており、これはいけるのではと。まさに狙い通りでしたな」
討伐されたデモンズバッファローは冒険者ギルドに運ばれる。ここでは主に角や毛皮が取引され、肉は捨てられていた。
「しかしこうも美味いと分かれば捨てるわけにはいかない……いや、むしろ畜産として育てることはできないだろうか?」
「デモンズバッファローは牛と異なり沢山の子を産みます。もしそれができれば確かに素晴らしい……しかし知能も低く気性も荒い……中々難しい問題です」
ハドラーの言葉にアレスは眉間に皺を寄せた。
「それでも……やはり惜しいな。このグランツの特産になれるほどのものだ。ちょっと明日の会議に話題として出してみよう。ハドラーも少し協力してくれ」
「はっ」
ハドラーが恭しく頭を下げると、アレスは再び席に戻りその肉の味を楽しむとであった。
◆
「おおおおおぉぉぉい!酒を持ってこいっ!!」
「落ち着け……ダリウス……」
シグルドは隣で吠えるダリウスに白い目を向ける。吠えるダリウスの横には食事が終わった皿が高く積み重なっていた。
「と言いながら、お前は何皿目だっ!」
そんな白い目を向けるシグルドに対し、ダリウスもまた答えた。
そう……シグルドの横にも高く積み重なった皿が積まれているのである。
「驚いた。こんなに美味い肉がこの世にあるなんてねぇ」
そう呟いたのはシオンだ。
「これは……間違いなく売れますな。しかも王侯貴族に向けて、です。この味を覚えれば間違いなく彼らは金を惜しみません。何がなんでも安定供給ができるようにしましょう」
ジョルジュもまた上品にハンカチで口を拭きながら答える。
「しかし……デモンズバッファローとは……あの荒い魔獣をどうやって飼い慣らす??」
そう呟いたのはグランツ顧問のゲイルだ。老齢ながら彼の卓の前も沢山の皿が積み上がっている。
「閣下は何かお考えがあるのではないですか?」
その横に座っていたラムレスの質問にアレスは意を得たとばかりにニヤリと微笑み答えた。
「これを見て欲しいんだ」
アレスが見せたのは、とある設計図である。
「主……これは……?」
「魔力障壁による結界作動装置の設計図」
そう言うとアレスは説明を始めた。
「昨日徹夜で考えたんだよね。なんかいい方法はないかなぁと。魔獣を特にデモンズバッファローのように知能が低い場合は畜産には中々向かない。だから広い土地に丸ごと閉じ込めてしまおうと思うんだよね」
そう言うと、アレスは設計図を開き説明を始めた。
「ギルバートの知恵を借りたんだ。これは魔力障壁を作り出す装置。これを作動させるには魔石が必要だけど……幸いここは魔石を作ることができるからね」
アレスの計画はこうだ。
グランツ南方には広大な土地が広がっている。この南方の地は土壌の関係からあまり農地には向いていない。それ故に割と放置されがちだ。
「そんな土地だけど、幸いデモンズバッファローのような魔獣は生息できそうだしね。」
そこで、アレスはその地に目をつけた。作物を作るにはあまり実りはないがそれでも植物は生えている。デモンズバッファローの餌になるようなものもだ。
「そこで、土地の一画……まぁ割と広くだけどこの装置を埋め込んでデモンズバッファローを閉じ込めることで、デモンズバッファローの牧場を作ろうと思う」
デモンズバッファローは環境適応能力があり、また繁殖能力が高い。こちらがどうこうせずとも勝手に増えるはずである。また彼らの天敵となりうるサーベルタイガーなどといった魔獣も寄り付くことがないので勝手に増えていくはずだ。
「で、あとは専門の狩人、もしくは冒険者を雇い、デモンズバッファローを仕留めてもらう。血抜きも含めてね。後は出荷してお終い」
角や毛皮はギルドに。そしてお目当ての肉は処理をして各地に販売する。
「まぁ、牛や豚のように手軽に飼育できないし、肉を加工するのも大変だから……その手間はかかると思う。でもその分、希少価値が出て肉の単価は絶対上がるから利益は大きいはずだ。これなら、安定供給に繋がることが可能だよ」
アレスの言葉にジョルジュは大いに頷いた。
「これは間違いなくこの地の特産となるでしょう。フランに頼み、すぐさまその装置を完成させるようにしましょう。また捕獲の方は……ギルドに要請するとしましょうか」
この後、デモンズバッファローの肉は「白金肉」と呼ばれ、ブランド肉として各地の美食家を唸らせるものとなり、グランツの特産品の一つとなるのである……
◆
アレスはその日の会議でもう一つ皆に見せたいものがあったと、とある瓶を取り出した。
「主……これは??」
「うん、お酒だね」
「なんだ、あるのか酒が。もっと早く出して欲しかったな」
ダリウスの文句を無視しつつ、アレスは話を進める。
「とりあえず飲んでもらいたんだ。そしてどういう反応をするか見てみたい」
そう言うとアレスはいくつかある器に酒を継ぎ足す。
「ほう……随分と美しい酒ですな」
ガラスの器から見えるのは琥珀色の液体である。光を反射し、キラキラと輝いていた。
「原料は麦を使ってるよ。とりあえず味見をしてみて。ただし……エールのように一気に飲まないように」
アレスの言葉にダリウスを除く一同が恐る恐る口をつけ……そしてほとんどのものがむせかえった。
「な……なんですか?これは??凄まじく強い……『ドワーフの火酒』等比べ物にならないほど……」
咳き込みながら、ラムレスはそう言うのがやっとだ。
『ドワーフの火酒』とは現在アルカディア大陸において一番アルコールが強いと言われる酒である。元々ドワーフ達が自分達のために作った酒を、僅かながら譲ってもらったものだ。ドワーフ達が好んで飲む酒であり、強烈なアルコール成分と芳醇な香りから、ドワーフのみならず、多くの酒飲みが好んで飲んでいた。
今回アレスが皆に紹介したのは、それよりも遥かに強い酒である。
「しかし……これはドワーフの酒よりも香りが強く……癖になりそうな味ですな」
ジョルジュは器を舐めながらそう呟く。
「水で割ってもいいかもしれませんな」
そう言ったのは先日登用された商業長官のトビアスだ。
「一体この酒は……」
「これは蒸留酒だよ」
◆
この大陸において酒といえば主に2種類の酒が挙げられる。
麦を原料に作られるエール。
そして葡萄を発酵させ作られるワイン。
東方には米を原料にして作られる酒もあると聞くが……それは中々手に入れることは難しい。
また、酒好きのドワーフが作ったアルコール度数が高い酒、『火酒』も存在する。
しかし今回アレスが紹介したのはそれとは一線を画す代物だった。
「『蒸留』させることでアルコール成分を高める。さらにそれを樽の中に入れ寝かせることでさらに強い香りなどが楽しめるはずだ」
ジョルジュはその話を聞き、アレスに進言した。
「主……これは早速マクドール商会とエランが設立したシャーオッド商会を呼び寄せ、双方で広めてもらいましょう。恐らく多くのものが飛びつくはずです」
今、マクドール商会とシャーオッド商会は業務提携という形でお互い協力しあっている。そして彼らを使えば帝都を始め多くの都市にこれを広める事ができるのだ。
「彼らに資金を出してもらい大々的に生産をしましょう。これもフランに頼んで量産体制がとれるように準備をさせます」
それに合わせてトビアスも言う。
「貴族達には事前に配っても良いかもしれません。もし気に入れば予約という形で客を捕まえることができますから」
この後、アレスの『蒸留酒』はマクドール商会やシャーオッド商会の手で貴族や豪商を中心に広まっていく。そして噂が噂を呼び、「幻の酒」としてグランツに予約が殺到することになるのである。




