アレス・シュバルツァー
シュバルツァー家の嫡男として僕、アレス・シュバルツァーは生まれた。待望の跡継ぎだったので、ロマリア中お祭り騒ぎだったらしい。
つまり僕はありがたいことに皆の祝福と愛情を受けて世に生まれることができた。
シュバルツァー大公家は神聖アルカディア帝国の貴族の頂点、四大公家の一角。
元々、アルカディア帝国建国に関わった功臣4名に時の皇帝が娘を降嫁させたことで生まれた、帝国内屈指の名門。それが僕が生まれたシュバルツァー家を含む四大公家なのだ。
その嫡男として生まれた僕は皆からの惜しみない愛情を受けて育っていった。
しかし八歳の頃……僕は原因不明の熱病にかかることとなる。医者も匙を投げるほどの原因不明の熱病。苦しくて苦しくてどうしようもない夜を過ごしているときに、さらに追い打ちをかけるような不思議な出来事が僕を襲う。
それは……
僕の脳裏に様々な記憶が流れ込んできたこと
流れ込んだ記憶の持ち主は3人。いずれもアルカディア大陸の歴史上、とても有名な人物。
八歳の僕でさえ名前ぐらい聞いたことがある。
1人目は「錬金王」にして「大賢者」と称えられし ギルバート・ゴライエ
錬金術師として様々なものを発明し、多くの国において影響を与えた人物。また、多くの魔法だけでなく、現存しないと言われた古代魔法「無属性」を復活させた。私生活では錬金術師としての功績から「名誉伯爵」の地位をもち、艶やかな黒髪とその甘いマスク、そして心をつかむ巧みな話術と房中術とで帝国だけでなく各国の宮廷サロンの女性たちから絶大な人気を誇り、多大な影響力を持っていたと言われる。その強大な魔法と世界を揺るがすほどの知識、そして女性を靡かせる魅力を恐れた各国首脳陣が多数の暗殺団を送りこまれることとなる。それゆえ自らの命を守るために逃げるように隠遁し、その後の所在は知られていない。
2人目は「剣聖」と謳われし英雄 シン・オルディオス
遥か東方の島国で生まれた剣の申し子。剣の神から与えられたといわれる神剣を手に、たった一人で多くの魔物を打ち取り、また一人で国を亡ぼすこともできるといわれた、常勝無敗の剣士。
当時、圧倒的な力をもって魔族をまとめ上げ、世界に猛威を振るっていた史上最凶の魔王「ガルガイン」をただ一人の力で打ち破った勇者。
その後は魔族の島に渡り、その秩序回復と保護にその人生を費やしたと言われるが定かではない。
最後、3人目は「軍神」と呼ばれし覇王 レオン・アルカディア
現在知らぬ者はいないであろう、歴史の中でもっとも有名な人物。現在の神聖アルカディア帝国以前に大陸に覇を唱えていた、大アルカディア帝国の初代皇帝。小国の王として生まれ、生涯3桁の戦を行い、常勝を誇ったといわれる伝説的な覇王。また政務にも長け、大アルカディア帝国を未曽有の超大国に押し上げた人物。ゆえに現在の世では神格化され「軍神」といわれている。
3人の記憶が頭の中を駆け巡った時、今まで経験したことのない痛み、倦怠感、そして悪心が襲ってきて気が狂いそうになったのをよく覚えている。また八歳の脳では処理しきれず、脳の神経が焼き切れるような感覚を感じた。僕は1年間はベッドから起き上がることもできず、何もすることができず……ただひたすら苦しみ、うなされることしかできなかった。
食事もほとんどとることができず、8歳の僕はそれが何なのかも解らず、そして助けを求めることもできず……ただただ耐えることしかできなかった。
そんな苦しみも終わりが訪れる。1年ほどたった時。その苦しみが嘘のように消え失せていることを感じた。食事をとることもままならず、またずっとベッドにいたために体力は落ちていたが……頭と体が軽くなっていることに気がついたのだ。
それと同時に世界が開けたような気がした。そう、その時僕は理解した。三人の膨大な記憶と知識。それを自分のものにしたと言う事実を。僕はこの世界で生きていくための大きな翼を手に入れることができたんだ、と。
3つの「記憶」は様々なことを僕に教えてくれた。また不思議なことに……夜眠りに落ちると夢の中で僕は彼らと語り合うことができることを知った。
ギルバート・ゴライエは言う。
「これから時間をかけて、私達の記憶を使えるようにしなさい。それが坊やの大きな助けになるはずだ」と。
シン・オルディオスは語る。
「其方には、某が確立した剣の理がある。これを復活させよ。それがかなった時、そなたはこの地上で最強の力を得るだろう。練習相手が欲しかったなら、いつでもこの世界で相手になってやる」と。
レオン・アルカディアは口を開く。
「これから何年か後、時代の転換期を迎えるであろう。そなたはそれを機として世界を変える運命にあるのだ。余が建国した大アルカディアのような大国を……貴様の手で作り上げるのだ」と。
あれから10年。その指示に従い僕は自らを鍛え上げることにした。
「記憶」にたよるだけではなく、様々な書物を読み漁った。分からないことは「錬金王」と「軍神」の記憶が助けてくれた。そうして、「記憶」の知識を着実に自分のものとしていった。
書物だけではなく体も動かした。「剣聖」の剣術が使えるように、夜こっそり抜け出しては一人で剣をふるっていた。夢の中でシンが教えてくれた練習方法を寝る前に行う。あまりのきつさに体の筋肉がブチブチと切れることもあった。しかし、そのたびに僕の体はまるでつくりかえられていくように強くなった。夢の中ではシンが一対一で徹底的に僕をしごいてくれている。
僕は今はまだ雛鳥かもしれない。でもいつか、この記憶と、僕についてくれている仲間たちとともに、誰もが安心して、飢えない世の中を作っていきたいと思っている。
◆
現在、このアルカディア帝国において「英雄皇」アレス・シュバルツァーの名を知らないものはいないであろう。
後に彼の右腕となる「六天将」と呼ばれた将軍たちと「七賢臣」と呼ばれる能臣を始め、「鉄騎公」、「独眼竜」……その他にも彼に剣を捧げた数多くの英雄たちとともに大陸を駆け巡り、この戦乱を治めることとなる。
そう、それは彼の理想、「誰もが平等に、安心して暮らせる世界」をつくるために……




