魔境の大地 制圧戦 その2
大々的な魔獣討伐が始まった。
旧グランツ公国の者達にとってはこの地の制圧、および開拓は悲願であったと言えるであろう。
魔境の大地はグランツを守る盾であったと同時に……苦しめる枷でもあったのだから。
羨むまでの肥沃な大地。しかし、それを阻む数多の魔獣。そして……妖魔貴族。
彼らは時折、現れては享楽的に襲いかかる。
一体どれほどの村々が滅ぼされ、どれほどの者達が彼らに殺されたのだろう……。
それゆえ、グランツの兵達にとって今回にかける思いは強かった。
◆
「主も粋なことをするものよ」
そう言ってダリウスは後ろに控える弟のエアハルトとロランを眺める。
見ると2人とも闘志を秘め、決死の表情をしていた。
アレスはダリウスの副官としてギーヴの他、ダリウスの兄弟たちを指名した。
今までこの妖魔貴族と戦い、国を守っていた二人である。その思いを酌んでの編成であったことをダリウスも他の者たちも知っていた。
そしてダリウスの軍に異様な戦士が今一人。
「おい、ギュミル。東の丘はまだか?」
「コノモリヲヌゲルト東ノオカ。ソシテ、ドレアムノシロ」
ダリウスの真横に立っている者……それは巨人族である。そう、魔族のグランツ襲来の際、ダリウスに返り討ちにされたあの巨人族。名前をギュミルという。彼はその後気絶している所をダリウスに発見された。そして彼に叩き折られた骨を治療してもらい、そのままダリウスの元に居座ることとなったのである。
当初、多くの家臣から反対されていたが
「旗持ちをさせたら立派じゃないか。面白い」
と笑って一蹴し、現在はダリウスの家臣となっている。
ギュミルの言葉通り、森を抜けると広い草原……そして丘に到達する。丘の上には古城がたたずみ異様な雰囲気を醸し出していた。
「ここに来るのも久しぶりだな。あの時はもう一方の妖魔貴族が現れた事でトドメを刺せなかったが……今回は逃さん」
ダリウスは舌舐めずりをして目の前の草原を見渡す。
広い草原に埋め尽くされている魔獣、魔人たち……恐らくこの地を治める妖魔貴族ドレアムが事前に進軍を察知し、集めたのであろう。
それを見てダリウスは笑った。
「ほう、これはいい。目をつぶって剣を振り回しても当たるじゃないか」
そういうとダリウスは後ろの配下を眺める。
ここ数か月、きっちり訓練をつんだ精兵たち。多数の魔獣の群れを見て動揺する者たちはいない。
「さぁ、始めようか。今日がグランツ人の復讐がかなう日であり、新たな一歩を踏み出す時である。皆、俺に続け!!」
そう言ってダリウスは自らの体に闘気を込めると身体が黄金色に輝く。そしてそのまま魔獣の群れに突撃していった。
「ギシャアアア」
ダリウスの一撃に吹き飛ばされる魔獣達。
それを始めの合図として……第三軍団と魔獣たちとの戦の火ぶたは切って落とされたのであった。
◆
「グギャァァァアァア」
「ギシャァァァァァア」
第3軍は魔獣の群れを次々と蹂躙していく。
オークやゴブリンたちの絶命する叫び声を聞きながら城に籠っていた妖魔貴族ドレアムは思いを巡らしていた。
「なぜだ……なぜ、人間どもが襲い掛かってきた……そしてなぜ、我らが劣勢なのだ?」
ドレアムにとって人間とは狩りの対象でしかなかった。時折、暇を持て余してはグランツの街や村を襲う。何度か群れを成した人間たちが攻めてきたこともあったが、その際は圧倒的な数と力で蹴散らしてきた。
しかし今回は違う。
「グランツの長子が自ら攻めてきたのか……あの化け物には手を出すなと言ったのだが……おい、誰かある!」
「はっ!!」
「ザマーの動きはどうだ??いつもならこちらが攻められるときは奴らがグランツに向けて動くはずだが?」
東のドレアムと西のザマーは対外的に危機に陥ると連動して動くようにするという盟約を結んでいた。一方が攻められると、もう一方がグランツ首都ハインツに襲いかかる。そのため軍を引かざるをえない状況になる。
妖魔貴族と相対せる者はダリウス以外にはいない……そのため例えダリウスといえどもハインツ救援のため引かざるをえなかったのはそういう事情があったからである。
「そ…それが……」
言いにくそうにドレアムの配下は言葉を続けた。
「どうやらザマー様の西の地も攻められているらしく、こちらに向かうことはできないそうです。同じような救援を求める知らせがこちらに参りました…」
「なっっ!!で、では中央のリリスはどうだ!?」
「リリス様にまったく動きは見られません。あの地の魔族も一切静観を決めている様子です……」
「くそ!!あの売女め!」
リリスはドレアムとザマーにとって敵に等しく、今まで連携をとらなかったことが悔やまれる。
ドレアムが叫んだ瞬間、
「ぐああぁあぁぁああああ!!」
今ドレアムに報告していた家臣の胸に長い槍が突き立つ。
「なっ!!」
「よう、部下が死んでいるのにこんなところで隠れるなんて言い趣味とは言えないな、妖魔貴族さんよ」
振り返ると獰猛な笑みを浮かべているダリウスがゆっくりと近づいてくる。
グランツ公子ダリウスの名と姿は魔境の大地の魔族の中では有名であった。そう「戦ってはいけない唯一の人間」として。当然ドレアムもその名を知っていた。いや、以前、槍を交えたこともある。その際は這々の態で逃げだしたのだが。つまり、身をもってダリウスの恐ろしさを知っていたのである。
「き、貴様、どうやってここに来た!?」
「どうやって?決まっているだろう?すべて蹴散らしてここに来た」
そういうとダリウスは人の身長ほどもある大剣を肩にかけた。
「さぁ、とりあえずお前を殺せばここも終わりだな。今まで苦労したのが虚しくなるほどあっけなかったな。あの時のように逃げてくれるなよ」
「き、貴様ぁ!!」
そういうと激昂したドレアムは手に槍をもち魔力を込める。
「儂は妖魔貴族、それも上級妖魔貴族よ!貴様のような人間ごときに舐められるほど甘くは……」
「戯言はいい……とりあえず死ね」
そう言うとダリウスは大剣を一気に振り下ろす……ドレアムはそれを受け止めたが、その槍ごと袈裟懸けに真っ二つに切り裂かれた。
「ば……馬鹿な……」
「はっ……あっけないものだな。もうちょっと楽しませてくれると思ったんだがな」
真っ二つに分かれたドレアムはそのまま崩れ落ちた。
ダリウスはそのドレアムの死骸から首をねじ切ると近くにいたギーヴに投げ渡す。
「とりあえず、その首を魔族の群れに投げ込んでやれ。その後再び突撃をかける。今までグランツを蹂躙した報いだ。徹底的に殲滅する」
「承知!!」
そういうとダリウスは再び獰猛な笑みを見せるのであった。
◆
一方、魔境の大地西の地では、妖魔貴族ザマーとシグルドが相対していた。
「なぜだ……なぜ空の王者である龍種が人間なぞの味方をする??」
ザマー有するハーピーやガーゴイルと言った空を得意とする魔族は、すでにシグルドが連れてきた龍騎士団に全て落とされていた。
龍騎士団の力は圧倒的であった。
まだ、わずかな数しかいないものの。そのブレスや牙で次々と空の魔獣を落としていったのだ。
ザマーは空から騎兵に攻撃を仕掛けようと考えていたため、彼の策は根本から崩れ去っていったのだった。
「ましてや……貴様の乗っているのは形は小さいが古代龍か!?」
ザマーはシグルドが跨っている龍を見てそう叫ぶ。
いつもは巨大な姿をしている古代龍ゼファーであるが、シグルドが背に乗るときは彼が槍を振るいやすいよう、魔法で体を小さくしている。しかし、どれだけ体が小さかろうとその力は古代龍であり、多くの空の魔獣がゼファーのブレスで落ちていった。
「今回の戦ではお前の有利な点は俺には通用しない。残念だったな」
そういうとシグルドは静かに槍を向ける。
「お前の選択は二つある。俺に降るか、それともここで俺に殺されるか……」
その問いかけを聞きザマーは激高する。
「馬鹿にするなぁぁぁああ!!」
そう言うとザマーは黒い翼を広げ手に魔力を込めた。強力な雷がザマーの腕に集まる。
「俺は妖魔貴族ザマー様だ。堕天使ザマー様だ!!人間なんぞに降伏など……」
「そうか……じゃあ悪いが消えてもらおう」
シグルドはゼファーの首筋に手を置く。それを合図にシグルドを乗せたゼファーは速度を上げザマーに近づいていく。そしてシグルドとザマーが交錯した瞬間……
ザマーの胸にはポッカリと穴があいていた。
「そ、そんな……何も見えなかった……」
そう呟きながらザマーは地面に落ちてく。
シグルドはザマーが地面にたたきつけられ絶命したのを見届けると、後ろを振り向いた。
するとサラマンダーに乗った副官アルノルトが近づいてくる。
「シグルド、こっちも終わったぞ。後は下の魔獣だけだ」
その言葉を聞き、シグルドは口を綻ばせた。
「そうか……やはり龍騎士団の威力は強力だな。戦が変わるかもしれん」
「だが……この力はアレス様に必要………だろ?」
「そうだ。我らはアレス様の望まれる世を作るための手足になれればそれでよい」
そう答えるとシグルドは槍を掲げ、指示を飛ばす。
「今から龍騎士団も下の魔獣制圧に向かう。皆の者、続け!!」
そういうとシグルドたちは列をなして急旋回したのち下の魔獣たちを蹴散らしてく。
それに呼応して第二軍の騎兵も動き始める。もはやなしの魔獣殲滅は時間の問題であった。
この日、シグルドとダリウスの活躍により、同じタイミングで東と西に住まう妖魔貴族は討ち滅ぼされたのであった。




