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妖魔貴族

北の大国ヴォルフガルド帝国のさらに北には大きな海が広がっている。


極寒の気候、そして荒れた海……生物が生き抜くことが難しく誰も寄り付くことのないその海を人は「死海」と呼んだ。


そしてその海をさらに北に進んだところに……人には知られていない一つの島があった。

瘴気が漂い、闇に覆われしその島……かつて魔王ガルガインが鎮座した島は「北の絶地」と呼ばれ、魔族の中では聖域となっていた。


そして魔族の頂点である妖魔貴族8名……


八魔貴族と呼ばれるものたちは年に数回、この地に集まり会合を開くのが常となっていた。





アルカディア大陸において、魔族とは暗黒神の寵愛を受けた一族の総称である。


その中でも妖魔貴族は魔族の頂点として君臨していた。


魔族はまず二種類の種族に分かれる。

高位の知能と魔力を誇る「魔人」と低い知能と獣性の「魔獣」である。


「魔獣」は一部の種族を除き獣と同様の知能しか持ち合わさない。故に、その本能の赴くままに暴れ、襲い、そして自分より強いものに「従う」のである。


「魔人」は人の形をし、高い知能を有し、強力な魔力を併せ持つ者たちである。その性質は様々で「魔獣」と同じく己の欲望に忠実な者、巨人族をはじめとした争いを好まない者など多様であった。


「魔人」たちもまた、人族と同様に徒党を組む。そして魔獣を従えその力をもって自らの国を作ろうとする者もいる。「魔族」が徒党を組む際、その長となりえるのは能力の高い者たちである。魔獣と同様に彼らもまた強者に従うと言う暗黙のルールをもっていたのである。


その「魔族」の長……それが「妖魔貴族」である。彼らは「魔人」の中でも巨力な力をもち、多くの「魔人」や「魔獣」を従える。そしてその力をもって自らの領土を形成し、その地の貴族のごとく振る舞うのであった。

アルカディア帝国をはじめ、多くの国にもこの妖魔貴族が存在する。妖魔貴族がいるだけで多くの魔族が集い、治安が乱れ、また時折「襲撃」を受ける。それ故、強い軍隊を持つ領主などは討伐に当たるが……妖魔貴族を相手に戦を行えば多くの犠牲がでてしまう。

そのため、多大な「犠牲」と「出費」を嫌がる多くの領主は妖魔貴族の領土は不可侵として放置し、多少の損害は目をつぶる場合が多い。


「妖魔貴族」もその力と領土の広さによって上級妖魔貴族と下級妖魔貴族に分かれる。その上級妖魔の内、特に強力な8名の妖魔貴族のことを「八魔貴族」と呼んでいた。


彼らこそ「魔王」ガルガイン亡き後、魔族の頂点に君臨していた者たちなのである。


ちなみにガルガインは圧倒的な魔力を誇り、魔族すべてをまとめ上げた魔族の英雄であった。彼は「魔族を狂わせる」「魔族を従わせる」という不思議な能力で魔族をまとめ上げ一大強国を作った。そして人族への一斉攻勢をかけようとしていた矢先………たった一人の勇者……「剣聖」オルディオスによって討ち滅ぼされたのである。


それ以後魔族から「魔王」という存在は出ていない。「魔王」とはそれほど圧倒的な存在であるのだ。




「北の絶地」の中央にかつてガルガインが使っていた城が残っていた。城全体が瘴気に包まれ人族はいざ知らず普通の魔族でも近寄りがたい造りとなっている。


八魔貴族の一人であり、序列8位である魔候爵リリスはその回廊を眉をしかめながら歩いていた。


「あいかわらず辛気臭いところね…気分が悪くなるわ」


そう言いながら向かった先はこれから八魔貴族の会合が行われる通称「王の間」である。


「アスタロトが急遽招集をかける……きっと碌なものじゃないわね……」


魔大公アスタロト……現時点で妖魔貴族序列1位であり、現時点の魔族の頂点と言えるものからの招集であった。リリスにとってアスタロトは好きになれない男であった。魔王への野心を隠そうとせず、また自らの力の向上に貪欲であり、そのためには仲間をも犠牲にする……


彼の命令で何度窮地に陥ったことか。


それでも逆らえないほどの力の差があり、リリスはいやいやながらこの「北の絶地」に来たのであった。



「序列八位、魔候爵リリス、入る」


そう言って王の間に入るといくつかの視線にさらされることになった。


中央には当然魔大公アスタロト。

左隣の序列2位の席が空き、右隣、3位の魔公爵エリゴスが不機嫌そうな顔でこちらを見ている。4位の席も空いており、5位アモン、6位マルブランケは見下すような眼をして視線を向けていた。


「やぁ、これはリリスではないか。遅かったな」


そう言ってニヤついた笑みを見せたのは序列7位のギリアムだ。


「リリス、この前の件は考えてくれたかい?」


「気持ち悪い。うせろ下種げす


「リリスはサキュバスとしては本当に異性に興味を持たないんだね…それでその強さ。不思議でしょうがないよ」


ギリアムは自慢の銀髪を書き上げながら蛇のような舌を出して笑った。


そんなギリアムを無視しながらリリスは周りを見渡し、自らの定位置に座る。


「バァル卿とモロク卿は今回も欠席か」


「バァル卿の欠席はいつものことだから……モロク卿はめずらしいね」


ギリアムはそう相槌を打つ。


序列3位のエリゴスは例のごとく重厚な鎧に身を固めながら黙っている。5位のアモンもまたその黒き獅子の顔を静かにアスタロトの方に向け沈黙を守っていた。6位マルブランケに至っては何を考えているのかわからない。


突然、中央から声がかかった。


「皆の者、良く集まってくれた」


(もう魔王気取りか、アスタロト)


リリスはそう心の中で毒づきながらアスタロトの方を眺める。

アスタロトは金髪を書き上げながら満足そうに全員を見渡した。


「バァルがいないのはいつものことだ。またモロクからは欠席の連絡が来ている。よって今回の議題を始めようと思う」


そういうとアスタロト主導で八魔貴族会議が始まった。





「まず、最初の議題は『魔王陛下の遺物』に関してである」


「っっ!!」


リリスはその言葉を聞いてビクリとする。その様子を面白そうにギリアムは眺めていた。


「ここより南東の地、グランツにてどうやら「魔王陛下の遺物』が使われたようだ。使ったのは不遜にも下等生物の人族。そして、その争いに利用され、結局紛失……この地はリリス候の治める地であったが……いかがしたのか?」


全員の目がリリスの方に向く。


「あれは強力な呪術が刻まれている……かくいう私も理性を失った。笑いたければ笑えばよい」


リリスは絞り出すようにそう言った後、あの事を振り返る。意識ははっきりしていた。だが、なぜあのように行動してしまったのか。魔法にかけられたとしかいいようがない。そして思い出す。狂った自分に向かってきた人族を。圧倒的な武力をもって収まりのつかない自分を制圧した男の顔を……


ブルっと震えた後、リリスはアスタロトに向かって言った。


「気に入らないなら殺せばいい。だが私としても妖魔貴族として収まりはつかない。それ故、今一度グランツの人族の元に行き、調べようと思っているが……いかがか?」


その返事を聞き、満足そうにアスタロトは頷く。


「ならよい。余の希望はあくまでも『魔王陛下の遺物』の行方よ。一つでも多くの「遺物」を見つけ出し持ってくるように」


そう言った後アスタロトは話題を変えた。


「では次の議題に入る……」


アスタロトの声を聞きながらリリスの意識はグランツに……そして、自らに一撃を加えた男に向かうのであった。




「リリス、待てよ」


会議が終わりリリスを引き留める声がする。


「何の用だ、ギリアム」


「だから例の件、考えてくれってことさ」


ギリアムの言う例の件とはリリスとの同盟であった。


「その代償として、俺の精をお前にくれてやろうと言っているだろう」


「お前に抱かれたいと思ったことはないが?」


「サキュバスは強い魔力を持つ男の精を受けると自らも強くなると言う。序列7位で役不足とは思えないが?」


そう言ってギリアムは下卑た笑みを浮かべた。


「お前ごときの精が欲しいとは思わん。また同盟をしたいとも思わぬ。消えろ、下種げす


そう言って後ろを振り返ることなくリリスは立ち去って行った。


そんなリリスの後姿を見ながらギリアムはヤレヤレといった態度を見せ、そして肩をすくめる。


「リリスが配下に加われば、マルブランケを追い落とすことも可能だと思ったのだが……ふん、まぁいい。他にも手はあるさ。」


そう言ってギリアムは蛇の舌をチロチロと出した。


「俺とていつまでもこの地位に甘んじるつもりはない。必ず上の連中を追い落としてやる……その時は……貴様を奴隷としてつかってやるぞ、リリス」






暗闇の中を飛びながらリリスは思う。そう、まずはあの男だ。


魔族が狂ったのはアルカディア帝国軍がグランツに攻めてきた時だ。あの男はアルカディアの先鋒だった。そして、あの魔境の大地にいる数えきれない魔族を抑えたのも……何より自分を抑えたのもあの男だ。


そしてどうやらあの男は、グランツの長となっているらしい。何人もの妖魔貴族を殺すほどの圧倒的力を持つグランツ公子を配下にして……だ。


一体何がどうなっているのか……だが確実にあの男が何か関係しているのは間違いないはず。

まずはあの男を探るのが先決かもしれないな……そう言ってリリスは翼を広げ闇夜に消えていくのであった。


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