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アレスティア

アレスがグランツに到着して一月あまりがすぎ、以前より計画していたグランツ、レドギア、トレブーユ、ブルターニュの4ヶ国の領主・代表会議の日を迎えた。


「彼が来て僅か一月しか経ってないというのに、凄い変わりようだな……」


レドギア侯ウィリアムはハインツの活気溢れる様子を馬車の窓から覗き、感嘆する。


以前のハインツは付近に多くの魔獣が闊歩し、そのため武力一辺倒の者たちが多くいる、悪い言い方をすれば粗野で未開の地というイメージだった。


事実、以前この地を訪れたウィリアムは、襲いかかる魔獣や荒れた道に難儀した記憶がある。街並みも郊外にある農村のようであり、中心都市とは思えない印象であったのを覚えている。


しかし今はどうだろう。


ここにくる途中、魔獣に襲われる事はなかった。道は整備され、通行がしやすい。中央通りはすでに石畳になり、街並みも木造から石・レンガ造りへと変化している。以前と異なり青空市場では今までにない活気が見られ、各地に店も増えつつある。人々は笑顔で語らい誰もが楽しく過ごしている事を感じられた。


「主が変われば国は変わる……か。私も見習いたいものだ」


ウィリアムはそう言うと、短期間でこれだけ変革をさせたアレス主導の4ヶ国会議に思いをはせるのであった。






ウィリアムが通されたのは、大きな円卓が置かれた大広間であった。

豪奢な作りの円卓に目を奪われていると、突然横の男から声をかけられた。


「レドギア王……ではなく、今はレドギア侯ですね……お初にお目にかかります」


ウィリアムが振り向くと、そこには豊かな銀髪を束ねた眉目秀麗の男が立っている。


「……名乗りもせず、御名を尋ね申し訳ありません。私、グレイと申します。ブルターニュの代表を務めております」


グレイはそう言うと頭を下げた。その様子を見て慌ててウィリアムも言葉をかける。


「頭を下げるのはやめて下さい。立場は我々は同等でしょう」


「私は元は一介の冒険者……ウィリアム様は本来国王です。同等など恐れ多いことで……」


「昔は昔です。もうやめましょう。我々は同志ですから」


そう言ってウィリアムはグレイに手を差し伸べる。そんなウィリアムの言葉にグレイはゆっくりと頭をあげた。


「ではお言葉に甘えまして。今後ともどうぞよろしくお願いします」


グレイは差し出された手を取り、二人は固く握手をし、笑みを交わす。

挨拶が一通り終わったところでウィリアムは疑問だったことをグレイに尋ねた。


「時にグレイ殿……我々がどこに座れば良いか分かりますか?」


「いえ……実は私も困っていたところです」


そんな時である。再びドアが開き、今度はトレブーユ伯ルイとその腹心シモンが入室する。

そして同じように円卓を眺め、困惑した表情を浮かべた。


「これは……何処に座ればよいのだろう?」


「円卓とは……これだと上座がどこかも分かりませぬ…」


その様子を見てウィリアムはグレイと苦笑しあった。


「どうやら分からないのは我々だけではなさそうですね」


「そのようです。しかし……困りましたね、如何しましょう?」


その時、大きな音と共に再びドアが大きく開いた。


「おっ!主もまだ来てないか。間に合ったな!」


「早く稽古を終わりにすればこの様に焦ることはなかったのだ……お前が何時までも……」


「シグルドは細かすぎる!間に合ったからいいじゃないかよ」


大きな声とともに仲の良さそうな大男二人が入ってくる。そして特に考える素振りもなく、近くの席に座った。


「……あれはグランツ公太子、ダリウス卿か!?」


驚くウィリアムを他所にダリウスは立ちすくむ他の面々に気付き、声をかけた。


「やあやあ皆様方。遠路遥々ご苦労様。皆様方も空いている座ってはいかがです?立っているのも大変でしょう?」


ダリウスの声に押され、ウィリアム、グレイ、ルイの三人も周りの様子を伺いながら恐る恐る近くの席に座った。シモンはそっとルイのそばに立つ。

本来この様な席は決まっているのではないか……ウィリアム達の心配を他所に涼しげな顔をするダリウス。


その時、ドアの外から話し声が聞こえた。


「だから、僕の副官はいなくていいんだけど……」


「いずれリリアナ殿にも軍団を任せるつもりです……ただ、当面はシュバルツァー流の戦術と指揮を学んでいただきたいと思っておりまして」


「それなら僕じゃなくても……」


「ってか主、何かリリアナ殿では不都合な事があるんですか?」


「………」


「まさか、すでに手を出したのですか?」


「……さぁ、早く話し合いを始めよう」


「………主……そりゃあ幾ら何でも早すぎではないですか?」


声とともに扉が開く。そしてアレスを初め、シオン、ジョルジュが入室した。


ウィリアム達は慌てて立とうとするがアレスが制する。


「そんな、いちいち気を使う必要はないですよ?もっと肩の力を抜いてください」


爽やかな笑顔でそう言うとアレスもダリウスと同じく、当たり前のように空いている席に座った。シオンやジョルジュもその横の席に腰をかける。


「あの……」


トレブーユ伯爵ルイは恐る恐る質問をした。


「アレス殿は盟主とも言える方。上座に座るのが当然だと思うのですが……この円卓だと上座が分かりませぬ。教えていただければ幸いなのですが……」


「上座などありませんよ?」


「!?」


「論をかわすのにそのようなもの、不要でしょう?皆、民のため、国のためを思う同士ではないですか。そこに上下はありません」


常識にとらわれない思考。アレスの言葉にルイやウィリアム、グレイは一様に息を飲んだ。


その後、アレス達は歓談を続ける。顧問のゲイル以下数名の文官達が着席するとアレスは一つ咳払いをした後、話を始めた。


「さて……それでは自己紹介も済んだところで、早速今回の会議を進めましょう。まずは政の面から話を始めます。担当するのはこのジョルジュです」


「アレス様の元、政務長官を務めますジョルジュです。よろしくお願いします」


そう言うとジョルジュは4ヶ国の地図を広げたのであった。





ジョルジュが3人に提案した政策は3点であった。

まず一つ目として農地改革である。

トレブーユ、レドギアはそれぞれ豊かな地として知られている。


「しかし、まだまだ発展の余地はあります」


そう言うとジョルジュは帝国の最新農業はシュバルツァー領内で奨励している二毛作などを紹介した。さらに、新しい農具、知られていない農作物、そして肥料から土の耕し方まで図を示しながら提示していく。


「この地は土地も肥沃にして、一大農作地になることでしょう。ここに魔境の大地を開墾したグランツと合わせて大陸でも有数の農業地にしていきましょう」


ウィリアムやルイたちにとってジョルジュの示した方策は今まで聞いた事もないような新しい方法であった。


次に提案したのは商業面であった。


「ブルターニュには今、多くの商人が集まっています。物流をもっと多くするために税制を見直しましょう」


「??どういうことでしょう?ブルターニュは今、それほど税は高くないとみていますが?」


「しかし露店を開くだけでも多額のお金が必要になります。その金額を抑えればもっと多くの人間が商いを行う事ができます」


ブルターニュでは商いを始める際、税を納めなければならないという決まりがあった。ジョルジュはその税をなくし誰もが商いをできるようにする事を提案したのだった。


「水も動かなければ死にます。金も同様です。動かす事でそれが生きてくる」


こうして自由に商売をし、利率に対しての税を納めさせる……これがジョルジュの案である。


「もちろん、ブルターニュだけでなく他の国々でもやってもらいましょう。また領地間の関税は廃止し、自由に取引をさせる事にしましょう」



そして最後に提案したのは土木事業であった。


「『道』を作りましょう」


「道?」


「えぇ、街道を作り街と街を繋ぐのです。物資がより早く届くように」


ジョルジュは地図を指し示しながら言葉を加える。


「誰もが安全に行き来できる『道』を作る事。これは一年や二年での作業ではありません。ですが、もっとも大切な仕事と言えるでしょう。そして……」


一息入れると言葉を続ける。


「道とは地面だけではありません。デパイ川を利用した広大な水路を作るつもりでいます」


デパイ川はレドギアからグランツにかけて流れる広大な川である。毎年必ず氾濫がおこるため、その肥沃な地は開発ができないでいた。


「現在ハインツは、水路を建設中です。これを他の地でもやって貰おうと思います。水路を作れば、氾濫を抑えることができます。また、水路を使えばさらに多くの物資を船で運べます」


ジョルジュが言った三つの提言。


農業改革、商業改革。そしてインフラの整備。

反対意見は誰からも出ず、そして認証される事となったのであった。





「続いてシオンより今後の戦略を説明してもらおう」


アレスがそう言うと視線は眠そうにしている黒髪の眼鏡の男に集まった。


「私の名前はシオン……アレス様の軍師を務めております。以後お見知り置きを」


そう言うとシオンは自らの考えをウィリアムたちに示し始めた。


シオンが示したのはグランツで皆に言ったことと変わらない。


一つは軍事編成、もう一つは今後数年間の見通しである。


その内容のひとつ、軍事編成に関してはかなり細かく指示を出した。


「ブルターニュにはグランツから治安維持のための兵を送りますゆえ、傭兵を雇うのはやめましょう。傭兵は士気も低く、練度もピンからキリまであります。有能なものは仕官を進めることとしましょう」


「トレブーユの兵はそのまま守備兵として治安維持をしてもらいましょう。また、交代で兵をグランツに送り、合同訓練を義務付け、兵の練度を高める事とします」


「レドギアは精兵です。いずれリリアナ殿を筆頭に軍団を組織してシュバルツァー辺境伯領においての主力の一翼を担ってもらうつもりでいます。この兵たちもグランツの兵とともに訓練を積んでもらいます」


軍の編成について話が終わる次いでシオンは執務室で語ったように今後の大陸の展望を語る。


「では、シオン殿はアルカディアの東征はしばらくないとお考えですか?」


「えぇ、間違い無いでしょう。ただ形だけでもレドギア南東部のジャック砦には兵を置く必要はありますが……」


しかし、とシオンは言葉を続ける。


「恐ろしいのは東に大国ができる事です。特に気になるのはバイゼルド公国の動きと……新たに生まれたドルマディア王国の動きでしょうか?特にドルマディアの情報はあまりなく、今後も要注意と言えるでしょう」


その言葉に東方に面しているウィリアムも同調した。


「先日面会したレドギア東に位置するレナート公国の使者の話ではドルマディアの軍は魔獣を使っていると聞きました。王もまた魔族ではないか?との事です。占領地に対し、略奪と破壊を行い壊滅状態になるとか……どの国も警戒を強めております。またバイゼルドでも数年前の政変により、蛮勇で有名な次男ザッカードが王になったとか……」


「気になる情報ですね。さらに詳しく調べる必要がありそうです」


そういうとトリスタンは語調を強めて話し始めた。


「グランツ、レドギア、トレブーユ、ブルターニュ。この4ヶ国が一つの国のように軍事面でも政治面でも連携し、時代の趨勢を伺う必要があります。状況は刻一刻と変化していきます。手をこまねく訳にはいきません。お互いが生き残るためにも……協力しあっていきましょう。この『呪いの大地』が全ての始まりになるように」




「私からも意見をよろしいでしょうか?」


会議も終わろうとする時、今まで黙って聞いていたトレブーユ伯爵ルイは初めて全員に声をかけた。


「トリスタン殿、ジョルジュ殿のお言葉、もっともな事。トレブーユは全力をあげて努めていきます。また、今回ウィリアム殿やグレイ殿と意見を交わす事ができ、実りある会合でした」


トリスタンはそう言うと全体を見渡して言葉を続けた。


「今回の話し合いでこの4ヶ国、アレス殿を盟主として一つの国の如く、今後も動く必要あり、とのこと。それゆえ、私からの提案ですが……この面々で集まった際のみ、4ヶ国の総称を決めておきたいのです」


グランツ、レドギア、トレブーユ、ブルターニュ。4ヶ国を総称して帝都では『シュバルツァー辺境伯領』と言われている。しかしそれとは別に名をつけたいとルイは進言したのであった。


「なるほど……たしかに『4ヶ国連合』や『呪いの大地』では様になりませんからな。して何か腹案はありますか?」


ルイの言葉に珍しく興味を示したジョルジュは身を乗り出して質問をした。

ルイはシモンと視線を交わし、少し笑いながら言った。


「アレスティア(アレスの国)はどうでしょう?」


静まり返る大広間。そしてその静寂を破ったのはダリウスの豪快な笑い声だった。


「おもしろい!!主の名前が国の名前か!!実に面白い!!」


それに合わせてジョルジュやトリスタンも笑いあう。


「良き名ですな。気に入りました」


「良いんじゃないですか?分かりやすいし」


他の面々も笑い合いながら賛同した。


ジョルジュはそれを見て全員に告げる。


「では、この件は賛成多数という事で決定と……」


「あの……僕の意見は……」


見ると苦虫を噛み潰した様なアレスがそこに。


「却下です」


「まだ何も言ってないのに!?」


「とりあえず、この雰囲気に水をさしそうなので却下します」


「………横暴だ…」


がっくり項垂れるアレス。


「だが…………儂は素晴らしい案だと思う。確かに我々はアルカディア帝国の爵位をもらい生き延びたのかもしれぬ。しかし……アルカディアに従った訳ではない。儂らはアレス殿、貴方に従ったわけだからのう」


ゲイルの言葉に他の面々も立ち上がり向き直る。


ウィリアムは声高々にアレスに言った。


「その通り。それが我らの誇りです。いずれこの名が表に出せるよう、今は協力してやっていきたいと思います。盟主殿」


その場の者達は一斉にアレスに向かい臣下の礼をとる。苦笑するアレス。そしてその様子を見て、ジョルジュは会議の解散を告げるのであった。





「アレスティア」


この名前は本来はこの4ヶ国会議で決まった、アレス達にとって、言わば秘密の暗号のようなものであった。

彼らの思い。それはアルカディアに服従したのではない、アレス・シュバルツァーに従ったのだという事。それゆえ、彼らの忠誠はアルカディアではなくアレス個人に向けられていた。

その思いを体現する上で、この名はとても都合が良かったと言えるだろう。


表立っては『シュバルツァー辺境伯領』であったが、彼らは内々には『アレスティア』と呼ぶ様になる。


しかし、この名が後に正式に国名となり、そして長きにわたって大陸を治めることになるとは……この時はこの場にいる誰もが予想できなかった。


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